拍手ログ

昼下がりのお茶会

微甘。夢主視点。
城のガゼボにて女子水入らずでお茶会を楽しむ一行。
話題は当然のように恋話へ。


 
姫様の計らいで、ミファーとウルボザを誘い女四人だけでお茶会をしようということになった。
元は姫様のお気に入りの場所だが、今ではすっかり英傑たちの憩いの場となってしまっているガゼボに簡素なテーブルと椅子を並べ、ありあわせのお菓子とお茶が用意されたテーブルを囲んで座る。

「たまには女水入らずでゆったり過ごすというのも悪くないねえ」

「ふふ、そうですね」

すらりと長い足をテーブルの外に投げ出しているウルボザは、紅茶の甘い香りに目を閉じると、ソーサーを添えながらカップに口をつけた。
舞いを踊るように剣を振るう彼女からはゲルドの長たる風格こそうかがい知ることはできたが、剣がティーカップに変わるだけで気品と艶やかさを兼ね備えた麗人に様変わりするとは。

ふと、ウルボザと視線が絡む。所作があまりに美しいので、思わず見とれてしまっていた。
笑みで応えると、カップに立った湯気をふうと飛ばして誤魔化した。

すっかりウルボザに注視していたが、はた、とほかの二人を見やる。

「わあ、このスコーンおいしい!」

「ミファー、それはスコーンではなくマカロンというのです。
スコーンよりも食感が軽やかでしょう?」

マカロンを両手で持ち、小さな口で咀嚼そしゃくするミファー。
ミファーのあどけなさにふふ、と微笑みながら、ジンジャークッキーをかじる姫様。

……目の保養だ。
絶世の美女三人に囲まれお茶をする私って、かなりラッキーなのではないだろうか。

いや、王族のお茶会にたった一人だけ民間人が混ざっているというこの状況。
ラッキーというよりは、もはやおこがましいのでは……。

いやいや、確かに城下で暮らしてはいたが、元は別の世界で暮らしていたわけで……って、そっちでも庶民だったわ。

自分の置かれた状況を認識し、緊張のあまり自虐の渦に飲まれかけていた私に、救いの手どころか、新たな衝撃が与えられる。

「そういや、あんた、想い人はいるのかい?」

ウルボザの何気ない疑問に、姫様とミファーの顔が瞬時にこちらに向く。
美人三人から視線を一斉に向けられ、動揺のあまり視線をうろうろさせながらも辛うじて応える。

「ウルボザ……あなたは指を鳴らさずとも雷を落とせたのですね」

「まあ、お上手ね。それで、どうなのですか?」

姫様は私の言葉を冗談と捉えたらしく笑ったが、流してくれる気はないらしい。

「ええ……言わなきゃだめですか?」

「無理にとは言わないけど、ヴァーイ同士の秘密って何だかワクワクするじゃないか」

ウルボザが茶目っ気たっぷりにそう言うと、姫様とミファーは顔を見合わせてはにかみながらも頷く。

「うう……その……」

私が言い淀んでいると、姫様がテーブル越しにぐっと顔を寄せ、手を口に添えながら声を潜めてこう言った。

「もしかして……リンクですか?」

「えっ!まさか、違いますよ」

ミファーは目を見開いて姫様を見たあと、胸に手をあてながら不安げに私を横目で見てきたので、咄嗟に首を左右に振る。
彼女の顔に安堵が浮かび、私も小さくため息をついた。

「ダルケルかい?」

「いやいや、ダルケルさんとは確かに懇意にしてますけど、父親代わりのようなものですよ」

思わず即答してしまったが、失礼だったかもしれない。

「じゃあ……ロベリーさん?」

「えっ、そっち?うーん……確かに声は渋くて素敵だけど、キャラがねえ……」

ほかに誰がいたっけ?と三人はひそひそと話し合いを始めてしまった。
ここまで来てまだ彼の名前が挙がっていないことにほっとする。

予想外の名前が登場したおかげで、三人の脳内は今混乱しているはずだ。
このままどんどん路線から逸れていってくれれば、うまくかわせるかもしれないなどと安易に考えていた私は、彼女らが急転換して挙げた名前に、危うく心臓が咀嚼していたマドレーヌとともに飛び出すかと思った。

