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レディ・ヘデラの噂

微甘/ホラー。リーバル視点。

はじまりの台地での野営にて。夜半、日の番についていた兵士がおもむろに夜語を始める。
それは、かつて時の神殿に仕えていた修道女の怪談だった。

※ホラー注意
※ブレワイに存在しない場所が登場します。
(時のオカリナのダンジョン・ホラー作品などから着想を得ています)
※この話をご覧になった後に身の回りで何かが起こっても夜風は一切の責任を負いません。


 
始まりの台地での任務にて。
時の神殿付近の森で野宿をすることになり、僕とアイ、そして壮年の兵士が火の番にあたった。

口周りやあごに豊かな髭を蓄えたその兵士は、少しくたびれた様子だ。開いているのかわからないほどほっそりとした目から物腰の柔らかそうな印象を受ける。見かけない顔だ。
アイは少し眠そうだ。火にあたった頬がほんのりと色づき、椅子の上で膝を抱えながら火が揺れるのをぼんやりとながめている。
ダルケルやウルボザでもいてくれれば話相手になりえただろうが、アイとは必要以上に話をしたことがない上、この兵士とはおそらく今回の任務が初だ。
話しかけようにも話題がない。それに、この僕が気を遣ってわざわざ話を振るってのも面倒なところだ。

念のため周囲に警戒は払っているが、キャンプを構える際に周辺の敵は一掃したため、今のところ魔物はおろか大型の野生動物の気配すら感じない。
言っちゃ悪いが、正直暇すぎる。これならまだ夜通しゴブリンの相手をしてあげた方が間が持つ。

神獣の繰り手に選ばれたからといって神獣操作の訓練に一点集中できるというわけではなく、難易様々な任務が与えられ意外と多忙ではある。
これまで積み重ねてきた鍛錬の成果を実践で発揮できるいい機会だとは思う。しかし自分にとってためになることばかりというわけでもなく、こうして何もせずじっとしていることもあれば、自分の特性の限界を試されるようなこともままにある。

リトは夜目が利かないため、基本的に夜は早々に眠る。
僕は夜の戦闘にも耐えうるように訓練してはいるが、それでもリトに生まれついた以上本来の性質を完全に変えることはできない。
リトの村の夜を想起させる積雪のハイリア山から吹き下ろす寒風を受けながら、暖色の炎が煌々と揺らぐのを見つめていれば、だんだん心地良くなってくるというものだ。つまりは、眠い。

ガクンと頭が落ちた拍子に意識がはっきりする。
男の笑い声に目を向ければ、壮年の兵士がおかしそうに口を歪めていた。
身も知らない、たかが一般兵に失態を笑われたことに歯がゆさを覚えながら咳ばらいをし、まどろみに引きずり込もうとした炎をにらみつける。

「……眠気覚ましに一つ小話でもしてやろうか?」

壮年の兵士がぽつりと言った。
もったいぶった言い方が少し癇に障るが、互いにずっと無言のままよりは幾分かマシだろう。

「ちょうど退屈してたところだし、楽しませてくれるってんなら、ぜひお聞かせ願おうか」

「いやいや、そんな大した話じゃないさ。しかし、暇つぶしくらいにはなるだろう。まあ、聞いておくれ」

そう言って男はおもむろに語り始めた。

今から三十年ほど前のこと。
時の神殿に仕えるハイリア人の修道女がいた。名をヘデラと言ったそうだ。
ヘデラには密かに恋仲にあった人物がいた。しかしその恋人はハイラル王国に仕える兵士。奉公の身同士なかなか会うことは難しかったという。
ある日、信じがたい話がヘデラの耳に届いた。自分の恋人が妻子持ちであるという事実だ。
恋人の想いが自分だけに向けられていたものではないことへの失望と、不倫という大罪を犯した罪悪感に苛まれ、ヘデラは自殺した。
その場所が、時の神殿横の池だという。

「ふん……くだらないね」

やけに神妙な顔で語るからどんな話かと思えば。ありふれた事件ではないか。
しかし、男の話はそこでは終わらなかった。

「実はこの話には続きがあってね……。この話を聞いた者は、あることをしないとヘデラが迎えに来るんだ」

まさかそこで怪談話にすり替えられるとは思わず、首の裏が少しざわっとした。

「……ふうん、あることって?」

男は辺りを見回し、手近なハイラル草を一輪手折った。
花弁を鼻先に近づけにおいをかぐと、それをこちらに示しながらこう言った。

「時の神殿横の池のほとりに空洞があるだろう。あそこから、神殿の地下に通じているんだ。
その最奥にある祭壇に、ハイラル草を一輪捧げなければならない」

「あんなところから入るのかい?僕らリトが使うんならわからなくもないけど。わざわざ下りにくいようなところに入り口を作るなんて、ハイリア人の成すことは理解しがたいよ」

