微甘。夢主視点。
いつになく上の空なリーバルを物珍しく思う一行。
リーバルに一声かけようと決心した夢主は、木陰で一人涼む彼の元へと向かう。
夕刻。
その日の任務を終えた私たちは、馬宿で休息を取ることにした。
外に焚かれた火を囲んで夕食を取りながら皆が談笑するなか、リーバルは話の輪には加わらず、一人黙々と串に刺した肉に齧りついている。
さっさと平らげると串を火に投げ込んで両手をはたき、座っていた丸太から立ち上がった。
「はぁ……」
後ろ手を組みつつ深いため息を残し、少し離れた木陰に歩いていく。
彼らしからぬ気落ちした様子に、となりで同じようにして見送っていた姫様も何事かと目を見張っている。
「今日一日ずっとあのような調子ですね。何かあったのでしょうか?」
そっと耳打ちしてくる姫様に首を捻りながら、ちら、と木陰に座る彼に目をやる。
リーバルは、あぐらに肘を立てて身を傾けつつ、飽かずぼうっと景色を眺めている。
遠くを見据える彼の目はいつものようにしかめられてはいるものの、どこか憂いを帯びていて艶やかにも見える。
様子をうかがっているうちに、いつの間にか自分の心拍が早くなっていることに気付いて目を逸らす。
いけない、うっかり見つめすぎた。
「……私、ちょっと声をかけてきます」
そう一声をかけると姫様はぎょっとした顔でリーバルと私を交互に見た。
そっとしておいたほうがいいんじゃないか。言葉に言い表さずとも、言わんとすることは彼女の顔に書いてある。
それが何だかおかしくて、思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫です、他愛のない話をするだけですから」
「万一何か言われたときは、必ず相談してくださいね、アイ」
言い聞かせるようにそう言う姫様の目は、やけに真剣みを帯びている。
ありがとうございます、と苦笑を浮かべつつ立ち上がると、そっとリーバルの元へ歩み寄る。
「リーバル」
努めて明るく声をかけると、リーバルは私を横目に見るなりあからさまに眉間のしわを深めた。
そういう反応が来ることはわかりきっていたが、いざ目にすると少し委縮しそうになる。
けれど、不機嫌そうな態度とは裏腹に微かに見開かれた目に、原因はもしかして私にあるんじゃないかと直感的に行き当たる。
「……となり、いいですか?」
そう尋ねると、チッと舌打ちで返されてしまった。どうやら虫の居所が非常に悪いらしい。
やはりまともに話をするのは難しいか……。そっとその場をあとにしようとしたとき、背後でわざとらしい咳払いがした。
「……ダメだ、とは言ってないよ」
「いいんですか?」
もう一度念を押すように尋ねると、返事の代わりにとなりをポンと叩いた。
いいから座れ、ということだろう。なんて回りくどい。一言「どうぞ」と言えばいいのに。
けれど、彼のこういうところは案外嫌いじゃない。むしろ……十全に任務をこなす表向きの姿とは違う、彼本来の不器用な人となりが垣間見えて、かえって強く心惹かれてしまっている。
お言葉に甘えて、となりに腰を下ろす。少し体を傾ければ、触れてしまいそうな距離。
ちらりと盗み見れば、たき火越しに見た横顔がすぐそこにあって、叫びたいくらいに気持ちが弾けそうになる。
自分からとなりに座っておいて何だが、今さらながら変に緊張してきた。
姫様と雑談するときのように何気ないことを話せばいいのに、いざとなるとどう声をかけていいのかまったくわからない。
どうしよう。どうしよう!どうしよう!!
雑念にまみれた脳内でどうにか試行錯誤するが、気持ちが焦るばかりで言葉が見つからない。
そんな私の胸中を知ってか知らずか、リーバルは呆れたような視線を送ってきた。
じとりと見つめる目に急かされたような気になり、うっと喉が詰まる。
「何か僕に話があって来たんじゃないの?」
「えと、えっと……その、ですね……!」
変な汗がこめかみを伝う。
何か言わないと。服の裾をぎゅっと握りしめ、意を決して体を少しリーバルに向ける。
「あの、リーバル。何か気に病んでいるんじゃないですか?」
「……は?」
「その、もし私で力になれることがあれば、打ち明けてくれませんか」
余計なことを言っただろうか。しかし、心外だ、なんて返ってくるかと思いきや、リーバルはポカンとした顔のまま固まってしまっている。
どういうことだろう?わけがわからず首を傾げる。
刹那、くちばしの端が歪んだかと思うと、彼はふっと小さく噴き出した。
やんわりと緩められた目元。こんなに優しい顔もできるのか、と胸が騒ぐ。
「君さ……もしかして僕に気を遣ってるのかい?」
「そ、それは……」
「慣れないことはするもんじゃないよ。それに、何か勘違いしているようだけど、僕は別に落ち込んでるわけじゃない」
「そ、そうなんですね……良かった」
なんだ、杞憂だったのか。何か悩みがあるわけではないのなら、ちょっと疲れて見えただけなのかもしれない。
それに、彼のことだ。きっとどんなに困難なことがあったとしても、クヨクヨ落ち込む暇があれば打開策を考えるほうが有意義だとでも考えそうだ。
いつだって平静を保ち、みんなを取り仕切ろうとする気丈な立ち振る舞いを思い出し、つい口元がにやける。
「……僕がここで何を考えてたか、知りたい?」
「え……」
何気なく見上げると、切れ長の流し目と視線が絡み合った。
真っすぐに見つめるその目に反射する月明かりがとても美しくて、緩みかけていた気持ちが瞬時に膨らみ上がる。
じっと私を見据える澄んだグリーンから目が離せないまま、言葉も紡げずにいると、リーバルは、ふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべ、満天の星を見上げた。
「……ま、気が向いたら教えてあげるよ」
意味ありげにそう告げる彼に、また緊張が高ぶる。
草の上に置いた私の手を包み込むように重ねられた大きな手が、彼の隠した答えを物語っているような気がするから。
終わり
(2024.01.30)