記念文

藪蛇の行き先

微甘。夢主視点。
ウオトリー村で休息を取ることになった一行。
しかし、見栄を張ったリーバルの一言により、夢主は彼と二人備蓄の調達に向かわされることになる。


 
無事、フィローネの塔を起動したのち、拠点としていたレイクサイド馬宿を発った私たちは、ウオトリー村へ向かった。
ほかの集落から離れた辺境にあるため、罹災状況の懸念があったが、村民に状況をヒアリングしたところ、村には稀に単独行動の魔物が下りてくる程度で幸いなことに被害はほとんどないとのこと。
しかし現状は安全とはいっても一方で懸念すべきこともある。沖の離島・サイハテノ島の魔物が活発化し個体数を増やしている点だ。
事前の下調べに向かった兵士らは深手を負い、命からがら帰還したそうだ。彼らの情報によると、島にはボコブリンやモリブリンの集団だけでなく、ヒノックスもいたとのこと。
島から村までは距離があるが、敵はやぐらを組むだけの知恵を持つ。いついかだを拵えて海を渡ってこないとも限らない。先を見越した王の決断により、先手を打ち島の祠の調査を兼ね魔物の殲滅を命ぜられた。

任務が難渋した場合に引き返すのが難しいことを考え、できる限りの備蓄を携えたほうがいいだろうとのこと。
村民の話によると島が魔物に侵される前は島でもツルギバナナや海産物などがとれたそうだが、現在は魔物が食い荒らしている可能性が高い。それに、島の面積は敵の想定数に対しごく小さい。できるだけ作戦外の行動は控え、隠密で遂行するのが賢明であるという姫の判断だ。
そういったわけで、島に渡る前に一度食料調達を兼ねて村で休息をとることになったのだ。

そのはずだが、なぜか私はリーバルの背に乗りカール山に向かっている。
ウオトリー村では、昼間は汗が滲んでいたくらいだが、日が暮れてきてからは風が少し涼しくなった。
念のためトーガをまとってはいるが、標高が高くなるにつれもう少し厚着をしておくべきだったと後悔し始める。
リーバルの首に回した腕に力を込めつつ、トーガの隙間から首元に吹き込む風を遮るべくフードの根元をたくし上げたとき、リーバルが大きなため息をこぼした。

「……慎重なのは結構だけど。英気を養うのも任務のうちだって言うなら、貴重な休息時間にわざわざ村外れの山頂まで遠っ走りさせないでいただきたいね。しかも、その上オモリ・・・つきときた。これじゃ休息にならないよ」

脈絡のないぼやきに小首を傾げるが、すぐに「ああ、姫のことを言っているのか」と思い至る。
それはともかく、とばっちりで彼に付き添うことになった私をあろうことか”オモリ”呼ばわりされたことでカチンとくる。

「姫様がせっかく一休みしましょうと気遣ってくださったのに”フィローネじゃ塔の解放に付き添っただけで弓を振るえなかったせいか大して疲れてない”だなどと、一言付け加えたのはあなたじゃないですか。
いつもいつも藪をつついてばかりいるからとうとう蛇が出てきちゃったんですよ」

「おいおい……自分のことは棚に上げる気かい?何かにつけて藪をつつく、ってのは、君こそそうじゃないか、アイ?」

肩越しにニヤニヤと意地悪な笑みを返され、返す言葉が見つからずに押し黙ってしまった私に、リーバルはフンと鼻を鳴らすと、急降下を始めた。
無遠慮な浮遊感に悲鳴を上げながら、こうなってしまった原因を思い出し、ついつい皮肉で突っ込んでしまったことを後悔する。