「君の言うことはもっともだがね。わざわざあそこに地下を作らなければならなかったわけがあるんだ。行ってみれば自ずとわかるだろうよ」

「はいはい。それで、地下に行ってハイラル草を捧げればオーケーってわけ?」

「いや……ルールがある。
まず一つ目は、先ほど伝えた祭壇にハイラル草を捧げるというものだ。捧げる際、”約束は果たした”と三回唱えなければならない。
二、肩を叩かれても振り向いてはいけない。三、地下にいるあいだ、誰の質問にも答えてはいけない。
この三つの約束を、必ず守らなければいけない。一つでも破ってしまったが最後、ヘデラに連れて行かれてしまうよ」

ふたたび沈黙が降りる。男の話はそれで終わりらしい。
火の子が弾ける音に耳を傾けながら何か感想を、と考えてはみたが何も浮かばず、代わりに大きなあくびが出た。

「少しは目が冴えるのではと思ったんだがね。お気に召さなかったかな?」

「そんな子供だましで目が覚めるんなら、あくびが止まるはずだよ……」

苦笑を浮かべながら後頭部を掻く男に、両手をかかげながらため息を漏らした。

そこでふとアイが先ほどからやけに静かなのに気づいた。眠っているのだろうか。ちら、とアイを横目に見た僕は、ぎょっとした。
彼女はガタガタと歯を鳴らしている。火の熱で赤みがさしていた頬はすっかり青ざめ、火にあたっているというのに、まるで雪のなかにでもいるかのように身震いまでしている。

「おいおい、まさか怖かった、なんて言うんじゃないだろうね?」

「だ、だって!その池ってすぐそこの、ですよね?
そのヘデラって方が実在して、しかもあそこで本当に自殺してるんなら、めちゃくちゃ怖いじゃないですか……!」

本気で怖がるアイに思わず顔がにやける。

「こんなの怖がらせるためのフェイクだよ。ホラ話に決まってるじゃないか。……なあ?」

しかし、男の顔は至って真面目だった。真顔で見つめられ、呼吸が止まる。

「残念ながら、私が話したことはすべて実話だよ。信じるも信じないも自由だがね。
でも、取り返しのつかないことになってから後悔しても遅い、ということだけは覚えておくといい」

「あんた性格悪いって言われるだろ」

リーバル、とアイがたしなめるような声で僕を止めようとしたが、引き下がらなかった。あまりにタチが悪すぎる。
男の言葉はどう考えても僕のなかで”胡乱うろん“という言葉がぴったり当てはまる。
根拠も示さないうちからさも本当であるかのように語られても信じられるわけがない。

「そこまでして無理矢理にでも僕を怖がらせようとしてるのかい?
まあ、少しは楽しませてもらったけどさ。残念ながら君の話は可もなく不可もなくだった。
ただ一つ言わせてもらうけど、その手の話をしといてネタばらしもなしに後味を濁したままだなんて、ちょっと大人げないんじゃないの?物事には限度ってもんがあるだろ」

「だまされたと思って行ってみればいい。私の話が嘘か本当か必ずわかるさ。
もし何も起こらなければ、いくらでもののしってくれて構わない」

怒りを抑えつつ諫めるも男は折れず、諦めたのは結局僕のほうだった。

まあ、どうせこのままここにいてもぼうっとするしかやることがないのだ。
余興だとでも思って、口車に乗ってやることにした。

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自分が火の番をしておくからという男に当然だと言い残し、アイを連れて例の池までやってくる羽目になった。
彼から手渡されたハイラル草を手に、盛大なため息をつく。
できれば一人で来たかったが、アイはすっかり彼の話を信じ込んでおり、どうしても一緒に行きたいと言われ仕方なく同行を許した。
まったく、あんな話を聞かされたばかりにこんな面倒なことになるなんて。こんなことなら興味本位で聞くんじゃなかった。

