ウッコ池の岩壁のなかに埋没していた祠の調査を終えたあと。
クムの秘湯周辺にキャンプを構え、昼休憩を取ることになった。
明日以降はヘブラ山の祠の調査にあたるそうだが、このあたりは雪に覆われている。
備蓄はまだ残っているが、このままでは山を下りる前に底をつきかねない。
念のため、リトの村周辺の比較的温かいところまで飛んで食材を集めておいた。
しかし…一人でいると余計なことを考えてしまうせいか、思考に囚われると矢の軌道がずれる。
それもこれも、叙任式以来、あの子ーー楽士のことが頭から離れないせいだ。
彼女の素顔を目の当たりにしたからだろうか。
それとも、彼女から向けられる好意に気づいてしまったからか?
いや……それだけじゃないな。
そんなこと、とうにわかってる。
けど、今は感情に流されている場合じゃない。
責任だ何だと自分の役目を義務的に捉えるのは好きじゃないが、自分の負っている荷の重さがどれほどか自覚くらいはしている。
なのに。
振り払おうとすればするほど、僕を見つめる彼女のフードの奥の目を、色づいた頬の赤さを、僕の名を呼ぶ柔らかな声を思い出す。
気を抜くたびに、脳裏によぎっては苛立たせる。
しかし、それをおくびに出すなんて恥もいいところだ。
あくまで、”普段通り”を徹底する。彼女が僕にどんな感情を向けてこようともだ。
(2021.7.12)