リクエスト

すれ違うほどに募るもの

微甘。夢主視点。
リーバルへの想いを成就させたものの、関係が一向に進展しないことに不安を抱く夢主。
自分とは接触を避けているにもかかわらずミファーと楽しげに談笑をするリーバルに堪えがたい嫉妬心に駆られる。


 
リーバルに想いを告げてから、何も進展がないままひと月が経った。
お互いの立場をわきまえ、周囲に交際を悟られないように接触を避けているため、キスはおろか手を繋いだこともない。
それは仕方のないことだとわかっている。今は、厄災との決戦に向けハイラルのために日々奔走する身なのだから。
そう自分に言い聞かせるが、私が想いを告げて以来、任務外ではあからさまに素っ気なくなったリーバルに、割り切れない想いが募ってゆく。

彼はあのとき確かに私の想いを受けてくれた。
自分の想いがいつか彼に届けばそれでいいと思っていたこともあり、すぐに気持ちを打ち明けるつもりなどなかったのだが、あるとき彼と何気ない会話をしているうちに、自然な流れで告げるかたちになってしまった。
当然断られるものだと思っていた。けれど彼は、私と同じ想いだと、厄災との戦いが無事に終結したら一緒になろうと、そう言ってくれたのだ。
すごく嬉しくて、それからはこれまで以上に任務に専念したし、未来のためならばと恋人らしい振る舞いを一切我慢し、彼との接し方もこれまで通りを徹底してきたつもりだった。
けれど、彼は違ったのだ。彼は、必要以上に冷たく振る舞い、私を遠ざけようとする。
はじめはストイックな彼だからこその態度なのだろうと信じて疑わなかったが、私以外のメンバーとは普段通りに接する姿を見かけているうちに、彼の本心がますますわからなくなっていった。
胸の底から湧き上がる不安感は、いつしか私に疑念を抱かせた。彼は、本当に私のことが好きなのだろうかと。

そしてあの日、私はとうとう我慢の限界を迎えてしまった。

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東ハテール南の地形調査を終え、夕刻、タルホ台地の遺跡で休息することになった。
周辺の山菜を採っているとき、次の任務ではリーバルと行動をともにしてもらうと姫様から事前に通達があり、リーバルにもいち早く伝えることにした。
けれど、遺跡のどこを探しても姿が見当たらない。
一緒に採集していた兵士にミファーと滝へ魚を取りに向かったと聞き、食材のストックにとった山菜を収めると滝へ向かった。

緩やかな傾斜を登ってゆくと、爽やかな滝の冷気が谷間風に乗って吹き下ろしてきて、擦り切れた心にすっと染みわたる。
滝壺の前までたどり着いたとき、近くの大木のほうからひそひそと話をする声が聞こえてきた。

リーバルとミファーの姿を見つけ声をかけようとするが、隣り合わせに並んで木にもたれて楽しそうに話をするのを見て、言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。
彼の言葉にケラケラと鈴のような声で笑うミファーに、胸のなかに苛立ちとも悲しみともわからない感情が渦巻く。自分のなかに芽生えた醜さに気づいて、耐え切れずその場を立ち去った。

アイ!」

去り際リーバルに声をかけられ、足が止まりそうになるが、振り返らずに坂を下り、そのまま陣営に戻った。

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「こんなところにいたのかい」

崖のそばの大木にもたれたき火にあたっているところに、ウルボザが顔を覗かせてきた。

「沈んだ顔をしてるね。何かあったのかい?」

周囲を気にしながら声を潜めて尋ねられ、彼女の気遣いに堪えきれず涙をこぼした。
ウルボザはとなりに腰を下ろすと、私の肩を抱いて慰めてくれた。
落ち着いたころに事情を話すと、ウルボザはさして驚いたふうでもなく「何となくそんな気はしていたよ」と私たちの関係に感づいている様子で、むしろこちらが驚かされた。

「気づいてたんですか」

「気づいたのはついさっき、あんたが深刻そうな顔をして滝から戻ってきたときさ。
そのあとミファーとリーバルがあんたが来たほうから帰ってきたのを見かけて、これは何かあると思ってね」

誰にも悟られまいとして落ち着くまでこうしてみんなのそばから離れているのに、まさかすでに見られてしまっていたとは。
自分の失態にため息をつく私に、ウルボザはふふっと口元を隠して笑う。

「気づいてないだろうから言っておこう。リーバルは、あんたがあいつに想いを伝える前からあんたのことずっと見てたんだよ」

「えっ……そんな、冗談ですよね」

「やっぱり気づいてなかったんだね」

にわかには信じられず真意を探るように視線を向けるが、彼女は穏やかに笑みを浮かべるばかりで、うそをついているようには見えない。

「あんたが不意打ちを受けそうになればいち早く察知して敵を仕留め、あんたが具合悪そうにしてたら一休みするよう周りに促し、そうやって人知れずあんたのことを目で追ってたのさ、リーバルは」