アイを背に乗せると、僕の肩を掴むその手が小刻みに震えていた。よほど怖いのだろう。
彼女の手から恐怖心が微かに僕にも伝ってくるようで、羽毛の表面が毛羽立つのを悟られぬよう、大きく翼をはためかせた。

空洞に降り立つとアイを下ろし、持参した松明に火をつけた。
降りてみるまで気づかなかったが、思ったよりも奥まで続いている。
松明の灯りはわずかな範囲しか照らしてはくれない。

アイが突然僕の腕を掴んできて驚いたが、その手をやんわり引き放し手をつなぎ直した。
こんなこと普段ならさすがに照れくさすぎるが、今はほかの奴らの目はない。
それに、いくら暇つぶしとはいえ、人気のない場所なら魔物がいないとも限らない。いざというとき即座に脱出できるようにしておかないと。

「暗いですね……高台から見たときは、ここがこんなに奥まっているなんて気づきませんでした」

「ああ、僕もだ。ここから先は、何が起こるかわからない。はぐれないようにしっかり手を握っておくんだ」

わかりました、と引きつった笑みを浮かべるアイに思わずくすりと笑みを浮かべたとき。
足の裏に、冷たく固い感触が触れた。

「鉄のふた、ですかね……?」

「ああ」

ノブは見当たらない。
松明をかざしてよく観察し、蓋の隅に鎖が括りつけられているのを見つける。

男の話では少なくとも30年以上前からあったであろう扉は、奥まったところにあるとはいえ砂埃にあまりまみれず錆も目立たない。
時の流れを感じさせないその異様さが、この先に待ち受けているものへの想像を掻き立てる。

固唾を飲む。覚悟を決め、アイにハイラル草を持たせる。鎖を掴み思いきり引き上げると、重い割に蓋は難なく開いた。
地下へと続く石の階段が現れた。歯列のように並ぶそれは、松明の灯りが届かないところまで長く続いている。

なかは、この空洞よりもさらに闇が濃い。
灯り一つ感じさせないほど暗いということは、現在は使われていないのだろう。

鉤爪や首筋を生ぬるい風が掠める。大きく口を開けた怪物のようなそれが微かに風を吸い込んで、まるで呼吸をしているようだ。
その得体の知れない怪物の体内にこれから足を踏み入れようというのだから、我ながらどうかしている。

ぼう……という風鳴りの音が反響してうねり、人のうめき声を思い起こさせる。反吐が出そうだ。

ちら、と横目に見やったアイは、案の定顔をこわばらせていた。

「……引き返すなら今だよ」

アイはごくりと息を飲むと、しばらくして首を左右に振った。

「……行きます」

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入り口の狭さからなかは窮屈ではと予想していたが、思っていたよりは広い。
壁に点々と設えられた松明に明かりを分けながら、少しずつ歩を進める。
わざわざ自分の弱点を突くような、こんな暗くて狭いところに来る物好きなんて、同胞のなかじゃ僕くらいのもんだろうな。

先に進むにつれ、僕の手を握るアイの手に力が込められていくのが伝わってくる。
リトよりも小さなそれが僕の指を握るのがいじらしくて、少しだけ、照れくさい。

割と清潔が保たれたままの入り口に対し、奥は雨漏りによってできた水たまりや蜘蛛の巣が至るところに点在している。
床には何によってできたかわからない赤黒いしみが砂にまみれてこびりついている。
先に進んでいくほどにこの場所の実態が露見していくようだ。

そのとき、アイがひっ!と短く悲鳴を上げ立ち止まった。
視線の先に松明をかざした僕は、思わずあっと声を漏らした。

両の壁に規則正しく彫られたくぼみ。その一つひとつに埋め込まれた、首、首、首。
人間の頭蓋骨がまるで装飾かのごとく並べて置かれ、そのすべてが向かい合うようにして、真向かいの顔同士がただひたすらに見つめ合っている。

「……見せしめか。先人の考えることは理解の範疇はんちゅうを超えるね」

そうつぶやいたとき、肩を叩かれ、びくりと身を震わせた。
今まで気づかなかったが、僕らのすぐ後ろに、何かの気配を感じる。

“肩を叩かれても、振り向いてはいけない”

男の言葉を思い出し、気づかぬふりをしてアイの手を握り直した。

「……行こう」

アイ髑髏しゃれこうべに目を向けないようにしながら僕の言葉に従った。
後ろの気配は、足音もないのにぴったりと寄り添うようについてくるのが気配でわかる。悪寒が止まらない。