事は小一時間前。ウオトリー村に到着後、桟橋で販売されている特産の魚を購入したときのことだ。
負傷している兵士のぶんもと姫様がたくさん買い込んだことを喜んだ店主が、カール山でマックスラディッシュがふんだんに取れることを教えてくれた。
その情報を受けた姫様は、嬉々としてリーバルに調達をお願いした。リーバルは元気が有り余っていることを自分から仄めかした以上、下手に断るわけにもいかなかったのだろう。気に入らないことがあるとすぐ眉間に皺を寄せる彼だが、このときのリーバルはまさしく苦虫を噛み潰したような顔だった。
はっきり「嫌だ」と言えない彼がめずらしく、ウルボザはきょとんと状況を見守るリンクの肩を借りてこそこそと笑いを堪えていた。それにつられ思わず吹き出してしまった私にリーバルが矛先を変えたことにより、口論に火がついてしまったばかりに、姫様からは「アイも手伝ってあげてください」と指名され、こうしてついてくる羽目になったというわけだ。
姫様には何の悪意もないことはわかっている。けれど、何が悲しくて、私までお預けを食らってリーバルと二人きりで山菜取りに行かねばならないのか。

悶々と理不尽さを呪っているうちに、ようやく浮遊感から開放された。
背から下ろしてもらえたことに安堵しつつよろよろと下界を見下ろすと、水平線の向こうに沈みゆく夕陽の赤に紛れ、ウオトリー村の灯火が小さく見えた。
点々と星の瞬きのようにちらつく明かりに、今ごろみんな夕飯にありついているころだろうかと浮かべたとき、腹の虫が大きく鳴った。
聞かれてしまったのではと狼狽えつつ彼を見上げると、くちばしを覆う白い指先の向こうで口角が歪んでいるのが見えた。

「残念だったね。今ごろ連中は海鮮料理に舌鼓を打ってるころじゃないかな?」

相変わらず嫌な言い方をする彼に「うるさいです」と返しつつ、取り繕うようにお腹をさすっていると、リーバルは何か思い出したように腰に携えた布袋を探りだした。
太い指先で小さな袋を煩わしそうに探るのを見守っていると、ふう、と一息つきながらようやく取り出した何かを差し出された。
草の葉で包まれているそれに目を落とし、彼を見上げると、眉根を寄せながらもう一度、今度は眼前に突きつけられる。

「昼の残りの握り飯だ。まだ傷んでないはずだよ」

これで腹ごしらえでもすれば、ということだろう。顔を逸らしながら早口にそう説明する彼からは先ほどまでの嫌味な態度は感じられず、意外と親切なところもあるのかと感心する。
包みを受け取る際に、指先がリーバルの羽毛に触れた。先ほど背に乗り全身を預けていたときにはさして意識してなかったのに、指先が触れ合っただけで変に意識してしまうのは、彼が気恥ずかしそうにしているからか、柄にもなく優しくしてくれたからか。それとも、この池が”心”を象っているせいか。

沸き立つ気持ちにふたをする代わりにおにぎりを頬張る。
おにぎりの握り方を覚えたばかりの姫様がこしらえたこのおにぎりは、少し塩気が強い。

お礼がまだだったことに気づき、リーバル、と呼びかけながら振り向いたとき。
彼の大きな翼が私の背に添えられ、頬に触れたくちばしの先が米粒をさらっていった。

「まんざらでもない、って顔だね?」

クスクスと笑みを浮かべながら親指でくちばしを拭うリーバルに、今度こそ羞恥で顔が熱くなる。
「からかわないで」と背けた顔を、柔らかな指先が強引に引き上げ、いつになく真剣な眼差しが真っすぐに私を見据える。

「そういうところだよ、アイ。君がそういう反応をするから、もっと困った顔が見たくなる」

口振りはいつもと変わらないはずなのに、翡翠と同じ色の目が真っすぐだから、今ならひた隠してきた本心を覗かせてもいいかなって気になる。

そんな私が、彼に想いを伝えるまで、あと5秒。

おまけ

終わり

(2022.2.14)


 

「読み切り」に戻るzzzに戻るtopに戻る