微甘。リーバル視点。恋人設定。
ある日の食事中、将来の話をし始める夢主。
はぐらかしつつも夢主の言葉が気にかかるリーバルは、まどろみのなか彼女との未来を夢に見る。
※リト族と人間の間に子を育むことが可能という前提(捏造設定)で書いています。
「もしもの話だけどさ……」
クロックマダムにナイフで切り込みを入れたばかりのアイは、神妙な顔でナイフとフォークを皿の縁に置いた。
パンの谷間に黄身がとろりと流れ落ちていくのを一瞥し、もったいないな、と、摘みたてのイチゴを口に放りながら視線を上げる。
「将来私と結婚して、子どもができて……なんて未来が訪れたら、リーバルは嬉しい?」
危うく喉に詰めかけたイチゴをミルクで一気に流し込む。
「い、いきなりなんだよ?まさか……」
お腹に視線を向けると、彼女は顔を真っ赤にしながら両手を振った。
「ち、違う違う、例えばの話!すぐにどうこうってわけじゃないの。
私はいつかはそうなったらいいなって思ってる。リーバルはどうかな……?」
上目遣いに見つめる真っすぐな目に気恥ずかしさを覚え、視線を反らす。
正直、焦った。突然こんなことを言いだすなんて。
彼女とは互いの想いに気づいてから流れでそのまま一緒にいるようになったが、思えば互いの関係について改まって話をしたことがない。
鍛錬でクタクタになって帰って来たとき、彼女が笑顔とともにくれる”おかえり”は一日の疲れを忘れるほどの癒しだ。
手料理もおいしいし、家のなかも住み良い空間を保ってくれている。……体の相性だっていい。
お互いに趣味嗜好は違えど、自分にはないからこその魅力だと思える。ときどき喧嘩をしても長引くことはまずない。
何よりフィーリングが合う。一緒にいてこんなに居心地のいい相手は彼女のほかにはいないと言っていい。
けど、頭でそんなことを思っていようとも、わざわざ口にするのは僕の柄じゃない。そのくらいとっくに理解しているはずだ。
それでもあえて僕の口から引き出したいのだろう、ということもわかっている。
……だとしてもだ。
「まあ、このまま一緒にいれば自然とそうなるんじゃないの?」
イチゴを口に数個放り込む。……少し酸っぱいのが混じっている。
先ほど喉を詰まらせたせいでカップが空になっていることを思い出しミルクを注ぎ足す。
「リーバルの気持ちが聞きたいのに」
ため息交じりに痛いところを突かれ、うっと息が詰まる。
「そんなこといちいち確かめなくても、僕がどう思ってるかなんてもうわかってるだろ」
「そうなんだけどさ……」
ミルクを一気にあおり布巾でくちばしを拭うと、空になったカップと皿を手に立ち上がった。
「だったらこの話はおしまいだ。ほら、冷める前にさっさと食べなよ」
彼女は言われるままパンを切り分けて口にし始めたが、釈然としない様子だ。
少しかわいそうなことをしてしまった。
だけど、言うにしてもこのタイミングじゃないとも思っている。
ましてや急かされて言うなんてもってのほかだ。
何気ない雰囲気のなかというのも悪くはない。しかしできれば思い出深い場所で……なんてね。
特別な言葉だからこそ、いつか決意が固まる”その時”まで取っておきたい、というのが僕の本心だ。
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庭の大木に吊るしたハンモックが風を受けて僕の体を揺する。
梢の葉が枝を離れ、ひらりと僕の上に舞い降りた。
さく、さく、と草を踏みしめる音にのそりと身を起こすと、おくるみを抱えたアイが庭をゆっくりと歩きながらささやくように歌っているのが聴こえてくる。
彼女の髪に、背中に、雲間から差した陽光が差し、風になびく髪がきらきらと光る。
ふいに僕の視線に気づいたアイが振り返った。
「リーバル」
そっと微笑む彼女の姿は、今まで見たどんなときよりもきれいで、穏やかで。
ほかの何を失っても彼女だけは手放したくない、と強く感じた。
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「リーバル……リーバル!」
肩をそっと叩かれ、ぼやける目のまま声のするほうに顔を向けると、アイが困ったように笑いながら顔をのぞき込んできた。
いつ眠ったのか思い出せないほど記憶が曖昧だ。どうやら無意識のうちにちゃんとベッドに移動したらしい。
あくびをかみ殺しながらサイドテーブルに目をやると、四つの小さな翡翠に目が留まった。
ご丁寧にしっかりと髪留めまで外している自分のルーティーンの正確さに感心する。
「もう夕方だよ。そろそろ起きないと」
「悪い、寝すぎた……」
下ろし髪を手櫛で整えながらサイドテーブルに手を伸ばすと、先に髪留めを手にとったアイがそれを、はい、と手渡してくる。
どうも、と受け取りながら、手早く編んだ髪に通していく。
「あなたがすっかり寝入るなんてね。夢でも見てたの?」
ああ、と答えそうになって、くちばしを閉ざす。
別に、とすり替えると、アイは勘ぐるような視線をこちらに向けてきたが、それ以上は問い詰めてこなかった。
