偏屈者の苦悩

偏屈者の苦悩

いや……そもそも僕は間違ったことは言ってないはずだ。謝ったところでどうなる。
確かに物言いはきつかったかもしれないが、それで印象づけられたなら、次から気をつけようという意思が働いて好都合なんじゃないか?むしろ合理的な判断だったと言っていい。
頭ではそう確信しながらも、なぜか僕は自分が出した結論にどこか不満を感じている。

(……どうしてこんなに胸がざわつくんだ?)

翌夕方。
ダルケルがふたたび僕の部屋を訪れたのは、任務を終え城の自室に帰還したタイミングだった。
豪快なノックが打ち鳴らされ扉がミシミシと軋む。
疲れているところに彼の大きな声をまた聞く羽目になるなんて。正直遠慮したいが、破らん勢いでドアを殴り続けられては、いずれ壊されかねない。
仕方なく招き入れると、ダルケルは疲れてるとこすまねえな、と詫びを入れつつ扉をくぐって入ってきた。

「一体何の用だい?」

「相変わらずつれねえな。まあ、そうカッカすんなや。頼まれたものを渡しにきただけだからよ」

困ったように笑うダルケルが岩ほどもある大きな手のひらを広げると、小さな菓子の包みが現れた。
よく見ると包みの結び目に何かメモのようなものが巻かれている。

「贈り物……?差し出し人は誰だい?」

アイだ。おめえに渡してほしいとよ」

「彼女が僕に……?」

ダルケルは「それじゃあ、確かに渡したからな」と言い残し、去っていった。
ああ、なんて見向きもせずに応じる僕の意識はすっかり小さな包みに巻かれたメモに向いている。

内容が気になって仕方がない。
細くたたまれたそれを急いで開いていく。
リト族に生まれたことを誇りに思っているはずの僕が、まさか羽毛に包まれた大きな指を恨めしく思う日が来ようとは。
ようやく広げたそこには、僕への謝罪の念がしたためられていた。
彼女の筆跡で綴られた僕の名に、不思議な高揚感を覚える。


 
リーバルへ

先日は私の失態でご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。
リーバルの言っていたことはもっともだと思います。
できればリーバルのアドバイスをもとに特訓し直したいのですが、今度訓練に付き合ってくれませんか?
挽回のチャンスが欲しいです。

アイより


 
彼女のほうから改まって謝罪されるとは驚いた。
ここまで僕に気を遣うほど悩ませていたのかと思うと、少しは気にかかってくる。

かなり反省しているようだが、わざわざ手紙をしたためてダルケルにことづけたあたり、直接言いに来る勇気は出せなかったんだろう。
まあ、少し言い過ぎたしな……。

彼女の誠意に免じ、特訓に付き合ってやることに決めた。

後日。
特訓に付き合ってあげると申し出ると、アイはなぜか大いに喜んだ。
特訓くらい僕でなくても付き合ってくれる奴はいくらでもいるはずだが、どうして僕をわざわざ指名してきたんだ?
挽回するチャンスが欲しいだとか手紙に書いていたが、戦場でいくらでもチャンスはあるはずだ。
ひょっとして、僕でないといけない理由が……。

「おいおい、的をよく見なきゃダメだよ」

「もう少し距離を詰めないと。それじゃ剣の切っ先さえ掠らないよ」

「ほら、まだまだ」

気をつけてはいるものの、気が高ぶるとつい口調が荒くなる。
けれど、そんな僕に臆することもなく、アイは素直に僕の指摘を聞き入れ動きを改めている。
もしかして、実戦のときはわざと僕の指示を聞かなかったんじゃなくて、聞く余裕がなかったのか?

両手を打ち鳴らし「休憩!」と声をかけると、アイは息を切らしながらあごに伝う汗を袖で拭った。

「すみません……なかなかうまくいかなくて……」

「焦らなくていい。まだまだ改善の余地はあるけど、始めたときに比べればだいぶ動きがマシになってきたんじゃない?」

「本当ですか?」

良かった……!と胸をなでおろすアイ。嬉しそうな顔に僕も釣られて頬がゆるむ。
気づけば彼女のあたまに手を伸ばし、そっと触れていた。

「えっ」

困惑したように目を見開くアイに我に返り、すぐさま手を離す。

「……悪い」

考えもなしにいきなり触れるなんてありえない。
彼女が今どんな顔で僕を見ているのか考えると気まずくなり、咳払いし背を向ける。

「さ、休憩は終わりだ。さっさと続きを……」

言いかけた言葉は、僕の腕を掴む小さな手によって遮られた。
羽毛越しだが、彼女の熱がじんわりと伝ってくるのを感じる。

「あの……っ、この特訓の後、一緒にごはんを食べませんか……!」

微かに震える声。思い切って誘ってくれたんだろう。
赤らんだ顔に、特訓の相手に僕を選んだ理由が何となくわかった気がする。

彼女の想いが嬉しいくせに、どこまでも偏屈な僕は「その的に一太刀入れられたらいいよ」だなんて底意地の悪い返答しか返せない。

「一太刀、入れてみせます……!」

いつになく真剣にそう宣言する彼女に内心舞い上がりそうになるが、気取らせないように「期待してるよ」と小声で返した。
僕の言葉に動揺してしまったらしく、見事に的を外したアイに思わず噴き出してしまった。
自分でしでかしたミスのくせに「このタイミングでそれは反則です」だなんて僕になすりつけるようなことを言うもんだから、「だったらおあずけだね」なんて冗談めかしてしまう。
すっかり手がブレてしまっているアイをからかいながらも、彼女との食事のひとときを浮かべ密かに笑みを浮かべた。

エンドA
「どこまで行っても偏屈者」


 

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