聖なる子守唄

13. 続・彼と彼女の花咲く事情

伝令を伝えに来た兵士と何かしらやり取りを交わした後、近衛騎士リンクは速やかに大浴場を去って行った。
代わりに僕の見張りにつくこととなった兵士に状況を尋ねたが、何かの封書の引き渡しと「急ぎゼルダの元へ向かうように」と言付けを指示されただけで詳細は知らないとのこと。そんなこんなで、突如あとに残されることになったってわけだ。

しかし……伝令を伝えに来ただけの兵士をそのまま見張りに立たせるとは、警戒が手薄すぎやしないだろうか。見たところリト族一の腕と謳われるこの僕につけるにはこの兵士じゃ些か心もとない。言っちゃ悪いが、僕がその気になればこいつを切り捨てて脱出するくらい造作もないだろう。
まあ、仮にそんなことをしても僕には得がないどころか村にとって損失でしかない。それをわかったうえでのことだろうけど。
手を組むことを約束した以上一応の信用は置いてのことだろうが……舐められたものだ。

「それでは、次の指示があるまでこちらでお待ちください」

自室に着くなり兵士はそう言い残し去って行った。
窓辺に設えられたカウチにもたれると、張り詰めた緊張がため息となって、少しだけ気が緩んだ。
ようやく人目がない場所でくつろげるが、それも僅かなあいだだけだろう。

村じゃ指揮をとる側だったせいか、指示通りに動くことがこうも大変だとは思いもしなかった。城内の至るところに見張りが立ち、兵やメイドがせわしなく動き回り、人の出入りが多く、常に人の目を気にしなければならない。奉公する奴らはこんな堅苦しい生活によく耐えられるものだ。こっちは連れられて一日足らずですでに気疲れし始めているというのに。
この城の連中となれ合う気なんてさらさらないが、少しばかり同情心が湧かないこともない。

「……そういえば、彼女アイも僕が連れ去る前はこの城で生活してたんだっけ」

アイのことを浮かべた途端、村を出る直前に彼女から受け取ったポプリが過ぎった。
腰の巾着に入れっぱなしだったことを思い出し取り出すと、小袋の口からすっと嗅ぎ覚えのある香りが立ち、無性に故郷の風が恋しくなる。
これを携えていたせいだろうか。彼女が側にいると、妙に心地が良かったのは。
慣れ親しんだ故郷の山と同じ匂いを漂わせていたから、彼女の香りが、いつしか……。

“私は、あなたをお慕いしています。……誰よりも”

そう言いながら涙を浮かべる姿が思い出され、胸が締め付けられる。
彼女は、僕を慕ってると言った。散々酷い仕打ちを与えてきた、この僕を。

あの雨の日のダライト森林でアイは僕に口付けた。
これまでも僕に対する物言いや雰囲気が徐々に親しい者へのそれに変わってきてはいると気づいていたが、あの一件で予感は核心に変わった。
けど……ああして直接言葉にされると、どうも調子が狂う。

むずがゆさに思考を振り払おうと目を閉じるが、より彼女の姿が鮮明に思い出されるばかり。
苦しむ村の連中を懸命に励ます真摯な眼差し。嫌味を投げつけることしかできない僕にも、健気に向けられる笑顔。雨に濡れ、甘い色香を漂わせる色づいた頬。

「まったく、少しもくつろげやしないじゃないか……」

思わず浮かんだ自嘲の笑みを潜めるべく手の甲で額を押さえるが、巾着にしまい込んでもなお残り香を漂わすポプリの香りがまとわりついて、少しも気が鎮まることはなかった。

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「……それで、あのリトのヴォーイにはもう告白したのかい?」

ウルボザの唐突な問いかけに、ゼルダと私は素っ頓狂な声を上げウルボザを見張った。
ちょうど私のカップに紅茶を注いでくださっていた最中で、ティーポットを傾けたままであることを忘れて顔を上げたために、危うくカップから紅茶が溢れるところだった。
すぐに手元の惨事に気がついたゼルダがポットの注ぎ口から垂れるのを布巾で拭ったが、跳ねてしまった紅茶がソーサーやテーブルクロスに少し飛び散ってしまっている。
ゼルダは作法などなりふり構わずティーポットをテーブルに無造作に置くと、台に手をつき立ち上がった。
気迫に圧倒され仰け反る私に詰め寄り、その細い腕のどこにそんな力があるのか肩を思い切り掴んで揺さぶる。
ただでさえ遠路馬で駆けて帰ったばかりで疲れているというのに、あたまが波打って今にも卒倒しそうだ。