まあ私はひっそりと見てたけどね、と茶化すようにウィンクするウルボザに、少しだけ笑みが浮かぶ。

「まあ、このご時世だしね。浮かれてる場合じゃないと思ってるんだろう?けど、身命を賭して戦っていれば、もしものことだってあり得るんだ。
リーバルのことをまだ心から想ってるなら、悔いのないようきちんと話し合いな」

私の肩に手を置き姫様の元へ戻って行くウルボザに「ありがとう」と声をかけようと立ち上がった私は、彼女の向こうに今接触したくない人物を見つけ、喉がひくついた。ウルボザとすれ違うようにミファーがこちらに向かってきたのだ。途端に冷や汗が噴き出す。
咄嗟に樹の幹に身を隠してしまってから、自分のあからさまな行動を後悔する。ミファーはそんな私の様子を察してか控えめに声をかけてきた。

アイさん、ちょっといいかな……?」

こわごわと見上げた彼女の顔は相変わらずおどおどとした様子だが、いつも以上に不安そうに口を引き結んでいる。
となりを示すと、彼女は遠慮がちに腰を下ろした。

アイさん、ごめんなさい。でも、誤解なの」

「えっと、何のことかな?」

気取られないように誤魔化すと、彼女は下唇を噛みしめながらぎゅっと私の二の腕を掴んできた。

「二人でいるところを見たら誰だって不安になると思う。けど、リーバルさんとは本当に何もない。
信じられないかもしれないけど、彼ね、私に相談をしにきただけなの」

彼女の必死な弁明に耳を疑ったが、ミファー自身どう伝えるべきか悩んでいるようで、視線をうろつかせている。

「それは、どういうこと……?」

ミファーはやっと話を聞く気になった私に安堵したように息を吐き出すと、しどろもどろに語ってくれた。

リーバルははっきりと相談があるとは言わなかったし、誰とのことで悩んでいるとも言わなかった。
はじめはただの雑談かと思っていたけれど、よくよく聞けば誰かのことを言っているようで、話に耳を傾けているうちに私のことを言っているのだと察したのだという。
言葉の端々から、どうやら私とのことでうまくいっていないこと、どうすれば私との関係をうまく続けていくことができるのか悩んでいることなど、何となく事情はわかったものの、どう答えて良いかわからず、結局話を聞くことしかできなかったとミファーは教えてくれた。

「リーバルが、そんなことを言ってただなんて……」

「信じられないよね……。彼、戦いのことになると口数が多くなるのに、普段はあんまり自分の話をしたがらないから」

ミファーが他人のことをそんなふうに言うのがめずらしくて思わず笑うと、彼女は「私ったらごめんなさい」と困ったように両手を振った。
深く思いつめるあまりに、ミファーがこんなに素直で真っすぐなことさえ忘れてしまっていたなんてと、自分のふがいなさを心から恥じ、心の中で密かに謝った。

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あれから数日。ついにリーバルと任務をともにする日を迎えた。
ローム山を起点に周辺の祠の在り処を把握するだけの任務で、周辺に敵がほとんどいないことは事前調査で把握していたため、この任務には私たち二人しか導入されなかった。
あの一件以来リーバルとはまだきちんと話をできていない。
けれど、せっかく二人きりだというのに、公務の話以外余計なことを一切話さない彼に、上手く切り出す勇気が出ないまま日暮れを迎えてしまった。
今日はこのまま野営をすることになり、探索を終えローム山に戻ってくるなりリーバルは周辺に敵がいないことを確認しに出かけた。
そのあいだに山のなかを散策していた私は、マックスラディッシュを採っているうちに滝の上に開けた場所を見つけ、そこにたき火を焚いた。
採った山菜の土を滝の水できれいに洗い流し、食べるぶんだけ鍋に入れて火にかけ、ようやく一息をつく。

たき火の火から顔を上げて景色を眺めると、絶えず続く雷雨の向こうに、うっすらとハイラル城の影を見つけた。
この任務を終えたら、これまでのことはもう忘れてゆっくり休もう。
ぼんやりとそんなことを考えていたとき、リーバルが周辺の見回りから戻ってきた。

「なかなかいい場所を見つけたじゃないか」

火が通りはじめにおい立ってきた山菜の香りに目を細めた彼は、私の向かいに腰を下ろそうとして、何かを思い立ったようにこちらに向かってきた。
私のすぐとなりに腰を下ろしたことに驚いて振り向けば、彼は突然私の腕を引いてきつく抱きしめた。

「リーバル……!?」

彼の温もりを感じ、こうして触れられるのははじめてのことだと思い出す。
彼の羽毛の柔らかな感触も、高い体温も、ほのかに香る彼のにおいも、すべてがはじめてで、失いかけていた愛おしさが一気に込み上げてくる。

「傷つけるってわかってて君を遠ざけた。それがお互いのためだと思ってたんだ。だから……これまでのこと、ぜんぶ僕のせいにしていい」

ずっと聞かせてほしいと願っていた本心をようやく聞かせてくれたのに、喜びや愛おしさと同じだけ、今までひた隠しにしてきた苦しみが底からあふれ出てくるのを感じ、彼の胸を押した。
リーバルは丸くした目を揺らめかせ、何か言葉を紡ごうとしかけたが、その前に私が口を開いたことによりくちばしを閉ざした。

