記念文

甘い熱に浮かされて

甘。夢主視点。
リーバルと二人ラネール大水源の調査に宛がわれた夢主。
その道中、ラネール湾での戦闘で体調を崩してしまう。


 
ラネール参道を抜けた先で、ゼルダがリンクと複数名の兵を引き連れてアラブー平野の祠へ調査へと向かう一方で、私とリーバルはラネール大水源の調査へと宛がわれた。
周辺の祠の事前調査に加え、周辺の索敵が目的だ。
マップで確認する限り祠はほとんど見当たらなかったが、ラネール湾の周辺には魔物の軍勢やアジトが点在している。
僻地で人気ひとけがないからこそ魔物が蔓延りやすいとも考えられるが、敵の見張りがあるということは、もしかすると表出していない祠が見つかるかもしれないのだそうだ。

しかし、小敵の殲滅を得意とするリーバルが投入されるのは適材適所だと言えるが、戦闘に不慣れな私までこちらに寄越されるのは、何かの手違いではないだろうか。
サマサ平原に向かうまでそんなことを浮かべは不安に駆られていたが、平原の祠を抜けラネール湾に着くなり、私の思いを見越したようにリーバルは手で追う払う仕草をしながらこう言った。

「君に動き回られちゃ足手まといだ。その辺の岩場にでも隠れていればいいよ」

「はいはい」

その言い草には少しむっときたが、けれどここにたどり着くまでずっと動きっぱなしだったからか少し疲れていたのも確かだ。
揚々と前を行く背中を睨み据えながら、この際厚意だと受け止めることにして甘んじる。
リーバルは何を思ったのか、数歩進んだところで何か思い出したように人差し指を立て、こほんと咳払いしながら戻ってきた。

「……雑魚とはいえリザルフォスは狡猾だ。油断しちゃだめだよ」

むくれる私に何か思うところがあったのか、柄にもなく言い添える彼に面食らう。

「わ、わかりました」

リーバルは一時いっときじとりと私を見据えていたが、その視線が空へと向いた途端、飛び立った。
私もすかさず岩場の陰に身を潜める。このあたりの敵はリーバル一人でも十分対処できるだろう。こんな体で下手に援護なんてして彼のペースを崩しちゃ申し訳ない。
リザルフォスたちがみるみる一掃されていくのを眺めているうちに、ついつい安心しきってしまっていた。その油断がいけなかった。

アイ、後ろだ!!」

まさか自分の背後に魔の手が迫っているとは思わず、リザルフォスが吐き出した水鉄砲を食らってしまったのだ。
幸いリーバルが放った矢が済んでのところで吐き出された水を弾いてくれたおかげで威力の弱まった水を引っかぶっただけだが、大量の水を頭からかぶりびしょ濡れだ。
肝が冷えたが、おかげで目が覚めた。気を引き締め直し、背後からの襲撃に備えつつリーバルの動きを追う。

華麗に舞う勇姿は、鳥のようだが、彼らのそれとは比べ物にならないくらい俊敏だ。リト族一番だと吹聴するだけのことはある。
目にも止まらぬ速さで飛翔してはここぞというタイミングで中空に降り立つかのようにぴたりと静止し、即座に弓を構え、速射する。
矢じりの目掛ける先を一点に見据える眼差しは、澄んでいながらも炎のように熱く燃え盛って。その眼差しに見入られているうちに、いつしか私もあの目に射られたいと願うようになっていたことを思い出したせいか、だんだんと顔が熱くなっていく。

「ちょっと、なーにぼさっとしてんの」

頭上から怒声がかかる。はっとして上向くと、矢じりのように鋭い視線とかち合った。
すでに最後の一体を仕留め終えたらしく、あれだけ騒がしかったはずの周囲は、気づけば静かな波の音と彼の羽ばたく音だけとなっていた。
またうっかりぼんやりしていたらしい。リーバルはやれやれとかぶりを振るなり舞い降りてきた。

「僕を過信したくなるのはわからないでもないけど。油断するなって伝えたはずだよね」

「ごめんなさい」

「雑魚ばかりとはいえ、ここ一帯は僕ら以外敵まみれなんだ。姫じゃあるまいし、自分の身くらい自分で守ってくれなきゃさすがに困るんだけど?」

「助けてくれてありが……っ」

言い切る前に、くしゃみが言葉を遮る。
呆れるような眼差しに気恥ずかしくなり、ぶるりと震える肩をなでつつ笑みでごまかすと、今度は盛大なため息をつかれた。

「まさかと思うけど、君、さっき水浴び・・・なんかしたせいで風邪でも引いちゃったんじゃないの?」

苛立たし気に怒気を強めながらずかずかと近づいてきたリーバルは、私と視線を合わせるように腰を折ると、顔を覗き込んできた。
あまりに顔が近すぎて思わず視線を逸らそうとすると、ぐっとあごを掴まれ、上向かされる。

