「では、いきますよ……王様だーれだ?」
姫様の声に場がしんと静まり返る。
そよ風に炎がぼっと燃え立ち、外炎がはためくように揺れる。
その向こうで、リンクが静かに手を挙げた。
「リンク、あなたが王様ですか?」
「……はい」
無表情のまま淡々と答えたリンクに姫様は苦笑を浮かべ、こほんと咳ばらいをした。
「では、リンク。ご命令を」
粛々と姫様に促されたリンクは、相変わらず思考の読めない淡泊な表情のまま、しかし視線を地面に落とした。
王に仕え勅命をこなす側の彼が、ゲームとはいえ命令を下す側となる。
自分から率先して考えを示すことのない彼は、一体どんなことを浮かべ命令を下すのだろう。
この瞬間、私と同じことを思い浮かべていたに違いないことは、リンクを食い入るように見つめるみんなの眼差しを見れば一目瞭然だった。
「1番が6番の頬にキス」
唐突に顔を上げたリンクが無機質な声で下した命令にぎくりとする。リンクがまさかそんな大胆なことを言いだすとは思わなかった。みんなも口々に「ええっ」「まさかあんたがね」と騒いでいる。
ちなみに1番は私だ。おずおずと小枝を掲げ、緊張しつつもう一人を探す。
一瞬リーバルと視線がかち合った気がしたが、どうやら頬杖の位置を変えていただけのようだ。
リーバルじゃないのか……ほっとする反面どこかがっかりする自分に気づいたとき、まさかとは思ったが彼が遅れて小枝を摘まんだ指をかざした。
「リーバル……!?」
リーバルは今度こそこちらを流し目に見向くと、チッと舌打ちをし眉を潜めつつ視線を逸らした。
「1がアイで6がリーバルですね。では、アイ、リーバルの頬に、その……口づけを」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。ほんとにみんなの前でするの……?」
「王様の命令は絶対だ。背くことはあっちゃならねえ決まりだ」
「そうですよ、アイ。不服でしたら、罰ゲームを受けていただくことになりますよ」
冷やかし交じりにそう言うダルケルと姫様。もし相手が二人だったら、私は少しの恥じらいを残しつつ遠慮なく頬にキスしただろう。
けど、相手は冗談が通じるような相手じゃない。リーバルだ。
普段からウルボザやダルケルにからかわれても不機嫌そうに流す彼が、こんな命令を、私のキスを、果たしてお遊びだからとはいえ受けてくれるのだろうか。
そもそもの話、そんな彼がこの王様ゲームに参加していることがすでに不思議だが。
「わ、わかりました」
腹をくくり、リーバルの側に向かう。相変わらず頬杖を崩さない彼は、私が肩に手をかけても視線を逸らしたまま見向きもしない。
彼の横顔にそっと顔を近づけると、彼は眉間のしわを深め目を閉ざした。
遊びでも本気でも、たとえ唇じゃないとしても、やっぱりキスは大切な人にこそしてもらいたいものだよね……。
「ごめんなさい……」
これから行うことへの贖罪を込めそうつぶやき、彼のくちばしの端に軽くキスをした。
「はっ?」
上体を起こしリーバルを見下ろすと、彼はなぜか酷く驚いた顔をして目を見開いている。
何だろう。少し様子がおかしい。
「いや……何でもない」
驚かせた理由を尋ねようと口を開きかけたところでみんなが冷やかしの声を上げはじめた。
それにより一部始終を見られていたことへの羞恥を思い出す。
姫様が騒ぎを収めようと小枝の回収を促し始めたところで、リーバルが立ち上がった。小枝を乱暴に丸太に叩きつけると、苛立ちながらキャンプを離れていく。
ただならぬ様子にみんなの顔にも動揺が浮かぶが「ウルボザがそっとしといてやろう」と言ったことでゲームが再開された。
けれど私はリーバルの様子がどうしても気にかかって、私と彼の小枝を返すと、急いで後を追いリーバルが去って行った暗がりに飛び込んだ。
彼は少し行った先の川辺の木にもたれていた。
腕組みをしながら川のせせらぎに耳を傾けるように目を閉ざし、小さくため息をこぼしている。
その様子を少し離れたところから見守っていた私は、意を決し彼に近づこうとしたところトカゲが足元を這ったことに驚いて思わず声を上げてしまった。
驚いたリーバルがさっとこちらを振り向き目を見張った。
しかしすぐに私だと気づき、顔を背けつつ腰に手をあてた。