昼間すげなくしてしまったことをまだ根に持っているのだろうか。
斜陽に照らされた彼女の横顔が少し翳っているように見え、そのまま踵を返しリビングに戻って行こうとする腕を思わず引き寄せていた。
ベッドに尻もちをついた彼女を背後から抱き寄せ、両翼のなかに体を閉じ込める。
「リーバル、どうしたの?」
少し乱暴にしてしまったが、嫌がる素振りはなく、気遣うような視線をこちらに向けながら優しく微笑みかけてくる。
「嫌な夢でも見たの?」
「そんなことで僕が不安になるわけがないだろ」
「冗談だよ。わかってる」
あやすように腕にそっと手を重ねられる。それが何となく悔しくてきつく抱きしめると、アイの頬が色づいて現金なことに少しだけ気分が良くなった。
こんなちょっとしたことにさえ幸せを感じているのに、何を躊躇しているのだろうか。
自分はこんなにも不足ないほど与えられているというのに、彼女が真に欲しているものをまだ与えられていないことが心底歯がゆい。
「なあ、アイ」
腕の中で、アイが、ん?と返してきた。
「将来僕と夫婦になって、子どもができて……なんて未来が訪れたら、アイは嬉しいかい?」
しばしの無言の後、アイはおもむろにこう答えた。
「……すごく、嬉しい、です」
アイが僕に問うてきたことをそのままお返ししただけだというのに、やけに緊張した面持ちで、何とはなしに問いかけたつもりがこちらまで気恥しくなってくる。
「僕は、これからも君とずっと一緒にいたい。それだけは真実だ。
だから……その時まで、もう少し待っててくれるかい?必ず、言うからさ……」
僕の言葉に息を飲むとアイはおずおずとうなづいた。
肩口からのぞき込んだ彼女の顔は、夕陽の光ではごまかしようがないくらい今度こそ真っ赤に染まっていた。
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「さっきのって、プロポーズの予約、だよね?」
夕食のスープに浸したパンを口に含んだ僕は、危うくパンを吹き飛ばしそうになった。
慌てて翼で押さえこんだのでそれは免れたが、喉の奥でくぐもった咳が出る。
「……おいおい。行間を読むのは結構だけど、わざわざ口にするのはさすがに野暮だよね」
「わ、わかってはいるんだけど!さっきの言葉が、何だか気になって……」
じっとにらむと、またみるみる顔を赤くさせ、僕の視線から逃れるようにパンにかじりついている。
咀嚼したパンを飲み込むと、口元を拭ったきり布巾で口を押さえたまま、彼女はぼそぼそとつぶやいた。
「あなたがあんなことを言ってくれたのは初めてだったから、すごく嬉しかったの……」
「……」
「さ、冷めないうちに食べましょ」
そうはにかみ笑いを浮かべ、パンをスープに浸し口に運ぶと、おいしい、と顔をいっぱいにほころばせる。
アイが咀嚼するパンの音が、秒針を刻むようにザクザクと鳴る。僕の心音が、少しずつ高鳴ってゆくのを感じる。
おもむろに立ちあがり、彼女のかたわらに跪くと、こちらに体を向けた彼女の両の手をそっと翼で包み込む。
緊張からか少し汗ばんだ手のひらさえ、愛おしい。
「……アイ。僕とーー」
おわり
(2021.6.23)
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★あとがき&ユナ様へ
こんにちは!夜風です(*^^*)
今回のリクエストは、普段私が書かせていただくことが多い片思いネタとはおそらく対局にある、結婚や子どもについて考えるお話でした(あくまで夢のなかやもしものお話ですが)
今までリーバル様と夢主(人間)のあいだに子どもができる前提で考えたことがなかったため、まずは自分のなかの固定観念を崩すところから始めました(笑)
子どもの描写については散々悩み(ここで一度躓きかけた)、リト族っぽい子と人間の子の異種兄弟を出すべきなの…?と迷走しかかっていたところ、古き読み専の夢友に相談し、おくるみに包んでぼかすという神の声を賜りました。ありがとう友よ…。
そのため制作に長らくお時間をいただいてしまい大変申し訳ございません(ToT)
もしリーバル様がプロポーズするとしたら、事前にあれこれプランニングしそうだなあというイメージですが、未来の情景を夢に見て、食卓での夢主の笑顔が夢とリンクし、プランを帳消しにしてついにクチバシったリーバル様でした。鳥だけに(笑)コングラッチュレーションズ。
(※深夜ハイであとがきをしたためたため、後々読み返してみたらクッソしょーもないこと書いてて自分で笑いました)
最後にユナ様、この度はリクエストありがとうございましたm(_ _)m
前提のあるお題でしたので、なるべく趣旨が逸れないようにと気をつけてはいたのですが、このような感じで大丈夫でしょうか!
ありったけの力をもって全力投球で望みましたが、お気に召すかが一番不安です…!
ではでは、最後までお付き合いいただきありがとうございました!
今後ともよろしくお願いいたします。
夜風より