謝罪しようと決断したものの、直接伝えるのだけははばかられ、気づけば手紙を書いていた。
けれど、改まってしたためたところで、どうにも上手く言葉がまとまらない。
それどころか、口語以上に気を遣ってしまって、かえって蛇足になってしまう。
かといって要点のみを書けば素っ気ない印象を与えて逆効果になりかねない。
要領を得ない自分が腹立たしくて、何枚目かの失敗作をぐしゃぐしゃに丸めると屑籠に放り投げた。
みっともない。そもそも、どうして僕はただ言い過ぎたことを詫びるだけでここまで必死になってるんだ?
「……くだらない」
舌打ちすると、便箋を机に仕舞い込み、部屋をあとにした。
まあ、あの件については何だかんだで時間がどうにかしてくれるだろう。
わざわざ改めて謝るなんてせずとも、何気なく話しかけてしまえば、案外これまで通りに話せるなんてこともあるしな。
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リーバルとギクシャクしてしまってから何日も経った。
あれからリーバルはメドーの調整や訓練で城を不在にしていることが多く、しばらく顔を合わせていない。
今日こそ、あの日のことをちゃんと謝りたい。思い切って部屋を訪ねてみたものの、やはりリーバルの姿はなかった。
開けっ放しになっていた部屋を覗くと、締め切られっぱなしで少し重たくなった部屋の空気のなかに、微かに彼の香りがした。
どきりと胸が鳴り、彼が目の前にいるわけでもないのに胸のうちに秘めた想いが露呈してしまったように気恥ずかしくなる。
慌てふためきながら部屋をあとにしようとしたとき、ふと、リーバルの机のかたわらに丸められた紙くずが落ちているのに気づいた。
勝手に入るのは少しためらわれたが、紙くずの中が無性に気になってしまう。好奇心に駆られるあまり気づけば踏み入ってしまっていた。
何となく足音を立てないようにそっと近づき、紙を広げる。
「わ、リーバルの字……」
“アイへ”の文字に胸がぎゅっと締め付けられたように苦しくなる。
俄かに期待を膨らませながら便箋の下まで視線を落とした私は、送り主の名前を目にした途端、脈打つ胸を押さえ紙を握りしめた。
まさか、あのリーバルが私宛てに手紙を書こうとしていたなんて。
皺の寄る紙に彼の字で結ばれた私の名前。指先でなぞると、彼への想いが一層込み上げてくる。
書きかけられた言葉は文の途中で乱雑にペンで塗りつぶされていてわからない。
けれど、この手紙と向き合っているあいだずっと、彼が私を思い浮かべていたことだけは確かだ。
「リーバル……」
便箋を胸に抱きしめ振り返った私は、いつの間にか私の背後に立ち尽くすリーバルの姿に心臓が止まるかと思った。
彼の目が私の手元に注がれていることに気づき、慌てて後ろ手に隠す。
「子ネズミが僕の部屋に入り込んでいるのが見えて戻って来てみれば……まさか君だったとはねぇ」
彼の目が侮蔑の色を含んで私を睨み下ろす。
一歩詰め寄るごとに近づく距離に、怖いはずのにその先をどこかで期待している自分がいる。
「それで……さっき君が後ろ手に何か隠したように見えたけど、いったい何を隠し持ってるのかな?」
芝居がかった口振りで耳元にささやかれ、吹きかかる吐息にぞくりとして肩が跳ねる。
わかっていてこんな意地悪なことを言うような人なのに、私の胸は止まず彼を意識して激しく鼓動を打っている。
「な、何のことでしょうか……?」
ごまかしようなんてないのに、せめてもの抵抗でシラを切る。
そんな私がおかしいのかリーバルは口角を歪め、私の背中に腕を回してきた。
背中にするりと添えられた指先の感触に、びくりと背中がしなる。
その手の感触に意識を取られているうちに、もう片方の彼の手が未だ紙を握りしめる私の手に伸びたことに気づき咄嗟に手の力を強めた。
指先でこじ開けようとする手の力が強く、負けそうになる。
「往生際が悪いね。……さっさと返してくれるかな?」
切れ長の視線がすぐ近くで横目に向けられ、ぞくぞくと胸が騒ぐ。
「い、いや……」
首を振って抵抗すると、リーバルはしたたかに舌打ちをして、私の顎を掴んだ。
「ふーん、まだこの僕に歯向かうのか。これでも抵抗する気かい……?」
彼の目が私の口元に注がれ、くちばしの先が下りてくる。
あともう少しで触れそうになったところで、耐え切れず彼を押し返していた。
無我夢中で気づくのが遅れたが、私の手のなかにあったはずの紙はすでにリーバルに取り上げられたあとだった。
彼の思惑にまんまと乗せられ、期待に膨らんだ胸が急速にしぼんでゆく。
「残念だったね。悪いけどこれは返してもらうよ」
くつくつと喉を鳴らして笑ったリーバルは、取り返した紙を細かく破いて屑籠に捨ててしまった。
今さらになって自分のしでかしたことが恥ずかしくなってきて、いたたまれなくなる。さっさと部屋をあとにしようと彼の横をすり抜けようとしたとき。
「待つんだ」
すれ違いざまに強く腕を掴まれ「な、何でしょうか?」と声が上ずる。
見上げたリーバルは私と視線が合う前に顔を逸らし、掴んだままの私の腕をゆっくりと離した。
「……いや、やっぱり何でもない」
彼の目もまともに見れず会釈すると、今度こそ部屋をあとにした。
掴まれたところが、まだじんわりと痛い。
エンドD
「破り捨てられた想い」
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