記念文

ホタル舞う夜の約束

「じゃあ、串焼き肉の屋台で」

「はあ?」

案の定、リーバルは目を見開いたあと声を上げて笑い出した。

「もっと可愛らしい要望がくるもんだと思ってたんだけど……りんごあめとかさ。まさか串焼き肉とはねぇ」

「だ、だって!リーバル、任務のあとすぐここに飛んできたんでしょう?おなかが空いてるんじゃないかと思って……」

尻すぼみにそう言うと、彼は呆気に取られたように息を詰まらせ、気まずそうに頬を指でかいた。

「君って、見かけより気が利くんだね。……からかって悪かったよ」

「いえいえ。ああ言っといてなんですけど、せっかくのお祭りですからね。どうせなら私も一本食べちゃおうかな」

にやりと上目に見上げると、リーバルは「何だよそれ」とぷっと噴き出した。

「食い意地がはってるなあ。一番の目的はシズカホタルの観賞じゃなかったっけ?まったく……これじゃ花より団子だよね」

そう言いつつもリーバルはどこか嬉しそうだ。
串焼き肉の屋台で数本紙袋に詰めてもらっているあいだにバッグからルピーの入った袋を取り出そうとすると、すかさずリーバルに遮られた。
彼は腰の巾着から小さな袋を取り出すと、いくつかルピーを取り出し店主に差し出した。……私のぶんまで含まれている。
憎まれ口を叩きながらも、気づかれないようなところで気配りを見せたり、人をけなしたぶん以上に自分にはもっと厳しく、高める努力を一切惜しまない。

昨日だって、ただでさえ調査や討伐で疲れていたはずなのに、ほかのみんなを先に休ませて自分は周辺の索敵に向かい、ついでだと言って食料の調達までして。
飄々としているように見えて、少し無理をしているときもあるのを私は密かに見ていた。
多分、彼のそんな一面に気づいたときから、私は……。

受け取った串焼き肉の袋から一本取り出すと、目の前にずいっと差し出される。

「はい、どうぞ」

串を慎重に受け取るときに彼の指先と触れ合い、羽毛のほんの先がさらりと触れただけなのにどきりとしてしまった。

「ありがとうございます」

こんなにどぎまぎしている私とは対照的に、リーバルは特段気にした様子でもない。
女性慣れしているのか、それとも私にそれほど興味がないのか。
まあ、普通に考えて彼はリト族で、私は人間だ。女とはいえ同種でもない人にときめくほうがどうかしてるというもの。
頭ではそうわかってるのに、胸がずきりと痛む。

滝の音が近くなり、かたんかたん、と小気味良く鳴る太鼓橋に差し掛かる。
水が染みこんだ木の香りと、爽やかなせせらぎの音に少しだけ気持ちが軽くなる。

首をもたれた柳の木がさわさわと揺れ、涼やかな風に吹かれた鳴子がカラカラと軽やかになびく。
祭りの喧騒の音が入ってこないほど、目の前の情景に見とれていたせいで、リーバルの顔がすぐそばまで迫っていることに驚き目を見開いた。

リーバルは自分の手にまだ口を付けていない串焼き肉を持っていながら、わざわざ私の手のなかにあるものにぱくついた。

「ああっ!何勝手に食べてるんですか」

「そうやってぼーっとしてるから隙を突かれるのさ」

くちばしの先を親指で拭いながら肩眉を上げて笑う彼に、お返しだと言わんばかりに横から串焼き肉をくわえようと顔をずいっと近づけると、彼は至極驚いたような顔をして、わっと声を上げた。

「あっ、避けられちゃったか……」

「僕を欺こうなんざ100年早いね」

リーバルはそっぽを向いてそう言いつつ、おもむろに私の口元に串焼き肉を差し出した。
串焼き肉と彼の後頭部を交互に見つめていると、こほんとわざとらしく咳払いをされたので、いただきます、と断って一口かじりつく。

「ふふ、おいしい」

頬を緩め咀嚼する私をちらりと見ると、リーバルは小さく「まずまずだよ」とつぶやき、私がかじった串焼き肉の残りをくちばしで挟んだ。
こういうことを誰とでもナチュラルにできてしまう人なのだろうかと考え、いや違う、と気づく。
私の知る限りでは、少なくともゼルダやインパ、英傑の女性陣とこうして食べ物をシェアしたり、食べさせあったのを見たことがないではないか。
私の勘違いじゃなければ、彼もまた……。

悶々と考えながらちびちび食べ進めているあいだにリーバルは平らげてしまったらしく。
私が食べ終えた串をすっと取り上げて空になった紙袋に入れ、近場の炊事場に備え付けられていたごみ箱に押し込んだ。

驚くより先に腕を取られ、体が前のめりになる。

「寄りたいところがある。ちょっと険しいけどついてきてもらうよ」

ぐいぐいと強引に腕を引かれ、人ごみを縫うように抜けていく。
時折私を気にするようにちらちらと振り返るたびに揺れる三つ編みは人にはない特殊な紺の色合いで、その先の翡翠はシズカホタルの薄緑色の灯りに負けず、提灯の灯りに美しく煌めいている。
大きな翼で包み込むように握られたところから彼の体温が染みわたりじわじわ熱くなっていくのを感じながら、ぶっきらぼうな背中を追いかけていく。
 

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