「ミファーから話は聞いています」

「……えっ」

「あなたが私とのことを相談しに来たと打ち明けてくれました」

アイには絶対に言うなってあれだけ釘を刺したのに……」

リーバルはぼそぼそと呟きながらこめかみを指先でぐりぐりと押し、諦めたように大きなため息をついた。
すまし顔を取り繕おうとするのがかえって焦っているようにしか見えず、こんな顔もするのだなあと、今日に限って彼の新たな一面ばかり見せられることに悔しくなる。

「私は、あなたがこれまで通りに接してくれるのであれば、たとえ恋人らしいことができなくても構わないと、そう思ってこれまで耐え忍んできました。
だけど、あなたは必要以上に私を遠ざけようとして、それが、耐えがたいほどにつらかった。
そんなときに、たとえやましいことがないとしても、私以外の女性と二人きりで密談なんてしているところを見せられれば、さすがの私でも堪えきれません。
ですから、もう関係を解消し……」

言い終える前に、唇を塞がれた。
ぬるりと口内に入り込んできたものが彼の舌だと理解したとき、キスをされていることに気づいた。
胸を押し返そうと伸ばした腕は、彼の大きな手に掴まれ、逃げられないように背中に回された腕が私の肩を荒々しく掴む。

彼の熱い舌が私の舌を絡めとるごとに背筋をぞわぞわとした感覚が這い、切なげに細められた切れ長の翡翠が炎の灯りに照らされて煌めくごとに私の胸を締め付けた。
何度もキスを重ねるうちに地面に横たえさせられ、衣服に彼の手がかけられる。つい流れされてしまいそうになるが、わずかに残った理性で、さすがにこの状況ではまずいのではと制止を促す。
彼は小さく舌打ちをしたあと、もう一度、今度はそっとキスを落とした。

「君の想いに気づくまでは、見守っていられればそれでいいなんて思ってたけど、君が僕と同じ想いだと知ったとき、本気で守ってあげたくなった。
……やっと手に入れたんだ。手放す気なんてさらさらないよ」

私の顔の横に手をつきながら、眉を潜めた彼は「それに……」と顔を歪めて笑う。

「君の顔にはまだ僕のことが好きで好きでたまらないって書いてある。気持ちを押し殺して僕から離れていこうなんて、そんな勝手は絶対に許さないからね」

するりと頬をなでられ、自分の頬が涙で濡れていることに気づかされる。
リーバルはゆっくりと瞬きをしたあと「アイ、僕には君が必要だ」とぶっきらぼうにつぶやいた。

「私もです」と胸の内を明かすと「言われなくてもわかってるさ」と彼は笑った。

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後日、隠すことでかえって関係が悪化してしまうくらいならいっそのこと仲間内だけでも公表してしまおうということになり、自分たちの関係を打ち明けたところ、ウルボザによりすでに知れ渡っていることが判明した。
リーバルはその事実にあたまを抱えたが、ウルボザが良いように取り計らってくれたことはみんなの温かな反応を見ていればわかる。

「そうとわかれば話は早いな。僕の目を盗んでアイに手を出そうなんて不届きなやつはいないだろうと思うけどあえて言っとく。
もし彼女に指一本でも触れようものなら、矢が雨の如く降り注ぐって覚えておくことだね」

「いいね!?」と眼前にビシッと指をさされたリンクは、研いでいた剣から顔を上げ「ごめん、聞いてなかった。なに?」と小首をかしげた。
そんな暢気な彼に憤慨しまくしたて始めたリーバルにどっとみんなが笑うなか、ウルボザがそっと耳打ちしてきた。

「それで……キスはもう済んだのかい?」

彼女の言葉にぼっと熱が顔に集中する。
慌ててリーバルに助けを求めて目で訴えかけると、私の視線に気づいた彼は、くちばしの先に人差し指を添え、うっすらと笑みを浮かべた。

終わり

(2021.9.13)

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★あとがき&リクエストくださった方へ

このたびはリクエストありがとうございました!
募集してからひと月半ものあいだお待たせしてしまい、大変申し訳ございません。

今回は「リーバルの浮気疑惑で一悶着テンパるリーバル」というお題で書かせていただきました(*^^*)
「浮気」ではなく「疑惑」というところがミソだと捉え、どのラインまで描くか並んだ末、最後はすっきりとしたハッピーエンドにしたいとの思いから事故などでやむを得ず一線を超えてしまうといったハプニングも除外し、すれ違いによるものとして描いてみました。

ミファーとのやり取りでのリーバル様について、彼はきっと直接的な言い方はしていないのではないかなあと勝手に思ってます。
リンクに想いを寄せるミファーだからこそ、彼が暗に言おうとしていることを察することができたんじゃないかなあというイメージです。
どのような話をしたのかについてはご想像に委ねます(笑)

遅れてしまったお詫びとともに、重ね重ねお礼を申し上げたいと思います。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!

今後とも「宙にたゆたう」をよろしくお願いいたしますm(_ _)m

夜風より

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