ほのぼの~微甘?夢主視点。
仕事に明け暮れる夢主。週末、久々の定時上がりに胸を躍らせつつ酒場へと向かう。
しかし、不幸にも泥酔した客に絡まれることに。
繁忙期で毎日残業続きだったけれど、それもようやく落ち着いてきたこの頃。
今日は久しぶりに定時で上がれた。しかもラッキーなことに週末だ。
使う暇もなくたまりにたまったお給金を今日こそ散財してやる!
そう意気込み、軽い足取りで向かった行きつけのバーは今日に限って臨時休業で。
仕方なく近場の開いている酒場に入ってみたものの、ほとんど席が埋まってしまっている。
まあ週末の夜だし仕方がないのだけれど。
にしても今日はハッピーとアンハッピーが交互に訪れる日だなあ。
そんなことを浮かべながら、カウンターに向かう。
「いらっしゃい!嬢ちゃん、一人かい?」
“嬢ちゃん”なんて呼ばれる歳でもないが、この口髭豊かな初老のマスターからすれば私くらいの歳でもそう思われても仕方ないか。
はい、まあ……と苦笑いを浮かべつつ適当に相槌を打つ私に気を悪くした様子もなく。
カウンターの奥には紺色の羽毛に覆われたリト族が座っている。
リト族は町でたまに見かけるのでこんなところで遭遇しても特にめずらしいとは思わないが、何というか……リト族にしてはやや小柄だ。それでも人間に比べれば背は高いとは思うけれど。
身に着ける武具などから察するにおそらく男性だろう。どことなく若々しい装いからして青年くらいかな。
棒状のマックスサーモンのから揚げをつまみながら、酒をくちばしで器用に飲んでいる。
機嫌がすこぶるよろしくないらしく、その眉間には深くしわが刻まれているのが少々気になった。
距離を取ったほうが良さそうだと思い手前の席に目をやるが、話に花を咲かせる男女がイチャイチャしているのが目に入る。
二人の世界を邪魔するのは何だか気が引けてしまって、仕方なしにリト族の席のから一つあけたとなりに座った。
「うるさくてすまんなあ」
「あっ、いえ!お気遣いなく……」
お通しが目の前にコトンと置かれる。ハイラル草の和え物のようだ。
チープだが、このところ家と職場の往復で外食する機会がなかったためか、こういう飲み屋ならではの段取りにさえ気持ちが高ぶる。
「飲み物は何にするかい?」
カウンターの向こうのメニューボードを見上げるが、文字が掠れて読み取りづらく。
きょろきょろとメニュー表を探していると、台をさっと滑ってメニュー表が手元に現れた。
驚いて流れてきた方を見やるが、紺のリト族はこちらに見向くこともなく。
メニュー表を払った手でそのままタンカードを持つと、何食わぬ顔で酒をあおっている。
「ありがとうございます」
メニュー表を示しながら礼を言うと、目を細めながら「ふん」と返された。
少し低い澄んだ声に、不覚にもどきりとする。
さっきまでその顔にありありと浮かんでいた怒りの感情が少し薄れているように感じ、最初の印象よりは悪い人ではなさそうでほっとした。
もしかしたら人が苦手なのかもしれないな。
かくいう私ものんびり一人酒が性に合っている。
うるさい人よりは案外こういう無口で不愛想な人が隣席のほうが落ち着けるというものだ。
「じゃあ、イチゴサワーと……あれと同じものを」
リト族の青年が先ほどからサクサク食べている棒状のマックスサーモンが食欲をそそって仕方がない。
他人と同じものを頼むことに少しばかり恥じらいはあったが、食べてみたさが勝ってしまった。
「はいよ」とメニュー表を見ているあいだに早々と用意したらしいイチゴサワーを置くと、マスターは気を良くした様子で奥に引っ込んでいった。
メニュー表を彼と私のあいだの席にすっと寄せ、さっそくイチゴサワーに口をつける。
「……ちょっと薄い?」
イチゴのうまみがあまり感じられない。しかも、水っぽい。
あのマスター、酒をケチったな。
「はあ……今日はことごとくついてないな……」
ふと、となりから視線を感じてちらりと見やると、青年が横目にこちらの様子をうかがっていた。
しかし私と目が合うなりすっと視線を反らされる。
まずい。聞かれてしまったかな……。
もしここの常連さんだったらかなり失礼なことをしてしまった。
「あの……」
一言お詫びしようかと思い声をかけようとしたときだった。
「おい、嬢ちゃん。こんなとこで一人酒かい?」
すぐ後ろから声がかかり、自分のことかと振り返ると、赤ら顔でだらしなくにやける男が、舐めるように私を見下ろしていた。
なんだ、酔っ払いの悪絡みか……。
行きつけのバーは品良く良識が備わった常連さんばかりだったから、正直こういうのに耐性はついていない。
「……私に何か?」
面倒に感じながらも視線を前に戻し応えると、男がカウンターに上体をもたれ私の顔をのぞき込んでくる。
よほど泥酔しているらしく、酷い酒気に思わず顔をしかめてしまう。
「その様子じゃあ男と待ち合わせってわけでもねえんだろう?