「君か。何の用?」
去り際の様子はあまりに怒っているように見えたが、彼の声は思ったより落ち着いていた。それにほっとしつつ声をかける。
「その……さっきはごめんなさい」
今度はきちんと目を見てはっきりと謝罪を述べることができた。しかしどうしたわけか、彼はキャンプを立ち去るときと同様不機嫌そうに表情を歪めてしまった。
「さっきもそうだったけど、その謝罪、何に向けての”ゴメンナサイ”なわけ?」
翡翠に刻まれた瞳孔がじとりとこちらに向けられる。低められたその声に戸惑いながらも慎重に言葉を選ぶ。
「その……流れであんなことになってしまったけど、本当はああいうことは好きな人とじゃないと嫌なんじゃないのかなって。だから、相手が私だったことで不快な思いをさせてしまったのなら、悪いことをしたなって……」
私の言葉に黙って耳を傾けていたリーバルは、ハッと乾いた笑いを浮かべながら両手を掲げた。
「やれやれ……たかがゲームじゃないか」
その言葉に、なぜかずきりと胸が痛む。
「えっと、それはつまり、リーバルはゲームなら相手が誰であれキスを受け入れる、と?」
私の言葉にぴしゃりとリーバルが固まる。
真意が気になるとはいえ、立ち入ったことを口走ってしまったことに気が張り詰めてゆく。
そろそろと見上げたリーバルの表情は案の定険しく、ふたたび謝罪を述べようとしたところで彼は頭を抱えて嘆息した。
「君は、馬鹿なのかい?」
呆れたような視線に、わけがわからず彼をじっと見つめ、小首をかしげる。
緩慢に首を振った彼はすっと目つきを鋭くし、私の眼前にその大きな指を突き立てた。
「わからないなら言葉を変えてあげるよ。いいか、ルールなんてものはゲームに参加する奴にのみ課せられるものだ。所詮はお遊びなんだよ。つまらないとか、不快だとか思うくらいなら、その枠組み自体から抜け出してしまえばいい。たったそれだけのことじゃないか」
彼の言い分はもっともだ。意思が明確で、人から何を言われようが貫けるだけの自己や自信をしっかりと持っているからこそこうして堂々とあの場を去れたんだろう。
けれど、なぜだろう。今の流れにおいてはうまく論点をすり替えられている気がしてならない。
それに、彼の言い分が本心の通りだとして、どうしてあのとき私のキスを受け入れたあとであの場から立ち去ったんだろう。
「その言葉の通りなら、リーバルはやっぱり不快だったということですよね。ゲームを放棄してここにいるし……」
私の言葉に、リーバルの顔に動揺が走ったのを見逃さなかった。なぜか目が右往左往に揺れている。
去る直前の驚いた顔を彷彿とさせる姿に、真意を知りたくてじっと見つめ言葉を待っていると、私の視線から逃れるように大きな翼で目元を覆った。
指の隙間からちらりとこちらを覗く姿が、何だか少しかわいく見えてくる。
「君は僕の話の何を聞いていたんだい?……とにかく、あのときまで僕はあの場にいたんだ。それが、どういう意味かくらいはわかるよね」
核心に迫ったところでまたはぐらかされてしまった。
「わかるよね、と言われても」と言葉を返そうとした矢先に彼が踵を返した。
「皆まで言う気はないからね」
草を踏みしめながら去りゆく背をぽかんと見送っていると、リーバルは途中でぴたりと立ち止まった。
かと思えばこちらを振り向き、ずんずんと荒々しい所作で戻って来る。
見開いた目のまま彼を見つめていると、ずっと眉間に皺を寄せたままだった彼が、刹那ふっと破顔した。
不機嫌かと思えば急に笑い出す彼の情緒の一貫性のなさに困惑していると、今度はリンクにするような意地悪な笑みを浮かべた。
「わかっちゃいないだろうからついでにもう一つ言っとくと、僕の頬はここだよ。ここ」
その紺に映える赤い差し色のあたりを指さす彼に「はあ」とぼんやりうなづいた私だったが、川を流れる水の音を聞き流しつつふたたび去ってゆく背中を見つめているうちに、ゲーム中に自分がしでかした失態をようやく思い出した。
夜の水辺はひんやりとしていて、ここまではたき火の炎は届かないはずなのに、心も顔も、たぎるように熱い。
終わり
(2021.12.12)
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