微甘。夢主視点。
ある野宿の晩、話し声に目を覚ました夢主は、リーバルとダルケルの会話を耳にしてショックを受ける。
後日、食を控える夢主に周囲が心配するなか、彼女の体調を気にしながらも素直になれないリーバルは、いつもの調子で無神経な言葉をかけてしまう。
「はあ……」
鍋のスープをかき混ぜながら思わず盛大なため息をついた私に、桶のなかのお皿を洗っていたリンクがめずらしく驚いたように小さく声を上げた。
「……何かあった?」
無表情の奥に秘められた感情はくっきりと見えはしないが、きっと少なからず本気で心配してくれているであろうことは彼の言葉から伝わってくる。
彼のことはその実力と同等くらいには信頼しているつもりだが、それでもさすがに悩みの根源についてまでさらけ出す勇気はなく、遠回しに伝えることにした。
「やっぱり、スレンダーなほうが魅力的…なのかな」
……ちょっと極端すぎただろうか。
しかもどこぞの誰かさんみたいにやけに含みのある言い方をしてしまった気がする。
ほかにもっとマシな言い方がなかっただろうかと悶々とし始めた私に、リンクは手を止めうーんと宙をあおいだ。
「人によるんじゃないかな」
「まあ、そうだよね……」
当たり障りのない回答。
ハイラル一の騎士と称えられる彼の言葉ならば、何かしらいい解決策が得られるのではなどと少なからず期待してしまっていた自分の浅はかさにまたため息が漏れる。
彼の言い分はもっともだが、期待と不安に揺らぎ、結局悩みの種が芽を出す結果となってしまった。
「やっぱり、ダイエットしたほうがいいのかな……」
リンクには私の言葉の意図がわからないらしく、小首をかしげると、洗い物に集中し始めた。
まあ、ゼルダ様のわかりやすいまでの劣等感にさえなかなか気づけないような人だ。
いくら剣や弓に秀でていても、人の心の機微を汲み取るほどの器量までは持ち合わせていないということか。
考えても答えが見つからず、本日何回目かわからないため息を深く深く吐き出した。
こんなに悩んでしまうようになったのは、彼のたった一言が原因だった。
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「おいおい、スレンダーなほうがいいに決まってるじゃないか!」
突然耳に届いた声に、はっと意識が覚醒した。
焚き火の前で横になっている自分に、野宿をしていることを思い出す。
ぼやける目を周囲に向けると、ゼルダやリンクなどほかのメンバーが眠っているなか、焚き火の向こう側でリーバルとダルケルが向かい合って座り、熱心に話し込んでいるのが見えた。
ダルケルはしーっと人差し指を口元にあててリーバルをなだめている。
リーバルは「君とじゃ好みが違いすぎて話にならないね」と腕組みをしそっぽを向く。
ちょっと待って……。これって、何の話?
耳をそばだてて聴こうにも声が潜められてしまったせいでよく聴き取れず、内容が気になって結局それから朝まで眠ることができなかった。
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「えっ、それだけ?」
パンや焼き魚、スープなどの乗ったプレートを手に私のとなりに座ったミファーは、小さいサラダボールを手にする私を見て目を見開いた。
「うん……なんだか食欲がなくて」
「いつも朝はしっかり食べてたから、びっくりしちゃった。どこか具合でも悪いの?」
「ううん!ちょっと寝不足なだけ……」
ミファーの視線が上に向いていることに気がついた私は、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「あ、リーバルさん!おはよう」
「ああ」
ミファーの声掛けにぶっきらぼうながら少し穏やかなトーンで応じたリーバルは、ちら、と私の手元に目を落とすと「は?」と目を見開き、盛大に噴き出した。
「おいおい、冗談だろ?何だいその手近な雑草を摘んで混ぜ合わせたようなやつは。
食事ならあっちにたんまり用意されてるってのに、まさか気づいてなかったんじゃないだろうね?」
「知ってます!今朝は私が当番だったんですから」
問題の張本人に言われたことがなおさら腹立たしくて、ラディッシュを乱暴に串刺す。
リーバルは不思議そうにこちらを見やりながらも少し距離を置いてとなりに腰を下ろした。
細身の割には朝から結構な量を食べるんだよなこの人……。
リーバルが手にしているプレートに乗る食事の山に嫌でも喉が上下する。
私の不機嫌を察したらしいことは、サラダボウルと私を交互に見やる目の様子から何となくわかった。
それでも相変わらず小ばかにしたような軽口は止まらず、それが私の苛立ちを余計に煽る。
「じゃあ、何だってサラダだけ食べてるんだよ?君にしちゃ小食すぎやしないか?」
魚の切り身をフォークに刺し持ち上げながら飄々と言って退けられ、意に反して声を荒げてしまう。
「う、うるさいです!女性に対してそういうことズバズバ言うの、ちょっとデリカシーないと思いますけど?」
リーバルは息を飲むと、憤慨した様子でこちらに体を向けた。
「あのなあ、僕は君の……」
「もういいです!」
言葉をさえぎり食べかけのボウルを手に立ち上がると、私を心配そうに見上げてオロオロするミファーに「ごめんね」と視線を送り、なおも何か言いたげな声を無視して洗い場に向かう。