道は一度も屈折しないまま、最奥に辿り着いた。

最深部は通路よりやや広く、部屋の真ん中に石の台座がある以外何も見当たらない殺風景なものだ。
石には、荒々しく削り取ったような文字でこう刻まれている。

永久とこしえの愛を捧げよ”

「ここに、ハイラル草を捧げればいいんですよね……?」

「ああ。おそらくそうだろう」

片翼でアイを促すと、彼女はおずおずとハイラル草を台座に置いた。

「それで……”約束は果たした”だっけ?三回も言わなきゃいけないのか……」

せーの、と合図をすると、アイは僕の声に合わせて唱え始めた。

“約束は果たした”

“約束は果たした”

“約束は果たした”

唱え終えた瞬間、背後に感じていた気配が消えた気がした。ふっと体が軽くなる。
視界の端を捉えるように慎重に視線をずらす。誰も、いない……。

「やるべきことはやったし、そろそろ戻ろうか……」

アイを振り見た僕は、驚きのあまり仰け反った。

苔にまみれた黒衣。

頭から泥水でもかぶったようなもつれ髪。

淡い青と藍の斑状に変色した皮膚は水を含んで膨れ上がり、目は人食い魚に食べ尽くされたように腐り落ちている。
がらんどうの目の奥の深淵が、ぬめりを帯びた手が、僕の手足を地面に縛りつけ、この場から飛び立つのを許そうとしない。

もはや原形を失った口唇が、粘性をまといながらがばりと開かれる。

何か言いたげにうごめくそれをじっと見つめているうちに意識が途切れた。

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ガクン!と頭が落ちそうになり、反射的に体勢を整える。

一瞬にして意識が浮上し、状況を確認すべくあたりを見回す。

パチパチ……と静かに火の粉を散らす焚き火。
新しく薪がくべられたばかりのようで、火の勢いが少し増している。

「大丈夫ですか……?」

気づかわしげな声に振り返れば、アイがブランケットを僕にかけようと広げているところだった。

「ああそれ、僕には不要だよ。君が使いな」

やんわり断ると、彼女はうっすらと笑みを浮かべ、自分の肩にブランケットをかけ、元の位置に座り直した。

どうやら、夢を見ていたようだ。いつの間に眠ったのか。
嫌でも情景が浮かぶほどに鮮明な夢だった。
……あんな話を聞かされたせいで。

そういえば、と、先ほどの兵士の姿が見当たらないことに気づく。

「さっきの奴はどうしたんだ?姿が見当たらないようだけど」

「え?」

湯気の立つカップに口を付けようとしていたアイは、不思議そうに顔を上げた。

「あの兵士だよ。髭面の。さっき怪談話をしてた奴」

すると、アイはさっと顔色を変え、きょろきょろと落ち着きなくあたりを見回し、慌てふためいた。

「ちょっと、怖いこと言わないでくださいよ!今日の火の番は私とリーバルだけじゃないですか」

さては私がホラー苦手なのを誰かから聞いたんですね?と訝しむアイに、だんだん背筋が冷えていく。

……いや、深く考えるのはよそう。全部夢だった。そう思った方がしっくりくる。

寝覚めは悪いが、おかげで目はすっかり冴えた。空はまだ暗いが朝まで持ち堪えられるだろう。

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なあ、知ってるか?

レディ・ヘデラのウワサ。

あの入水じゅすい自殺したっていう修道女?

ああ。あのウワサには続きがあってだな。

この話を耳にしたっていう兵士が、数年前ヘデラと同じ場所で自殺したらしいぞ。

何でも死ぬ間際に

あのとき返事をしていなければ……

って呪文のように何度も繰り返していたらしい。

まあ、でも所詮はただのウワサだろ?

それはどうだろう。

けど、その地下とやらはちょっと気になるな。

度胸試しに行ってみるか。

一、祭壇にハイラル草を捧げ”約束は果たした”と三回唱えなければならない。

二、肩を叩かれても振り向いてはいけない。

三、地下にいるあいだ、誰の質問にも答えてはいけない。

この三つの約束を、必ず守らなければいけない。

終わり

ヘデラ…蔓性の植物。アイビーの別名。
花言葉…「死んでも離さない」

(2021.7.1)


 
【クレジット】

海拉爾奇妙譚はいらるきみょうたん

発案:夜風
企画ページ・題名・ロゴ:さえ様

企画内容

あとがき&解説


 

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