聖なる子守唄

11. 王との謁見

私たちがハイラル城下町へ着くころには敵は撤退したあとらしく、すでに町の常駐兵たちの手によって消火活動が行われている最中だ。
崩れた柱や瓦礫が運び出されていくのを横目に、先導するリンク後ろを不服そうなリーバルとともについて行く。

町に火が放たれたのはこれで二度目だが、一度目のあの日この場所で仇敵だったはずのリーバルが、奇しくも今はとなりにいる。
城に戻れば彼とはもう会えなくなるものと思っていただけにこの状況は願ったり叶ったりだが、彼がここに呼ばれた理由がはっきりとしない今、手放しでは喜べない。

作業の手を休めたばかりの兵に声をかけるリンクの後方で私たちも立ち止まった。
淡々と戦況をうかがうリンクを睨み据えるリーバルをこそっと盗み見て、小さくため息をこぼす。
ここまでの道中リンクの後ろで馬にまたがってきたが、以降リーバルはずっと不機嫌で、話しかけても生返事しか返ってこない。
以前ダライト森林まで私を背負って飛んだ彼ならさほど飛距離の変わらない城下町まで易々と飛べたことだろう。けど、状況が状況だった。
この有事で私を背負うことによって彼の体力を無駄に削るわけにはいかないと思い、あえて馬の背に乗ることを選んだのだ。リンクに疑念を抱くリーバルとしてはおもしろくないであろうとわかっていても。

リーバルは、放火事件の現場でリンクの姿を目撃したと証言している。
彼が事件に関わっているものと信じて疑わないせいか、敵意を隠そうともしない。

「何さも自分は関係ないみたいな顔してるのさ。君がどう繕おうと、僕の目は誤魔化せないよ」

状況を確認し終えこちらに戻ってきたリンクに対し開口一番にそう投げつけるリーバルの腕を引く。

「リーバル様!町が戦火に巻かれたとき、リンクが訓練兵に稽古をつけていたというのは本当です。私が姫様の使いで町に下りるとき、道すがら城の中庭で彼の姿を見かけましたから」

「僕が嘘をついているとでも?」

「そう言いたいわけじゃありません。しかし……」

やり取りの最中リーバルの視線がちらちらと背後に注がれるのが気になり、振り向いて確かめようとした瞬間だった。
出し抜けに両肩を掴まれ、驚きのあまり「わっ」と声が出る。

「おやおや。どこかで見た後姿だと思ったら」

腰まである豊かな深紅の髪に褐色の肌。
すらりと高い上背を見上げれば、セルリアンブルーに縁どられた厚い唇がゆっくりと弧を描いた。

「ウルボザ様!」

「久しぶりだね、アイ。リトの村に滞在していると聞いていたが、帰って来たんだね」

目を細めるウルボザの視線の先を辿ると、リーバルはばつが悪そうに顔を背けた。
私はあのとき「リーバルに村民の治療を依頼されリトの村に赴いた」とゼルダに伝えた。リト族たち彼らの立場を考え、強引に連れ去られたことは伏せてあるのだ。

「ご無沙汰しております。リトの村へは村の方々の治療のために赴いておりました。城下町がふたたび襲われたと知らせを受け、急ぎで戻ってきたんです」

「こっちは事前に警備を固めていたおかげで何とかなったよ。駆けつけてくれてありがとうね」

満面の笑みを浮かべたウルボザは、きりりと腰に手をあてると、私の肩にそっと手を置いて背後のリーバルに歩み寄った。
気まずそうに視線を逸らしていたリーバルだが、腹をくくったようにウルボザと向かい合うと、腕組みをしあごを反らした。
この空気……どこか危うい気がする。

アイが随分世話になったようだね。名は……何と言ったかな?」

「リーバルだ」

「へえ、じゃあ、あんたが……」

あごに手を添えてトサカの天辺から鉤爪の先まで舐めるように見つめるウルボザにリーバルは眉間のしわを深める。

「初対面の相手を彫像か何かのように眺めるのはよしてもらえるかな?」

「リーバル様!このお方は……」

「ふふ、見た目に違わずなかなかキレがある物言いじゃないか。話に聞いていた通りのヴォーイだ」

リーバルの平素通りの辛辣な物言いに冷や汗が伝うが、特に気にした様子でもなくおかしそうに笑っているウルボザに安堵の息を吐いた。
まさか彼と私が恋仲にあるなんて耳にしたら、ウルボザ様はどう思われるのだろう。

訝しげな彼の様子にほくそ笑むと、ウルボザは城に向け踵を返し、肩越しにこちらを振り見た。

「さて、あとのことは常駐兵に任せて、私らは城に上がるとしよう」

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町での強襲、そしてリトの村でのことをハイラル王へ直々に報告する運びとなり、登城するなり謁見の間へと通された。
陛下には何度か拝顔したことはあるが、公式の場で、しかも謁見の間でお目にかかるのは初めてのことだ。
私はこの重々しい空気にすっかりあてられ緊張しきっているというのに、ハイラル城を初めて訪れたであろうリーバルは、荘厳なホールに配備された近衛兵たちの引き締まった面差しを涼やかに見流し、その堂々たる佇まいはいよいよ玉座を前にしても決して崩れはしなかった。

ホールの裾からゼルダを連れ立って現れた執政補佐官のインパがこちらに気づき、ゼルダに何かを促すのが見えた。
私に気づいたゼルダは何か言いたげに開きかけた口を紡ぎ目を伏せた。

ハイラル王が玉座に現れ、ウルボザ、リンクが跪いた。二人に倣い、私とリーバルも膝をつく。
王は私たちを見下ろすと、「おもてを上げよ」と声を張った。

「よくぞ無事であったな。ウルボザよ。此度の騒ぎについて迅速に動いてくれたことに礼を言おうぞ」

「勿体なきお言葉」

深く首を垂れるウルボザにハイラル王は満足そうに頷いた。
厳かな眼差しがこちらに向けられ、思わず視線を落とす。

アイよ。そなたの件はゼルダより逐一報告を受けておる。リトの村での長きにわたる介抱、大儀であったな」

「わ、私は……陛下よりゼルダ様の側にお仕えせよとの拝命を放棄致しました。咎められるべき失態こそあれ、お褒めにあずかるなどもってのほかでございます」

「なに、そなたの事情は心得ておる。案ずるでない。多くの民を救ってこそヒーラーの本分というものであろう」

「ご高配を賜り、感謝の言葉の申し上げようもございません」

王は片手をかかげ微かに笑むと、眼差しを強めた。その視線の先がリーバルに向かっていることに気づく。
リーバルは狼狽えることなく、凛とした瞳で床を見つめている。

「リトの者、リーバルよ。おぬしらが発端となるハイラル城下町急襲の件についての責任を問い、リトの村を代表しそなたへ処遇を与える。
リトの村が町に及ぼした損害を深慮するなれば、本来厳罰を下さねばならぬ。じゃが、事の根幹を見据え諸悪の根源がハイラルとリトの軋轢あつれきを望む何者かである可能性も考慮に入れねばな。
そこでじゃ。おぬしはリトの戦士のなかでも優れた人材であると聞く。その腕を見込み、特例として別命を言い渡すこととする」

ハイラル王の言葉に、ざわつき始めたホール内に「静粛に」とインパの掛け声が響く。
リーバルは驚きを顕わにし王を仰ぎ見た。

「リトの戦士リーバル。此度の件が終結を迎えるまでのあいだ、ハイラル王国への奉公を命ずる」

(2021.11.2)

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