「どういうことなのですか、アイ!?」

「ええっ?ちょっ、ウルボザ様!笑ってないで助けてくださいっ」

矢継ぎ早に詰問するゼルダをなだめながらウルボザに助けを求めるも、声高に笑い声を上げるばかりで収拾がつかない。

「何か吹き込まれて……はっ、もしやあの者に洗脳を……!?」

「そんなわけないじゃないですか!落ち着いてください、姫様!」

リーバルの元へ行って問いただすと言い始めたゼルダに、いよいよ嫌な予感を覚えた私は、観念してこれまでの経緯を詳細に打ち明けることで手を打っていただいた。
万一リーバルと私の関係について姫様が本人に問い詰めてしまったら、間違いなく両者の板挟みになっていただろう。
村についての詳細はリーバルから口止めされていることを伝えると、あくまで二人のことを無理なく話してくれればそれで良いとゼルダは微笑んだ。

態度は尊大だが意外と繊細で優しいところもあること、何かあるたびに助けられたこと、笑うと案外朗らかな顔になること……などなど彼のことを口にするごとに、彼への気持ちがすっかり膨らんでしまっていることに気づく。
初めのうちはあんなに怖かったはずなのに、今ではあのしかめっ面やとげとげしい物言いでさえ愛おしいと思ってしまうくらいには。

アイは、あの者に恋をしているのですね……」

姫様のうっとりとつぶやいた一言に、顔に熱が集中する。つい夢中になってあれこれ話しすぎた。

「若いねぇ……」

頬杖をつきながら窓の外に視線を流しているウルボザは、しみじみとそうつぶやいた。

二人が何かに想いを馳せるように虚空を見つめ始めたことにより気まずい沈黙が下り、そろそろ部屋に下がらせてもらおうかと口を開きかけたときだった。
コンコン、と軽やかなノックの音が静寂を破った。
ゼルダが入室を促すと、リンクが一礼して入ってきた。その手には小さな封書が携えられている。

「陛下より伝令です」

「ありがとう、リンク。それで、リト族の彼……リーバルの様子はどうですか」

絶対わざとだ。リンクから封書を受け取りながら涼やかな笑みを湛えそう尋ねたゼルダに首を振って懇願するも、彼女はわずかに目を伏せただけだった。

「多少の疲れは見て取れますが、変わった様子はありません。大浴場の湯殿を気に入っているようでした。入浴を見られながらだと気が休まらないから一緒に入れとなぜか入浴を共にすることに……」

「へえ、あんたたち、一緒に風呂に入ったのかい!親睦は深まったんだろうね?」

「いえ、むしろその逆かと……」

さらりと情報を受け止めてしまうウルボザにも驚きを隠せないが、それ以上に私はリンクの言葉に耳を疑った。
ちょっと待って。リンクと彼が、入浴を共に!?
リーバルが湯殿でくつろぐさまを想像してしまいそうになるのを咳払いで誤魔化す私をウルボザが横から肘で小突いてきた。
身分の高いお方でなければ手の甲をつねっていたところだ。

彼の報告に耳を傾けながら封書の中身をあらためたゼルダは、用紙を綺麗に折りたたむと、真剣な面差しで顔を上げた。

「このあと食堂にて、決起集会を兼ねて一連の放火事件に関する情報の共有を行うとのことです。リンク、リーバル、アイも参加するようにと」

「陛下とのお食事に私たちも同席するということですか……!?」

「そう肩肘を張らずとも良いのですよ。恐らくはハイラルとリトの親睦を深めるためでもあるのだと思います」

ゼルダとは幼なじみで姉妹に近しい間柄ゆえにこうしてお茶するほどの仲ではあるものの、陛下ともなればまた別だ。
ゼルダの側に仕える身として評価してくださってはいるようだけれど、親しみを抱いてくださっているかはほとんど言葉を交わしたことがない以上不明瞭だ。
それ以前に、私やリンクのようなお仕えする立場の者が、一国の王と食事を共にするだなんて……!

「……それでは、リンク。この旨をリーバルにも伝えてください」

頭を抱える私とは裏腹にリンクは終始淡々と受け止めていた。相変わらず心情が読みにくい。
去り際リンクと少し目が合ったが、彼は言いかけた言葉を飲み込むと、深く頭を下げ颯爽と部屋をあとにした。

「さて。気が張り詰めてしまうかと思いますが、王の勅命となれば致し方ありません。あなたも急ぎ湯浴みと召し物の着替えをしなければなりませんね」

嬉々として両手を合わせ張り切った様子のゼルダにうろたえウルボザを見上げるが、「リトのヴォーイを見惚れさせないと、だね」とウィンクを返されてしまった。

(2022.1.15)

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