「えっ?ちょっと……!」

突然触れられたことに驚くばかりでどうすることもできずされるがままな私に対し、リーバルは冷静だ。
そう、深い意味なんてないのだ……きっと。

「わかってるはずだけど、僕らの任務はこの先のホロン湾の調査も含まれてるんだ。こんなところで倒れられちゃ困る……」

角度を変えつつ何かを確かめるように私の顔を眺めていた彼は、私の目を見つめるなり、はっと目を見開いた。
かと思えば、ふたたび眉間のしわが深くなってゆく。

「……ほうらね。やっぱり熱があるじゃないか」

「そんなはずは……」

おもむろに額に手をあててみると、想像以上に熱くて驚いた。

「言われてみれば、ちょっと気だるいかも。なんて……」

私のあごから手を離すと、今度は考え込むように腕組みをし、周囲をじっくりと見渡したあと、浜辺に転がる小枝をさっと拾い集め、近くの岩場に重ね始めた。
リーバルは岩場に胡坐あぐらをかくと、腰の巾着から火打ち石を取り出し、手際よく火をおこし始めた。
唐突にたき火をおこし始める彼に、わかりきってはいたものの念のため意図を尋ねようと彼の肩に添えようとして、すんでのところでやめる。
邪魔をしてこれ以上彼の気を立ててしまえばきっと嫌われてしまう。

けれど、引っ込めようとした手は、突然伸びてきた手にぐっと掴まれ、彼のかたわらに腰を落とすかたちになった。

「わっ」

「大人しく座ってなよ」

腕を掴む手は私が見向くより早く即座に引っ込められてしまったが、掴まれたところが熱く、まだ感触が残っている。
私一人のためにここまでするのは、ただの優しさ?それとも……。
燃え立ち始めたばかりの小さな火をじっと眺める横顔から、真意を探ることは容易ではない。

「リーバル、その……」

「君のバッグに、ミルクがあるだろ?寄越しなよ。それと、ミルクパンとマグカップも」

私の言葉を遮るようにそう言って片手を差し出してくる。
大きな手の平にミルクとミルクパンをのせると、彼は指で摘まむように持ち替え、瓶のミルクをミルクパンに注いだ。
簡素なたき火にかざしながら、こちらの様子を伺うように視線を投げかけてくる。

「そういえば、布は……持ってきてないんだっけ」

「はい。今日は任務のあとカカリコ村に帰還する予定なので……」

「……チッ」

気まずい空気が重くのしかかる。
静かに波を立てるミルクを見つめ、ミルクパンの側面がブツブツと煮立つのを待つ。

「君がそんな様子じゃ、今日はさすがにホロン湾までは行けそうにないな……カカリコ村までは歩けるかい?」

「……何とか、がんばります」

「はっきりしないな。キツいならキツいって素直に言いなよ」

「そんなこと言われたって……姫様も、みんながんばってるんです。私だってこのくらい、どうってこと……」

そう強がってみせるが、私の意に反して体の力が抜け落ちていく。
手のなかのマグカップが転がると思った拍子に、体がぐらりと傾いて、リーバルにもたれかかってしまった。

「お、おい!大丈……」

体を起こしたいが、意識が朦朧としてうまく動けない。
リーバルはミルクパンを火の傍らに置くと、私を支えるように肩を抱いた。
羽毛に覆われた腕は、まるで寝具のように温かい。
この状況を恥ずかしいと思わないわけではないが、熱で頭がぼーっとしてそれどころじゃない。

そろそろと見上げると、こちらを見下ろす翡翠と目が合った。
その縁取りがすっと細められたかと思うと、リーバルは思いきり顔を背けた。
どうやらこのまま黙って私を支えてくれる気でいるらしい。

「私一人のために、なんでそこまで……」

そこまで言いかけて、口をつぐむ。朦朧としてるからって、何を自惚れたことを言ってるんだと内心自分に言い聞かせている私を他所に、彼は思ってもみないことを口にした。

「君を……からだよ……」

その声は普段ハキハキものを言う彼とは思えないくらい小さくつぶやかれたものだったけれど、私にはちゃんと届いた。

“君を放っておけないからだよ”

ぼんやりする頭のなかで反芻するうちに、だんだんと脈が速くなって、風邪の影響とは別の熱が顔に集まってゆくのを感じる。
力の入りきらない腕で思わずリーバルを抱きしめると、彼は微かに息を呑んだ。
私に回した腕が頭上まで伸ばされ、頭をそっとなでられる。

その優しい指先の感触に、こんなこときっと姫様たちにはしないなんて浮かんだせいだ。つい、本音がこぼれ落ちた。

「私、リーバルのこと……」

言いかけた言葉は、また彼に封じ込められてしまった。彼のくちばしが私の唇を軽く挟んだせいだ。
はち切れそうなほど脈打つ鼓動が耳にうるさい。

「……君は黙って療養に専念するんだね」

飄々とそう言うが、こんな状況じゃ熱は余計に上がる一方だ。

「もう、せめて最後まで言わせ……っ」

しかし、彼はやはり言わせてはくれなかった。
熱で体温の上がった私と大差ないくらいに熱く、大きな舌が、私の言葉を遮るように口内に差し込まれ、味わうようになかを這う。
はあっと息を吐き出すと、私を気遣ってか名残惜しそうにくちばしが離れていく。
私の唇と彼のくちばしを伝う糸を腕で拭うと、荒々しく一息つき、頬に大きな指先が手を添えられた。

「……いいから。黙ってなよ」

少し上気したような甘い声。強引なそのつぶやきにさえ脳がとろけてしまいそうだ。
もはやこの熱さは、風邪のせいなのか、リーバルのせいなのかはわからないが、少しでも長引いて彼が困ってしまえばいいと、ふたたび降りてくるキスを迎えながら密かに思った。

終わり

(2023.02.09)


 

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