短編

穏やかな日差しのように

微甘。夢主視点。
北ゲルドの調査のついでにと商人からイチゴの採集を頼まれた一行。
しかし、サフィアス台地への道中、夢主は猛烈な寒気にあてられ体調を崩してしまう。


 
ゲルドの街で宿を予約した私たちは、宿に品を卸しに来た商人から調査のついでにとイチゴの調達を頼まれた。
なんでも北ゲルドのサフィアス台地にはイチゴがふんだんに取れるスポットがあるのだとか。

砂岩のソファにもたれ、手にした依頼書とにらみ合っていたウルボザは、内容に目を通すなり眉を潜めた。

「サフィアス台地か……。あそこは崖が多いうえに敵が多いと聞く。
リーバルは飛べるから良いとして、私とアイにはちょいと難所かもしれないね」

「結構高台なんだろ?雪であまりに視界が悪けりゃさすがの僕でも飛ぶのは少々厳しいかな。ま、任務だし嫌でも行くしかないけど」

以前別件で素材採集の任についた際、採集量の多さを褒められ、今回の任務にも同行するよう命じられた。
故郷が寒冷地のリーバルとゲルドのウルボザがいれば今回の任務もきっと大丈夫。そう過信していたが、このあたりの地理に明るいはずのウルボザだけでなく日頃腕に自信があるような言ばかりのリーバルまでもが出発間近になってからそんなことを言いだすせいで不安感が募る。

「私たちだけで大丈夫でしょうか」

どの程度の難所か地図で地形を確認し声を震わせる私に、リーバルは呆れ交じりのため息を、ウルボザは盛大に声を上げて笑った。

「そこまで気を落とすことはないさ。ちょっと骨は折れるかもしれないが、私たちがついてるんだ。アイは安心して採集に専念しな」

元気づけるように私の肩に手を置くウルボザに微笑みかけ、せめて防備だけは完全に、と気を入れ直したのだった。

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リーバルの助けもあって、なるべく腰掛けの多いところを選んで登れたおかげで、崖登りは思ったほど苦戦しはしなかった。
とは言っても念には念を入れてハーケンや縄などを用意しておいて正解だった。
ゲルド地方の高地はハイラルの山々と違って草がほとんど生えていない荒野地帯なのだ。

崖を登り切った先は気持ちばかり針葉樹が生えているだけで平たく開けており、積雪の台地に刺すような風が吹き渡る。
嫌でも隙間から入り込んでくる風をコートの襟を掴んで凌ぐ私のとなりで、ウルボザは「こりゃあ、高いねぇ!」と声を上げている。女性ばかりのメンツで遠慮しているのかいつもより無口なリーバルとは反対に、こんなときでもハツラツとしている彼女に、ここまで登り通しで疲れ切っていた気持ちが幾分か和らぐ。

「二人とも、あそこをごらん!ゲルドの街が見えるよ」

普段の肌を出すスタイルから一変し長いコートをまとうウルボザは、ファーのついた上着の袖から手袋をはめた手で崖下を示している。
このあたりは降雪が多いらしく豪雪の懸念があったが幸い快晴に恵まれた。あまりの高さに足がすくみそうになるが、こうして高いところから砂漠を見下ろすなんて、ここに来なければ拝めなかった景色だ。
少女然として目を輝かせるウルボザに笑みをこぼす私に、にっこりと笑みを返してくれた彼女の表情が、刹那、怪訝そうに歪んだ。

アイ、体調が悪いんじゃないのかい?少し顔が赤いよ」

「え?」

はめている手袋を外し私の額に手をあてたウルボザは、やはりそうだ、と唸った。

「これはちょっとまずいかもしれないね……」

私たちの様子が気になったらしく、索敵にあたっていたリーバルが舞い降りてきた。

「どうしたんだい?」

ウルボザが状況を説明すると、リーバルがじっと見下ろしてきた。

「……彼女はどうする?さすがに置いて行くわけにはいかないだろ。どこか休ませられそうなところはないかな」

「そういえば、さっき見つけたたき火はどうだい?簡易的にだがテントも設えられていた。風よけくらいにはなるだろう」

「崖下の?あそこはさっきイーガ団の斥候から攻撃を受けた場所じゃないか」

二人がああだこうだと折衷案を巡らせている間にも、足がふらつく。
自覚というのはある種怖いものだ。崖登りの最中は自分の体調は万全かどうかなんて疑いもしなかったのに、熱があるとわかった途端こうだ。
二人の顔が薄ぼやけてきて、声が徐々に小さくなることに気づいたときには、すでに天を仰いでいた。
顔を覗き込まれウルボザに抱き上げられているのを朦朧とする意識のなかで認識しながらも、徐々にまどろみに沈んでいった。