リーバルが私の身を案じてああ言ったことくらい、トーンが変わったときからとっくに気づいていた。
けど、その心配が単に仲間として向けられているものかと思うと、あの場にいることが耐え難かった。
残ったサラダをゴミ箱に捨て空になったボウルを桶に張った水につけながら、このあとの任務がよりにもよって彼と二人行動だということを思い出す。
「はあ、何で今日に限ってリーバルと……」
またまた大きなため息が長く漏れ、がっくりと肩を落とした。
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「おい!避けろ!!」
頭上からかけられた声にはっとして振り返る。
ボコブリンがこん棒を振りかざして今にも私に襲い掛かろうとしているところだった。
あわててかわそうとするが、ふらついた拍子に足から力が抜け、ガクッと膝をついてしまう。
まずい。朝ちゃんと食べなかったからだ……。
振り下ろされたこん棒の影が私の頭にかぶったと思った瞬間、額に矢を穿たれたボコブリンはギャッ!!と断末魔の叫びを上げ、赤黒いもやと化して消失した。
ばさりと羽を大きく広げて舞い降りてきたリーバルは、私の目の前まで荒々しく歩み寄ってくると、腕組みをして前かがみに覗き込んできた。
怒りをたぎらせた翡翠が、へろへろで身動きが取れない私に容赦なく突き刺さる。
「そら見ろ!人がせっかく忠告してやったっていうのに、何だいそのザマは?」
「ご、ごめんなさい……」
「僕からすればこの程度の戦闘は軽すぎるくらいだけど、君にとっちゃ一回のミスが命取りになりかねないんだ。
少しくらい緊張感持ったほうがいいんじゃないの?」
「うう、そうですね……」
「だったら、いちいちやせ我慢してないでしっかり精をつけないと」
「はい……」
「まったく、何で僕がこんなことわざわざ教えてあげなきゃいけないんだ」
くどくど説教を垂れだしたリーバルの言葉を反省の意を込めて真摯に受け止めていたが、はた、とこうなってしまった根本的な原因を思い出し、本人を前にしてため息をついてしまう。
「ちょっと、何ため息ついてんのさ。少しは反省しなよ!」
興をそがれたらしく苛立たしげにそっぽを向く彼に、下唇を噛みしめると、思い切って尋ねてみた。
「リーバルは、スレンダーな女性がタイプなのですよね」
私がようやく発した言葉を片目で聴き捉えていた彼は、突拍子もない質問にこちらを二度見して素っ頓狂な声を上げた。
「はあ……?」
「だ、だって!昨日、ダルケルと話してたじゃないですか!
スレンダーなほうがいいとか、君とじゃ好みが違いすぎるとか、何とか……」
あごに手を添えて記憶を巡らせていたリーバルは、ややあって、ああ……と目を瞬かせると、ふっと呆れたような笑みをこぼした。
「何だ、あのとき起きてたのか。
……言っとくけど君の勘違いだよ。あのときダルケルと話してたのは槍の刀身のことさ。
彼は打撃性能もあったほうがいいから太身のほうがいいなんて言ってたけど、リトは敏捷性が命だからね。
細身のほうがいいに決まってるって言ってやったんだよ」
そういうことだったのか……!
とんだ勘違いをしてしまっていた自分が恥ずかしすぎて、今すぐに穴を掘って地中に埋まってしまいたい気分に駆られる。
そんな私に追い打ちをかけるようにリーバルはニヤリとほくそ笑む。
「君は一体どんな勘違いをしたんだろうねえ?」
バクバクと打つ心臓を押さえながらさっと顔を反らした私を逃すまいと、膝をついたリーバルは視線を合わせるように顔をのぞき込んでくる。この人、絶対わかってて言ってる……!
「さっきの質問だけど……僕がスレンダーな女性がタイプかどうか、だっけ?」
「そんなこと言ってません!聞き間違いじゃないですか」
「おいおい、何を言い出すかと思えば……リトの聴覚は君たち人間より優れてるってことくらい知ってるよね?」
「き、聞きたくないです……!」
咄嗟に嘘をついたが彼には通用せず、最後のあがきでふさごうとした耳は、彼が私の手首を掴んだことによって無駄に終わる。
恥ずかしさと悔しさで目尻に涙がたまってきたとき、リーバルはこんなことを言った。
「スレンダーでもグラマーでも何だっていいよ。
まあ、強いて言えば、僕は今のままの君が……」
……え?今、何て……?
弾かれたように顔を上げると、リーバルは決まりの悪そうな顔をして顔を反らしていた。
その頬が少し赤らんでいるのに気づいて、心臓がバクバクと早鐘を打ち始める。
その言葉の続きが気になって期待に胸を膨らませる私とは裏腹に、リーバルは私から手を放すと、すくっと立ち上がり、踵を返してしまった。
「まあ、そういうことだから」
彼にしてははっきりしない口ぶりでそう言い残すと、足早に去って行こうとする。
「ちょっと待って……ねえ、どういうことですか!?」
「今後はちゃんと健康的な食事をとるって約束してくれるんならいつか僕の気が向いたときに教えてあげるかどうか考えてあげなくもないよ」
「よくそんな長々と流暢に言えますね……じゃなくて!」
リーバルは言いかけた言葉の続きをどうしても教えてはくれなかったが、それでも私の心はすっかり日が昇ったこの空のように晴れ渡っていた。
ああ、安心したらお腹が空いてきた。今日の昼食は何だろう。
終わり
(2021.5.2)