記念文

舞い上がる心情

微甘。リーバル視点。
遠征の任務から遅くに帰着したリーバルは、空腹を満たすため城の食堂へと向かう。
一人ゆっくりと食事を取れるかと思いきや、奥の席で談笑する夢主とウルボザに見つかり、食卓を共にすることに。
しかし、色恋話に花を咲かせる彼女たちにリーバルは耐え難くなってゆく。


 
遠征から城に帰還したのは、すっかり陽が落ちてのことだった。
明日に響いては困るが空腹には抗えず、軽く食事を取ることにして食堂へ向かう。
ほかの連中たちはすでに食事を終えたあとらしく、わずかに食堂内に残る輩も手にした食器を手に立ち去ろうとするところだ。
疲れているところにはこの人気のなさがちょうどいい。
そんなことを浮かべたあとで、奥の暖炉の側で談笑する二人組・・・を見つけ、げんなりしてしまう。

「見知る顔はいないかと思ったんだけどね……」

ぼやきつつ配膳台に並べられたわずかに残るパンや果物を淡々とトレイにのせていると、案の定、呼ぶ声がかかった。
ため息をつきつつ振り返ると、リフェクトリーテーブルの端でウルボザが怪しげに微笑みながら杯を掲げた。あちらはどうやら晩酌の最中らしい。
一見普段と変わりなく見えるが、機嫌の良さそうなことからすでに何杯も飲んでいるであろうことがうかがい知れる。
彼女の向かいに、はにかみながら会釈するアイの姿を見つけた。

無視をしてあとでお小言が待っていると思うとさらに厄介だ。
適当に挨拶だけ交わしておこうと足早に近寄ると、愉快そうに弧を描く深緑の目を睨み据える。

「……何か用かな?さっさと食事を済ませて休みたいんだけど」

ウルボザは僕がそう返すことがわかっていたとでも言うように高笑いをした。

「素っ気ないねえ。仲間だってのに水臭いじゃないか。こんなに遅い帰りなら、差し当たり明日は休息日だろう。どうせ部屋に戻ってもすることはないはずだ。あんたもたまには一杯付き合いな」

「僕の話、聞いてた?休むって言ったはずだよ」

「いいから。四の五の言わずにそこに座りな」

のらりくらりと杯を揺らしながら、けれど有無を言わせぬ物言いで向かいの席へ促される。

「はいはい……」

普段の僕なら強引に誘われたとしても頑なに断っていただろう。
けれどこのときは、まあたまにはいいかくらいに考えていたのか、それ以上の反発はせず素直に応じた。
思えば、ウルボザやアイとマンツーマンで話をしたり、彼女たちが二人きりで話すのを見たりしたことはあっても、この組み合わせで話を交えるのはこれが初めてだ。どう話が転がるのか興味がそそられたのかもしれない。

隣に腰を下ろした僕を見上げなぜかアイは困惑した様子だ。少し疑問に思いつつもさして気に留めはしなかった。
僕が来るまでのあいだに話していたことがあっただろう。ひとまずは流れに乗じることにして、皿のイチゴをつまみながら話を振る。

「何やら楽しげに話してたようだけど、何の話をして……」

僕が言い終えるよりも早く、ウルボザがテーブル越しにすっかり酔いどれて赤らんだ顔を寄せてくる。
酒気を帯びた吐息に鼻先が曲がりそうになりながら仰け反ると、深い青色の唇が妖艶に弧を描いた。

「……気になるのかい?」

「もったいぶるのはよしてくれ。それで、何の話なんだい?」

ただの前振りで尋ねただけで煽ってくるウルボザについ無愛想に返してしまったが、このときばかりはこのせっかちな性分を呪った。
彼女はゆったりと足を組み替え椅子にもたれると、おかしそうに歪められた口元に人差し指を添えウィンクした。

「色恋話さ」

「なっ……」

「ほう。リトの英傑様は堅物に見えて、案外こういった話題に疎いってわけじゃあなさそうだねえ」

思わず過剰に反応してしまった。洞察をやすやすと許した自分に腹が立つ。
内心を悟られぬよう、咳払いでごまかす。

「男でも時にはそういったことを話の種にすることくらいあるさ。別に珍しいことじゃない」

「それじゃあ、あんたに話を振っても問題はないわけだ」

今日は本当に疲れているんだろうか。ウルボザは随分酒が回っているはずなのになぜかシラフの僕よりも一枚上手だ。
返す言葉もなく声を詰まらせる僕のとなりで、やり取りを見守っていたアイが僕らを交互に見つめながらおろおろと両手をさ迷わせた。

「ウルボザ、あまりしつこくし過ぎてはリーバルが困ってしまいますよ」

そうだ、もっと言ってやれ。彼女のフォローに密かに安堵するが、それもつかの間。

「こういう機会でもないとなかなか話せないことじゃないか。それに……そういうあんただって興味はあるだろう、アイ?」

ウルボザにそそのかされ、アイは息を飲んだ。そろりと僕を見上げた視線は、なぜか即座に背けられる。
明らかに動揺した様子に何となく察しがついたが、突き詰めようとした僕にウルボザが単刀直入な問いかけを寄越したことにより、正直それに構うどころではなくなってしまった。

