偏屈者と恋煩い

ジェラシーが収まらない

微甘。リーバル視点。
夢主への想いを募らせるリーバルは、このところ彼女がことあるごとにリンクの話題を持ち出すことにうんざりしていた。
苛立ちは日ごとに増していき、ついに逆上してしまう。


 
村ではほしいままにしていた名声は、ハイラル全土という規模においては僕だけが独り占めにできるものではなかった。
世界は広しとはよく言ったものだが、神獣の繰り手を引き受けることになってから、ほかの地方にも僕のような腕利きがいる事実を知った。
ほかの地方のことなんて気に留めさえしてこなかったが、強い力を有する者にしか操れないといわれるあの神獣の繰り手に選ばれたんだ。
僕と同等とまではゆかずとも、それなりの実力を有することくらい戦いぶりを見ていればわかる。
連中に不満はない、と言えばうそになる。けど、気に止むほどでもなかった。
あいつ……あの退魔の剣の騎士とやらを差し置いては。

そんな僕の胸中を知ってか知らずか、アイはことあるごとに彼の話をする。
やれ子どものころから英才教育を受けているだの、剣の才覚があり大人を打ち負かしただの、イワロックやライネルを一人で打ち倒しただの、至極くだらないことばかりだ。

そんな僕でも立てられそうな手柄についてどれだけ自慢げに語られたところで、正直塵ほども悔しくはない。
けれど、彼のエピソードに対し僕が引き合いに出されたことだけは許容できなかった。

ーーーーーーーーーーーー

ある日の夕時。
任務を終え城に帰還した僕らは各々休息を取ることとになった。
ほかの連中が城内に戻っていくなか、僕とアイは何となく中庭に向かい、沈みゆく夕陽を眺めながら取り留めもない話をしていた。
この日も彼女の話題は任務のことに始まり、案の定あいつの話に変わった。
彼女の様子から僕の反応を見るように敢えて持ち出しているように感じ、徐々にいら立ちが募っていく。

「努力家なところはリーバルそっくりですよね。いつもほかの兵たちが訓練を終えても一人でずっと特訓に励んでるのを何度も見……え?」

黙って相槌を打っていれば良かったが、この日の僕はいつも以上に気が立っていた。
バラスターにこぶしを打ちつけたいのを堪える代わりに強く握り締め、目を見開くアイに冷たい視線を送る。

「その話、まだ続ける気?」

アイははっとしたように顔を上げ、申し訳なさそうに眉を下げた。

「すみません、つい夢中になって話し込んでしまいました」

しかし、そんな彼女のしおらしい様子にも僕の気は収まるどころか、余計に増した怒りで拍車がかかり、早口に捲し立てていた。

「何が”努力家なところはそっくり”だよ。大体、あんな案山子のどこがいいんだい?あんな軟弱そうなやつより、僕のほうがよっぽど腕が立つはずだよね。いちいち引き合いに出されることも正直シャクだってのに、こっちの気も知らないで、わざわざ僕の前であからさまにあいつを褒めちぎるようなことばかり言ってくれちゃってさぁ。それで?つまるところ、何が言いたいわけ?」

「ご、ごめんなさい。リーバルがそこまで不快な思いをしてたなんて、考えもしなかった。私は、リーバルとリンクがもう少し打ち解けてくれたらいいなって、あなたがリンクに興味を持ってくれたらって、そう思ってるだけで、彼とあなたを比較して貶めたいわけじゃ……!」

「君の意図はともかく、言葉選びとしては僕より彼のほうが勝ってるって言ってるようにしか聞こえないな。それに……あいつの話をするとき、毎度やけに生き生きしてるよね、君。まさかとは思うけど…あいつに惚れてるんじゃないの?」

ますます苛立ち、歯止めが効かず矢継ぎ早に責め立てる僕に、アイはかっと顔を赤くしてかぶりを振った。

「ど、どうしてそんなこと聞くんです?リンクのことは仲間として信頼してますけど、そんなつもりはありません。誤解しないでください」

「へえ、その割にはえらく必死だね。図星だったりして……」

「だから、違うって言ってるじゃないですか!」

驚いた。彼女がこんなに声を荒立てたところを初めて見た。
肩を上下させながら呼吸を整える彼女の目が、キツい眼差しで僕を射る。
その目にじわじわと涙が溜まっていくのを見て、必要以上に責め立ててしまったことへの後悔が芽生える。

「なんでわからないの……」

「は……?」

尻すぼみにそうつぶやき、アイは顔を覆ってうつむいた。
指の隙間から見え隠れする頬や耳の縁が真っ赤に染まっているのを見つけた僕は、ようやく彼女の心中を察し納得した。
てっきり彼に気があるもんだと思ってた。けど、こんな必死に弁明してくるってことは……そういうことなんだろう。
思い返してみれば思い当たる節がないでもない。
僕の真意を探ろうとしてくるようなこともなければ、そんな・・・素振りを見せてこようともしない。
だけど、彼女は何だかんだで気づけばいつも僕のとなりにいて、あれこれ理由を付けて僕を引き留めようとしてきたじゃないか。
彼の話ばかり持ち出していたのも、僕が興味を引きそうな話題をよく知らないことが要因かもしれない。
或いは、安直だが、僕の奴に対する言動が裏を返せば強い興味を示しているものと捉えてのことか。
……後者は不本意極まりないが。

「まったく……つくづく不器用だな」

堪えきれずぽろりと伝う涙を指先に掬い、彼女の髪を分けて頬を包んだ。
ただの一度も触れたことのなかった僕の手に驚いてか、びくりと肩を震わせるアイに、思わず頬が緩む。

「変に気を回さないで、もっと早く言えば良かったのに。僕に惚れてるって」

「だって……もし受け止めてもらえなかったらって思うと、もう気軽に話しかけることもできなくなるんじゃないかって……ずっと怖くて……」

「ほんと、単純なくせに、そういうところでばっかり気を回しすぎだよね」

ま、そんな君につい気を許してしまう僕も僕で、あまり人のことは言えない、か。
到底口にはできないが、胸の内で密かにそんなことを浮かべる。

ぐずぐずと泣き崩れるアイの腰を抱えて腕に閉じ込めると、彼女は顔をくしゃくしゃに歪めながらもどこか吹っ切れたように笑った。

「あいつとのことを引き合いに出すな」なんて言っておきながら、彼女の想いがあいつではなく、ほかでもない僕に向けられていたことに、不覚にも喜んでしまうなんて。
そんな自分にこっそりと呆れ果てつつ、僕の背中にしがみつく彼女の小さな頭をなでてやった。

(2023.7.27)


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