「まさかとは思いますが……リーバル、なのですか?」

姫様の雷はウルボザの放つそれよりも威力が強く。
激しくむせてしまった私にミファーが急いでつぎ足してくれた紅茶を一気にあおる。

「……本当に彼なのですか?」

「どこか具合でも悪いんじゃないだろうね?」

遠慮がない二人に反し、控え目なミファーは余計なことは何も言わず、おろおろとしている。けれど、少し怪訝そうな顔で私を見つめてくる。
……ある種一番手厳しい反応ではなかろうか。

言葉に出すことはさすがにはばかられたため、精いっぱいの勇気を振り絞って、こくん、と頷いた。
すると、三人は「ええっ」と驚いたように声を上げたあと、苦笑いを浮かべながら思いおもいに口を開いた。

「信じられませんね……」

「正気かい?あんた、いつもあいつにからかわれてるじゃないか」

「何だか意外……。
それで、リーバルさんのどこが好きなの?」

あごに手を添えて虚空を見つめるミファーの問いかけに、私は腕組みをして考える。

私は、どうして彼のことが気になっているのだろう。
ウルボザの言う通り、思い返せば、日頃からからかわれている……というよりももはや罵倒に近い言葉を浴びせられている気がするが。

彼から優しくされたこともなければ、談笑したことがあるわけでもないし、思わせぶりな言動をされたことだって一度もない。
脈は恐らくなく、完全に私の一方的な片想いだ。

それでも好きだと思うのは……

「……颯爽と、してるからでしょうか」

ふと、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。

「彼の言動は、皆さんが思うとおり確かに辛辣かもしれません。
けど、あれは彼の自信からくるものだと思うし、それに、何か小ざっぱりしてて、そんなに深い意味はないとも取れるというか……」

「いろいろ言われ過ぎて麻痺しているだけじゃ……」

心配そうに上目遣いを向けてくる姫様にウルボザも「御ひい様の言うとおりさ」と言わんばかりにうんうんと頷いている。

けれど、私は二人の言葉にふるふると首を振った。
言葉にしてみなければ気づけなかったが、みんなが気づいていないだけで、彼にもいいところがあるのだ。

「……いいえ。
確かに、歯に衣着せぬ言葉に落ち込むこともありますが、彼の発言はいつも的確なんです。弓の腕と同じく的を外しません。
自分でもなんでこんな気持ちになるのかはじめはわからなかったんですが……真意を探っているうちに、隠れた本質に気づいてしまったんです」

自分で言っておいて、何だか悟りを開いた僧侶のようだと笑いが込み上げてくる。
三人はそれでも解せなかったようで、各々うーんと考え込んでいる。

「ずいぶん回る口だねえ」

軽やかな声が頭上から聞こえたかと思うと、つむじ風とともにうわさの元ーーリーバルが舞い降りてきた。
まさか本人が現れるとは思ってもみず、ぴしゃりと固まってしまった。

「リーバル!あなたどこから現れたのですか」

「この屋根の上だよ。
せっかくいい天気だから昼寝してたんだけど、何やら下が騒がしいから様子を見に来てみれば……」

私の背後で後ろ手を組んでたたずんでいたリーバルが、腰をかがめて私の肩越しに覗き込んできたことにより、どっと緊張が押し寄せる。

「それ、食べないんなら僕がもらってあげるよ」

彼は、私が手に持ったままだった食べかけのマドレーヌを指でつまみ取ると、ぱかっと開けた口に放り込み、眉根を寄せながら咀嚼しはじめた。

「ふん……甘いな」

マドレーヌの欠片がついた指をぺろりとなめながら私を横目に見る彼に、心臓がとくんと跳ねる。
彼は片手をすっと挙げて踵を返すと、肩越しにこちらを振り返りながら、

「邪魔したね。それじゃ」

そう言い残して、城の上空へと飛び立っていった。

突風が吹き去った後のような静けさのなか、ウルボザがヒュウ、と口笛を吹く。

「”ずいぶん回る口だねえ”だとさ。
いつから聞いていたんだか」

姫様は、こほんと咳ばらいをすると、呆れたような顔で私に再度問いかけてきた。

「……改めてうかがいますが、彼のどこがいいのですか」

三人に食い入るように見つめられるなか、私は彼が去って行った空を見上げ、微笑む。

「……ああいうところです」

終わり

(2021.3.19)

次のページ
前のページ


 

「読み切り」に戻るzzzに戻るtopに戻る