短編

お近づきの印に

微甘。リーバル視点。
叙任式のあと。皆がガゼボで談笑に花を咲かせるなか、リーバルは一人城の中庭を散策していた。
そこへ、慌てた様子の夢主が現れ……。


 
叙任式のため、ハイラル城に集っていた日。
ほかの皆がまだガゼボで談笑しているなか、僕はひっそりと抜け出してあたりを散策していた。

石造りの壁に囲まれた荘厳なこの城は、大自然に囲まれ、岩肌に巻きつけるように木のやぐらを組んだリトの村とは見るからに文化が異なる。
英傑に任命されなければ拝めなかったはずだ。

目に焼き付けるように辺りを見渡しながら歩いていると、背後から走ってくる音が聞こえてきた。

「リーバル!」

振り替えると、アイがちょうど僕の目の前で立ち止まったところだった。
よほど急いで来たらしく、肩で息をしながら手で胸を押さえている。
その手のなかには、何かを大事そうに抱えている。

僕が手の中のものを注視しているのに気がつくと、彼女はあわてた様子でそれを背中に隠した。

ほかの英傑たちともまだ出会って間もないが、そのなかでも姫の付き人である彼女とはほとんど話したことがないため、いったい何の用なのか探りを入れることにした。

「……君か。確か……アイ、だっけ?
僕に何の用だい」

腕組みをして横目に見ると、アイはおずおずと、後ろ手に隠していたものを僕に差し出した。
青いリボンがかけられた小さな包みだ。
かすかに甘い香りが漂ってくる。

「なんだい、これは」

「姫様とインパに手伝ってもらって焼きました。
クッキーです」

アイは目を泳がせながら、しどろもどろにそう答えた。

「ふん……で、どうして僕に?」

「ほかの英傑の皆さんとはすぐ打ち解けられたのに、リーバルとはなかなかお話しする機会がないので、その……お近づきの印に」

「……」

僕は一人が好きな性分だから、同胞であっても適度な付き合いしかしたことがない。
だから、アイやほかの英傑たちとも必要以上になれ合うつもりなどなかった。

だが、この性分を知らない彼女は、あろうことかこの僕と親しくなろうと考えているらしい。ずいぶん突飛な発想だ。

まさか贈り物をされるとは思わず、あまりに突然のことで驚きはしたが、僕との隔たりをどうにかしたいとでも思ったのだろう。

とはいえ、このやり方は……。

「もしかして、甘いものはお嫌いですか?」

はっとしてアイを見ると、その目が少し不安げに揺らめいている。
差し出されたそれを見つめたままつい考え込んでしまっていたようだ。
彼女はあきらめたようにため息をつくと、包みをしまおうとしたので、すかさずそれを取り上げる。

「いや、もらっといてあげるよ。
ただ、念のため聞くけど、君は誰にでもこうなのかい?」

「えっ」

間の抜けた声を上げ動揺した様子のアイに、からかいたい衝動が芽生え目を細める。

「例えばの話……
僕が異性にお菓子をプレゼントするとしたら、それは、多少なりとも相手に気があるときに限定されるってことさ」

ずいっと顔を近づけると、アイが露骨に身をすくめた。

「まさかとは思うけど、君……僕のことが好きなのかい?」

そう耳打ちすると、アイの頬はみるみるうちに染まり、肩を小刻みに震わせはじめた。

「か、からかわないでくださいっ」

「ごめん、ごめん!
君があんまり素直な反応をするもんだから、ちょっと調子に乗りすぎたよ」

笑う僕を憤慨した顔でにらんでくるアイを背に、僕は身をかがめて、地面を見渡した。
そして、ピンク色の小さな花を見つけると、そっと摘み取りアイの髪に差した。

「おかえし」

「あ、ありがとう……ございます……」

あっけにとられたような顔で見つめられ、何となく照れくさくなって、逃げるように空へ飛び立った。
肩越しにアイを振り返ると、彼女が庭園の片隅で僕を見上げているのがちらりと見える。

視線から逃れるように一際高い塔のバルコニーに降り立つ。
先ほどアイから受け取ったクッキーの包みをかぐと、甘く香ばしい香りが鼻腔を満たす。

「……かわいいことしてくれるじゃないか」

かすかに高鳴る胸の音は、おそらく気のせいだろう。
だが、彼女とならお近づきになってあげてもいいかと、クッキーをほおばりながらひそかに思った。

終わり

(2021.2.12)

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