「リーバル。正直なところ、あんた一体どういう子が好みなんだい?」

正面だけでなく、となりからも真っすぐに視線を向けられるのを感じる。つい横目に見やりそうになるのを堪え、咄嗟に反対側へと顔を背けた。
わざわざ背けるなんてせず堂々としていれば良かったとすぐに思い至るが、向かいの魔女・・もといウルボザはそれを見逃さず、ほう……とため息をつきながら僕とアイを交互に見つめ、納得したように頷いている。

「なるほど。ま、遅かれ早かれ……ってところかね」

「ちょっと、何を一人で納得してるんだい?まだ何も言ってないよ」

「そうかい?それじゃ、改めて聞かせておくれよ」

さらに詰め寄ろうとしてくるウルボザに気押され、堪えかねた僕はテーブルに荒々しく手を突いた。

「悪いけど、ここらで失礼させてもらう。これ以上君たちと一緒にいるとロクなことがないからね」

アイが何か言いたそうにしていたが、あれ以上あの場にいてウルボザに根掘り葉掘り探られても困る。
腹は満たされていないが、食事をそのままに食堂を立ち去ることにした。

「リーバル!」

廊下に出て間もなく、跡を追ってきたアイに呼び止められる。
僕の食事ののったトレイを手にしている。わざわざ持ってきてくれたのだろう。心遣いに口角が緩みそうになるが、内心とは裏腹に顔を背けてしまう。

「ごめんなさい、リーバル。だけど、気を悪くしないでほしいんです。ウルボザは、私のために……」

「……ま、そういうことだろうって思ってはいたけどね」

えっ!と間の抜けた声を上げ目を見開くアイに視線を落とすと、彼女は頬を染めうつむいた。
そんな反応を見せられたら、余計に意地悪をしたくなるものだ。

「君さ、僕に気があるんだろ?」

唐突に核心を突かれるとまでは考えていなかったのか、アイは酷く戸惑った様子で目を泳がせはじめた。

「どうして……」

「君たちの言動から察したに決まってるだろ。……見え見えだよ」

「さすがに、気づいちゃいますよね……」

トレイを握る手が震えている。そんな風に冗談めかすのは、その先を聞くのが怖いからだろう。
今にも泣き出してしまいそうなほど悲痛な表情に、彼女の小さな頭に乗せようとした手を済んでのところで引き下げ、頬を掻く。柄にもないことをするもんじゃない。
考えた末、少々意地悪かとは思ったが、彼女の反応見たさにこんなことを口にしてみた。

「……それで。君は、僕からの返答がどうだったら嬉しいかな?」

そんな問いが返るとは思わなかったのか、アイは驚いたように勢いよく顔を上げた。予想通り、その顔は困惑一色に染まっている。
思わず笑みがこぼれる僕を非難するように眉間に皺を寄せ、ぼそぼそとつぶやく。

「そ、それを私に聞きますか……?」

「君の口から聞きたいね」

即座にそう返せば、アイはますます困った顔をして視線を逸らした。

「……リーバルも、私と同じ想いなら……嬉しい、ですけど……」

「ふーん、つまり?」

彼女の顔を覗き込みながら一歩詰め寄ると、そのぶんだけ顔を逸らされる。

「い、意地悪……!」

「ふん。こういう奴だってわかってて心を寄せてるのはどこの誰かな?」

なおも背けられる顔に指先を添え上向かせると、潤んだ瞳が僕を睨んだ。
すっかり紅潮した頬。引き結ばれた唇に釘付けになる。

「好き……あなたのことが……好き」

真っすぐ告げられた胸中に言葉を失っていると、ふいに首の後ろに手を回され引き寄せられる。
トレイ越しに彼女の顔が近づき、その小さな唇が僕のくちばしにそっと触れた。
ほんのわずかなひとときだが、僕には目の前の光景のすべてがゆっくり過ぎてゆくように感じられた。彼女は気恥ずかしそうに微笑むと、僕にトレイを託し、ひらひらと小さく手を振る。

「それじゃ、おやすみなさい」

颯爽と立ち去る彼女を呆気に取られて見つめていたが、ふと我に返る。

「この僕がこんなふうに不覚を取られるとは……。女って奴は、つくづく手強いね」

誰にともなく軽口をたたいてみたが、一度激しく鳴りはじめた鼓動はそうそう収まることはなく。

足早に自室に戻ると、食事ののったトレイをテーブルに置き、設えられたハンモックにさっさと飛び乗る。
彼女の唇の感触が残るくちばしを指でなぞると、先ほどの光景が思い起こされ、沸き起こった羞恥心を隠すように額を覆う。

「リーバルも私と同じ想いなら嬉しいです……か。愛々しいこと言ってくれるじゃないか」

深くため息を吐きこぼすも、喜びに満たされた胸は詰まったまま、なかなか寝付けなかった。

終わり

(2022.7.24)

【あとがき】

「宙にたゆたう」作品アンケートにていただいた「リーバル視点の恋バナを」~とのご要望を元に書いてみました!
日常の一幕を書きたかったのでオチも盛り上がりも特にありません。
人前で立ち入った話をするリーバル様が想像できず、結局言い捨てて逃げ去るかたちに持っていくことになってしまいました(^▽^;)
対面では気のない素振りをしていても、一人になった途端心のなかで舞い上がって喜んでるといいなあというイメージです(笑)

遅ればせながら20万hitを祝して!ありがとうございます!!

夜風より


 

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