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あたまにふわふわとした何かが乗せられた感触で、意識が浮上した。
その何かの正体を探るべく手で触れると、「うわっ」とリーバルの驚いたような声がして、途端に視界が明るくなった。

「なんだ、起きてたのか」

気まずそうに視線を逸らしながら自分の手をさするリーバルに、さっきのふわふわしたものが彼の手のひらであったことに気づく。
私の体温を測ろうとしてくれていたのだろうか。
ちらりと肌にかけられているタオルケットを見下ろす。色とりどりの染色で描かれた紋様にリーバルが普段野宿するときに使っているものだと気づく。

「リーバルがかけてくれたんですね。ありがとうございます」

「別に。たまたま持ってきてたから、ついでにかけてやろうと思っただけさ。それ以上具合が悪化されちゃ困るしね」

むずがゆそうに顔をしかめて顔を背けながら、リーバルは首裏をかいた。

「それで、調子はどうなんだい?」

「まだ少し熱っぽいです……」

額や首に手をあてて体温を確かめ首を振ると、リーバルは「やれやれ」とため息をついた。

「すみません、私のために。先を急ぎましょう」

肌掛けをはぎながら身を起こすと、ぐいっと肩を押し戻され、枕代わりのカバンにぼふんと後頭部があたる。

「無理しちゃ駄目だよ。まだ万全じゃないんだから。それに、今ウルボザが援軍を呼びに行ってる。戻ってくるまで休んでろってさ」

彼はそう説明しながらずり落ちたタオルケットをかけ直した。
押し倒されたような体勢で見下ろされ、そんな状況でもないのに心臓が早鐘を打つ。

「倒れるまでがんばる必要はないんだ。もっと僕たちを頼りなよ。……仲間なんだからさ」

あたまをポンポンとなでたきり背を向けたリーバルは何やらたき火の様子を確認しはじめた。
いつになく優しい物言いに、調子が狂わされる。

あぐらをかきながら後ろ手をついているリーバルの手の甲にそっと手を重ねると、今度は振り払われなかった。
おずおずと肩越しに向けられる翡翠が、高く登った陽光にキラキラと輝いて細められている。

「ありがとうございます、リーバル。ご迷惑をおかけしといてなんですが……嬉しいです」

あたまがぼんやりとしているせいか、恥じらう気力もないせいか、自分でも驚くほど素直に言葉が滑り出た。
これまでリーバルに対してここまで対等に話したことがあっただろうか。
もしかすると、彼が普段よりも温和に接してくれるせいかもしれない。

「ふん。感謝の気持ちがあるなら、礼くらいしてもらわないと」

口ではそう言いながらもおどける彼に、思わず笑みがこぼれる。

「いいですよ。ちなみに、何をお望みですか?」

重ねた手の下で彼の手が翻され、私の手をすっぽりと握り締められる。

「今度お互いの休みが重なったら、僕と出かけること。それでチャラにしてあげるよ」

目を見開き固まったままの私に、目尻を下げると「じゃ、そういうことで」と手の甲をポンと叩かれた。
まだ夢でも見ているのだろうか。熱くなっていく顔を両の手で押さえているところに、ウルボザが数名のゲルド族を引き連れて戻ってきた。

遠くから私たちの様子を見ていたらしく、戻ってきた途端に「あんた、案外面倒見がいいじゃないか」とリーバルを茶化し始めたせいで、彼はすっかりいつもの尖った態度に戻ってしまった。
今度の休みの日は、二人きりになったときだけでもいいから、またさっきみたいに優しく接してくれるといいな。

終わり

(2021.11.7)

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