甘。夢主→リーバル視点。
リーバルへの想いを日々募らせる夢主。
その想いは、宛てのない手紙にしたためては机の引き出しに溜め込むことでひた隠しにしてきた。
しかし、あるときしまい込んだはずの手紙がなくなっていることに気づく。
世界で一番青空が似合うあなたへ
歌を聴いていても 本を読んでいても
一小節ごとに 一文ごとに あなたが浮かんでは
逢えないもどかしさに 今日も深いため息ばかりがこぼれます
きちんと呼吸しているはずなのに だんだん息が苦しくなって
このままじゃだめだと 窓を開ければ 風の香りにまであなたを感じてしまう
空を見上げるけれど そこにあなたはいなくて
雲一つない すがすがしい青を 見上げるたび
切ない気持ちばかりがこみあげます
どうか夢のなかだけでもと 希うけれど
ひねくれ者のあなたは 夢にさえも出てきてはくれませんね
今日こそは 今日こそは
あと何度唱えたら 伝えることができるのでしょう
ただただ この想いを あなたに知ってほしいだけなのに
もし それが叶うのならば
たとえ 受け止めてもらえなくたって……構わない
どうか 私の想いが
この手紙とともに あなたに届きますように
アイより
ない。机にしまっていたはずの、手紙が。
いや、あれは手紙というよりももはや手記に近いものだった。
彼への想いが膨らみすぎて耐え切れなくなったときに綴る、ただの独白。
焦燥に胸をかき乱されながら、机に突っ伏して考える。そして、あのときか、と思い至る。
先日ゼルダが私の私室を訪れた際、慌てて机の中にしまったのを見られていたのだろう。
あのあと二言、三言話をし、すぐに仕事で呼ばれてゼルダを残したまま部屋を後にした。
おそらくそのときに手紙を持って行ったに違いない。
厄災との戦いで一国の姫と従者の間柄を超え友情のようなものが芽生えており、彼女のいたずら好きな側面も知っている。
けれど、ここまで大胆なことをする人だとは思ってなかった。
彼女は一体何を考えているのだろう。
あの手紙の行方を考えているうちに、嫌な予感が募ってきて、耐え切れずバルコニーに続く大窓を開けた。
動悸と息切れで気がおかしくなりそうだ。
いつか届けば。そう考えない日はなかった。
けど、その日が来るということは、この想いに終止符を打たなければならないかもしれないということでもある。
ならば、引き出しの中にしまい込んで、私だけの永遠の希望にしてしまえばいい。
そうするということは、自分自身の手でわずかな希望を摘み取っているのと同じだとはわかっている。
だけど、結果がどうあれ、なんて、空恐ろしい。
それよりも、微かな望みをよすがに生きていけたら……私はそれでいいのだ。そう、思っているはずなのに。
コンコン。控え目なノックの音に、はい、と応じ扉を開けると、侍女が一通の封筒を携えて現れた。
「アイ様に郵便です」
結局、届いた手紙は読まずに引き出しの中にしまってしまった。
そこに書かれてあることが気にならないわけがない。
だけど、それを知ってしまったら、その先は?それを考えると、怖くて仕方がない。
今は、”アイへ”と彼の字で書かれた宛名を脳裏に浮かべ、静かに喜びを噛みしめられればそれでいい。
だって、あの面倒くさがり屋な彼が、私のために貴重な時間を割いてまで返事を書いてくれたのだ。
内容はどうあれ、この手紙のために筆を握ったときは、私のことを浮かべ、悩んだに違いない。
こうして返信をくれたというだけでもありがたいと思わなければ。
ごう、と風を切る音がして、開いたままの大窓がガタガタと揺れる。
風が強くなってきたな、と窓辺に向かう。
目下の地面に大きな影が差したと思うと、目の前に、恋焦がれた人が舞い降りた。
「リーバル、様……!?どうして、ここに……」
リーバルはその言葉に顔をしかめると、首を振りながら盛大にため息をついた。
「その口ぶりじゃ、手紙はまだ読んでないんだね?まったく、返信を書くのに僕がどれだけ苦心したと……」
そこまで言って口をつぐむと、決まり悪そうに舌打ちをし、窓辺に寄りかかり腕組みをした。
「とにかく、まずは手紙を読みなよ。話はそれからだ」
そう言ったきりリーバルは目を閉じてしまった。
そろり、と机の引き出しに手をかける。
本人に目の前でそこまで言われたのでは、従うしか、ない。
震える手でペン立てからレターオープナーを取り、封を切る。
慎重に便箋を取り出しながら、裏に透ける文字にさえ心音が速くなる。
開きかけた手を一度止め、目を閉じ、深く呼吸をする。
決意を固めてぱらりと開くと、美しい文字が一面に広がった。
手紙のなかのリーバルは、やっぱりいつもどおりだった。
私が思い描いたとおりの、恋焦がれた彼。
乱暴な物言いなのに、どこか心遣いが感じられて。
一文ごとに、私の凝り固まった殻をぽろぽろとほぐしていく。
目からあふれたものが紙を濡らす前に、便箋をぎゅっと抱きしめた。
その先なんて、ないとばかり思っていた。
受け止めてほしいだなんて、願うことさえおこがましいと。
彼はそんな私を身勝手だと叱ってくれた。
嬉しくて、でも心はやっぱり切なくて。
だけど……。
「いくら紙に想いをしたためたところで、結局引き出しにしまうんじゃ、僕らの関係はいつまで経っても前文で筆を止めたままと同じだ。だから来た」
背中に、腕に、肩に、温もりを感じる。
「答えは、もちろんイエス、だよね?」
きつく抱きしめられ、激しく脈を打つ鼓動が背中に伝わってくる。
私の鼓動も、彼の腕にとっくに伝わってるんだろう。
はい、喉の奥からようやく絞り出した声は、思った以上に小さくて。
それでも彼にはちゃんと届いたらしく、くすりと笑われた。
ようやく触れることができた彼の腕は、柔らかくて、しなやかで、少しだけ硬い。
もう、息は苦しくない。
アイへ
これを読む前に一つ忠告しておく、この手紙を僕から貰ったことは他言無用。絶対に誰にも話さないこと。いいかい?絶対だ。
まず、手紙どうもありがとう。
君にしてはまあ上出来なんじゃないかな。
こういったものはよく貰うけれど、君から貰ったこの手紙が一番嬉しいよ、ありがとう。
風の香りで僕を感じるだなんて君、相当僕に惚れてるよね。君の間抜け顔が目に浮かぶよ。
君がどういう想いなのか知った事じゃないけどさ、ハッキリ書かずに「受け止めてくれなくても構わない」だなんて、少し身勝手すぎやしないかい?
例えば、君と僕が恋仲になったとして、時に英傑の伴侶である君のことを妬む奴も出てくるだろう。そのときに君が怖気づかないか、が気がかりだ。でもさ、分かってるだろうけど、この僕が君に惚れているんだからさ、そんなくだらないこと跳ね除けて僕と一緒に付いてきてくれるだろ?
追伸、手紙じゃだめだね、今すぐ会いたい リーバル.
おわり
(2021.6.5)
【クレジット】
ラヴ・レターを君に。
発案・企画・題名
リーバルの手紙:さえ様
ストーリー:夜風
※企画内容