せっかくなら俺と一緒に飲まねえか?」
「いえ、結構です。一人でゆっくり飲みたいので」
「まあまあ、そう言わずにさあ」
……しつこい。
こういうときに限ってどうしてマスターは奥に引っ込んだままなんだ。
早く気づいて出て来てくれればいいのに。
ウェイターが一人いるようだが、ほかの客の注文を受けるのに必死でこちらのトラブルに気づいてもいない。
周囲を見回している隙に、男の腕が私の肩に絡む。
驚いて腕を振り払うと、席から立ち上がり距離を取る。
「なんだ、案外べっぴんじゃねえか!どうだい?今晩俺と一発……」
「……手元に鉈があったならそのご自慢のブツを切断して差し上げるところですよ」
あまりのしつこさと下劣さに腹が立ってきてそう皮肉をぶつけると、背後から噴き出すような笑い声が聞こえた。
振り返らなくてもリト族の青年だとわかり、男と同じ土俵に立って下品な発言をしてしまった自分に、平常心とともに置き忘れていた羞恥を取り戻す。
まだ少ししか口を付けていないのにもう酔い始めてるのだろうか。顔が少し熱っぽい。
いや、しばらく断酒していたせいだ。もしくは、空きっ腹で飲んだせいか。
悶々としている私の肩に無骨な手がかけられ、体が硬直する。
「なかなか威勢がいいじゃねえか。気に入った!」
近づけられる顔から逃れようとのけ反ったとき。
目の前の男が、一瞬にして吹き飛んだ。
背を強かに打ち付けた男はそのまま床を滑り、酒場の出入り口に派手にぶつかった。
大きな音に、酒場内は水を打ったようにシーン……とする。
突き出された鉤爪の足が床につくのを見て、何が起こったのかようやく理解した。
目にも止まらぬ速さで繰り広げられた一連のできごとに呆気にとられながら、かたわらで腕組みをするリトの青年を見上げる。
先ほどまで傍観を決め込んでいた彼が、まさかこんな大胆な行動に出るとは思わなかった。
青年は、怒りをあらわにした顔をすっと平静に戻すと、ニヒルな笑みを浮かべて声を張った。
「そのくらいにしといてあげなよ。
それに、僕もいい加減静かに飲めなくてイライラしてるんだよねえ」
リトの青年は這いつくばって後ずさる男におもむろに近づくと、その肩口にきつく鉤爪を食い込ませ「ああ……ちょうどいい」とこぶしを打った。
「気晴らしに弓でも引こうかと思ってたとこなんだ。あんた、協力してくれよ。
お返しと言っちゃあなんだけど、あいた杯をあんたの血で満たしてあげようか」
この人……てっきり無口だとばかり思ってたけど、案外饒舌だ。
少し気取ったような、苛烈な物言いで捲し立てると、背中の弓を親指でくいっと示している。
先ほどまで何も背負ってなかったはず。おそらくカウンター横の壁に立てかけていたんだろう。
リトの青年は、未だ男を押さえつけたままの足に重心をかけるように前かがみになると、立てた膝に片腕をかけた。
ぐっと顔を寄せ、くちばしの先を男の眼前に据える。
「ここから立ち去りな。
出て行かないっていうなら、その薄汚い眉間に矢を打ち込んでやってもいいんだぜ」
殺意をにじませた声色で脅しつけ、男の眉間に人差し指をトン、と突き立てる。
痛みに喘いでいた男は、青年の冷ややかな視線ににらみ下ろされ「ひいっ」と上ずった声を上げた。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたマスターがカウンターに飛び出してきた。
遅すぎる登場に青年は焦れたように舌打ちをして男を放してやると、すっと身を整え「やれやれ……」と両翼をかかげ首を振っている。
マスターは店の現状を見渡すと、出入り口でうずくまったままの男に気づき途端に声を荒げる。
「あんたまた来てたのか!もう来るなと散々言っただろう!
