「では、いきますよ……王様だーれだ?」
姫様のかけ声に名乗り出る人はおらず、パチパチと弾ける火の粉を挟み各々が顔を見渡す。
皆の様子に小首をかしげた姫様は、自分の小枝に目を落とすと「あっ」と声を上げた。みんなの視線が姫様に集まる。
「私でした。ごめんなさい」
「それじゃ、御ひい様。何なりとご命令を」
微笑ましげに笑うウルボザに照れ笑いを浮かべ、姫様は改めてみんなを見渡した。
「えっと……まずは命令したい番号を1から6のなかから好きなだけ選び、それから命令、でしたね。では、参ります」
長いまつげを伏せ、あごに指を添えながらしばし思案し、一つ頷くとぱっと顔を上げた。
「では、3番が4番の膝の上に座り、30秒見つめ合う、というのは……どうでしょうか……」
良案を思いついたと言わんばかりに嬉々として言い渡した姫様だったが、みんなの目が見開かれていく様子に尻すぼみになっていった。
言ってしまってから後悔したのか、その頬がじんわりと色づいてゆく。
自分の小枝に目を落とした私は、そこに書かれた”3″に愕然とする。
行為による羞恥よりもこれから自分の重みが誰かにのしかかることへの申し訳なさのほうが勝る。
「……ちょっと待ちなよ」
そのとき、となりでリーバルが沈黙を破った。
「その命令、仮にダルケルが3番だった場合どうするんだい?彼に敷かれる奴は間違いなく膝への負担が大きいと思うけど」
その言葉に、みんなの視線がダルケルに向かう。
「まあそう心配すんな、俺は3番じゃねぇからよ」
朗らかに笑うダルケルに、みんなの顔には心なしか安堵の色が浮かんで見えた。
下手にフォローを入れることがためらわれるのか、ふたたび落ちた沈黙を破ったのはウルボザの高笑いだった。
「あっはっは!しっかし、御ひい様も案外大胆な命令を下すもんだ」
「ウルボザ、からかわないでください!私だって、咄嗟に思いついたことをそのまま口にしてしまって少し後悔してるんですから」
ウルボザの茶々にクスクスと笑う周囲を恥じらうようにキョロキョロ見回しながらも、姫様の顔にもほんの少し笑みが浮かんでいる。
そのとき、パンパン、と仕切り直すようにウルボザが手を打った。それにより、今度恥をさらすのは自分の番であることを思い出す。
「さ、仰せのとおりに従うのがルールだ。3番と4番は挙手しな」
おずおずと私が手を挙げたとなりで、リーバルが面倒臭そうに手をひらひらと掲げた。互いが挙げた手に目を見開き、同時に「はっ?」と驚きの声が漏れる。
しかし、驚きに見開かれたリーバルの目はなぜか鋭く細められ。軽く舌打ちをすると、リーバルはさっとそっぽを向いてしまった。
「リーバル、先ほどあなたがあのようにおっしゃっていたということは、あなたが4番でお間違いないですか?」
リーバルが背けた顔を覗き込むようにしながら姫様がそうたずねると、リーバルは深いふかいため息をついたあと「そうだけど?」とぶっきらぼうに答えた。
「アイであれば、膝の上にのせても大丈夫ですね?」
弾けるように顔を上げたリーバルが食い入るように姫様を見つめたが、意味を理解し思いきり顔をしかめた。
「……いちいち確認する必要あるのかい?」
「先ほどあのようにおっしゃっていたので、念のため確認です。よろしいですか?」
「……さっさと終わらせてくれ」
額を片翼で覆うリーバルが、催促するように視線を送ってきた。
口内に溜まってゆく唾をごくりと飲むと、バクバクと鳴り響く胸を押さえながら彼の側に近づく。
「では、アイ。リーバルの膝へ」
状況を熱く見守るみんなの視線のせいか、たき火の炎のせいか。背中が妙に熱い。
姫様の指示に、リーバルがようやく顔を上げた。まだ不機嫌そうに眉根は寄っているが、開かれた両足の片方をポン、と示される。
「僕の膝に座れるなんて、こんな光栄なことはないと思いなよ」
こんな状況でも嫌味を垂れることを忘れないいつも通りの調子に、ほんの少しだけ心が軽くなる。
「し、失礼します……」
リーバルの左の太ももに腰を下ろすと、周りからヒュウと冷やかしがかかった。あまり体重をかけたくないと思っているのに、彼に腰をしっかりと掴まれ、自然と身体を預けるかたちになってしまう。
ほのかに香る彼のにおいが、熱気とともに鼻先を掠める。リーバルの指先が腰に食い込み、服越しに指先の感触や温度が伝わってくる。
互いの息遣いさえ感じてしまうほどの距離にただでさえ気が動転してしまいそうだ。なのに、意地悪にも姫様は容赦なく追い打ちをかけてくる。
「命令の内容は”膝の上に座り30秒見つめ合う”ですよ」
その言葉に、ふたたび「はっ?」と私とリーバルの声が重なり、無意識に顔を見合わせてしまった。
ゆらゆらとろうそくの炎のように揺らぐ彼のグリーンの瞳に、私の困惑した顔がくっきりと映っている。
うっすらと開かれたくちばしの内側に人間のそれよりも大きな舌がちらりと見えたことで、彼との”口づけ“を想像してしまい、思わず顔を覆い思い切り逸らしてしまった。
「アイ、まだ30秒経過していませんよ!」
姫様の声に、はっと我に返る。状況を見守っていたみんなが、ニヤつきながら声を上げて笑う。
「これはもう30秒追加、かな?」
「そりゃあいいぜ、ミファー!なあ、姫さん」
まさかのミファーの冗談にここぞとばかりに悪乗りするダルケル。姫様にふるふると首を振って抵抗するが、彼女らしからぬ嫌な笑みを返され、内心勘弁してくれ……と浮かべつつゆっくりとかぶりを振った。
その頬が、大きな白い指によって横向かされる。
「王様の命令は絶対だよ。僕の目をちゃんと見ておかないと」
声を潜めながら目じりを下げたリーバルにまたしても心臓を鷲掴みにされてしまった。
ふたたび逸らしそうになった顔は、彼によって固定され、いよいよ身動きが取れなくなる。
「ほら、あと20秒」
終わり
(2021.11.19)
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