金はいらない、さっさと失せろ!!」
男はいそいそと立ち上がり肩を押さえながら慌ただしく店から出ていった。
一部始終を見守っていたほかの客は口々に何か言い合いはじめ、店のなかにざわつきが戻る。
「す、凄まじい……」
人生において修羅場というものを経験したことはないが、彼の気迫は正直上司の罵倒よりもものすごい迫力だった。
あんな状況においても動じることなく相手を圧倒するさまは、怖いというよりむしろ感心すらしている自分がいる。
リトの青年はすっと身を正すと、客の視線を痛いほど浴びながらも何事もなかったかのようにこちらに戻ってくる。
ふと目が合ったタイミングで声をかけようとしたとき、マスターが急いでカウンターから出てきた。
周囲を見回し何が行われたのかを瞬時に察知したらしいマスターは、私にへこへこと頭を下げた。
「いやあ、遅くなって悪かったな嬢ちゃん!何もされてないかい?」
やたらボディータッチされましたと喉元まで出かかったが、これ以上話が長くなっても困るので、あえて事実は伝えないことにする。
「はい……この方が助けてくれたので、大丈夫です」
むっつりと腕組みをしているリト族の青年を見上げ微笑む。
彼は目を見開くと何か言いたげに口を開きかけたが、小さくため息をこぼしただけで、顔をあさっての方向に反らせてしまった。
さっきまで淀みなく舌を回していた人とは思えず、そのギャップが何だかおかしくてまた笑いが込み上げてくるが、これ以上は失礼になると思い、気を逸らすべくマスターに向き直った。
ふと、マスターが手にする皿のマックスサーモンのから揚げに目が留まる。
うわあ、おいしそう……。
立ちのぼる湯気と香ばしいにおいに、忘れかけていた空腹を思い出す。
しかし、残念だがこれ以上ここにはいられないのは何となく空気で察している。
周囲からひそひそ聞こえてくる声に気まずさを覚えながらも、マスターに深々と頭を下げた。
「その、せっかく作ってくださったのに申し訳ないのですが……そろそろ失礼しようと思います」
「そうかい……残念だよ」
しょんぼりした顔に内心「ごめんなさい!ごめんなさい!」と平謝りしながら、慌ててカバンを探る。
財布を取り出しルピーを数えていると、横からすっと紺色の翼にさえぎられた。
どうしたのかと見上げれば、リトの青年は腰に携えたいくつかの巾着袋の一つを乱暴に引き外し、カウンターの上でひっくり返した。
なかから大量のルピーがじゃらじゃらとなだれのようにあふれて山積みになり、マスターや周囲の客が驚きの声を上げる。
私の貯金を軽く超える金額に開いた口が塞がらない。
「これだけあれば十分だろ?」
後ろ手を組み小首をかしげながら片翼を挙げた青年に、マスターはひどく狼狽した様子でルピーを引っ掴むと、青年に突き返そうとする。
「リトの兄ちゃん、あんたにも迷惑かけたようなもんなんだ。悪いがこんな大金受け取るわけにはいかねえ!
むしろあの野郎に喝を入れてくれて恩に着る……」
「勘違いするな」
青年は凄みを利かせた声でマスターの恩情を両断する。
すっとマスターの耳元にくちばしを寄せると、口の端を歪め声を潜めた。
「騒ぎを収めるためじゃない。……あんた、酒を薄めてるだろ」
彼が何を言ったのかよく聞き取れなかったが、マスターの顔色がさっと変わったところからすると、何かしら弱みを握られてしまったようだ。
リトの青年はすっと姿勢を正すと、踵を返し、肩越しに振り返りながら言った。
「釣りはいらないよ。……ま、せいぜいそれで立て直すんだね」
片手を挙げて颯爽と去り行く姿につい見入っていたが、店の戸が閉ざされたことでようやく我に返り、マスターに会釈すると、慌ててあとを追った。
店を出てすぐの路地を見渡すと、少し先をゆったりと後ろ手を組んで歩く姿を見つけ、大声で呼び止める。
「待って!」
私の声に、青年はおもむろにこちらを振り返る。急いで駆け寄った私は、間近に見上げたその顔に思わず息を呑んだ。
透き通った翡翠が、月明かりに照らされキラキラと輝きながら、真っすぐに私を見下ろしている。
こうしてまじまじと見ると、とても綺麗な顔立ちをしていることに気がついて、異種族なのに何だかドキドキしてしまう。
ときめく鼓動を悟られないように視線をさまよわせながら、私の言葉を待つように沈黙を続ける相手に、何とか言葉をひねり出す。
「助けてくださって、本当にありがとうございました。しかもお代まで……」
気持ちを込めて感謝の意を伝えたつもりだったが、返ってきたのは「ふん」という素っ気ない反応だった。
酒場のときにも聞いたようなあざけるようなトーン。
もしやこの人、単なるコミュ障でもなければ、親切ってわけでもないのでは……。
彼は、少し考えるように視線を上げたが、わずかに間を置いたあと、私の想像は的中だとでも言うように嫌味ったらしく投げ返してきた。
「君を助けた覚えはないよ。ただ、あの店の酒があまりにまずくてねえ。
おまけにとなりじゃ低劣なナンパときた。
つまり……興ざめさせられた腹いせに蹴り飛ばしてやったってことさ」
「やっぱり……!」
いちいちもったいぶるような言動はともかく。
素直じゃないなあとは思いつつも、セリフの一部に共感し思わず声を上げた。
「あのイチゴサワーの薄いこと……。
行きつけのバーでもよく頼むメニューがあるのが嬉しくてつい頼んだんですが、炭酸水でも飲まされてるんじゃないかって疑っちゃいましたよ」
「店でも思ってたけど、君、意外と歯に衣着せぬ物言いだねえ。悪くない」
また余計なことを口走ってしまった。
クスクスと笑う彼にむやみな言動を反省しつつ熱が集中する顔をあおぐ。
……あれ?
この人、私のこと言える立場じゃなくない?
じろりとにらむ私に目を細めると、彼は腰に片翼をあてながら「さて」と背を向け、肩越しに振り返ってきた。
彼の動きに合わせて揺れる四本の三つ編みに、案外髪が長いのだな……とまた思考がさらわれそうになる。
「僕はこれから飲み直しに行くつもりだ」
そこで言葉を切ったきり、プイッと顔を反らされる。
ん……?だから何だって言うんだろう。
意図がわからず風になびく三つ編みをじっと見つめていたが、ふと思い至り、はっとする。
ちょっと待って。もしかして、これってお誘いのつもり……?
わ、わかりづらっ!
しかもさっき山のようなルピーを置いてったのに、まだお金持ってるのこの人!?一体何者……?
ちらちらとこちらをうかがう様子にじわじわと心がくすぐられ、口元がほころんでいく。
まあ……彼が何者かなんてこの際関係ないか。もう少し話がしたいと思っていたところだし。
彼も私と同じ考えかと思うと素直に嬉しい。
「奇遇ですね。私もちょうど口直しがしたいと思ってたところです。
さっきのお礼もしたいですし……良かったらご一緒してもいいですか?」
となりに並び顔をのぞき込むと、彼はついっと顔を背け、さっさと歩きだした。
「別に。好きにすればいいんじゃない?」
前を行きながらそう言い捨てる彼に、ひっそりと笑みをこぼすと、さっと駆け寄りかたわらに並んで歩く。
「お名前をうかがっても?」
「……リーバルだ」
取り澄ました彼にぴったりな凛とした響き。
答えてくれたことが嬉しくて、擦り込むようにリーバルさん、と繰り返す。
「私は、アイって言います」
「ふうん。アイ、ねえ……」
こちらを横目に見下ろしながら反芻するように名を呼ばれる。その艶やかな響きにまたもや心臓が高鳴った。
「ま、記憶の片隅に留めておいてあげるよ」
初対面の人……しかもこんな偏屈な人もといリト族に、何でここまでドキドキさせられるんだろう。
しばらく恋愛から遠ざかってたせいかな……。
いやいや、きっとお酒のせいだ。
まだ何口も飲んでいないなんてことは、この際都合よく頭の片隅に寄せてしまおう。
今日はハッピーとアンハッピーが交互に織りなす一日だったけれど。
一日の終わりには、ちょっと素敵な出会いが待っていた。
貯金とともにたまりにたまった有休休暇は、リトの村に旅行でもしようかな。
ぼんやりとそんなことを考えているところに「イチゴサワーといえば、まあまあおいしい店を知ってるんだけど」と仄めかされ、思わず「ぜひ連れてってください!」と手を挙げた。
終わり
★5000hitお礼&あとがき
皆さん、こんにちは!夜風です。
このたび、当サイトの訪問者数が5000hitを迎えました!パチパチパチパチ
この数値は1日につき1人1回カウント(同一機種のカウントを含めない)された場合のもので、単純にクリック数だけを見れば30000超え。びびるしかない。
少し前に確認したときはまだ15000~20000くらいだったので、目まぐるしい数字の変化に驚かされるばかりです。…カウントミスとかじゃないよね?
日々来てくださる方々がいろんなページを読んでくださってるんだなあと思うと、とても嬉しくなりました。
本当は1000hitごとに何かお礼を…と考えてはいたのですが、日々の更新に追われているうちに気がつけば5000…。
サイト開設当初はこんなにたくさんの方が訪問してくださるとは夢にも思いませんでした。
遊びに来てくださるだけでもめちゃくちゃ嬉しいのですが、コメントを送ってくださる方やアンケートにまでお答えくださる方もいらっしゃって。
趣味嗜好を吐露させていただいている立場なのに、こんなに幸せなお返しをいただいていいのだろうか……!
いつもいつも、本当にありがとうございます。
これからも楽しんでいただけるようマイペースながら続けていく所存です。
さいごに。
改めまして、5000hitありがとうございます(*^^*)
今後とも「宙にたゆたう」をよろしくお願いいたします!
夜風より
(2021.5.3)