天翔ける:バイト編

7. 折衝

ヘブラ山から帰還するころにはすっかり陽が暮れかけていた。あたりが夕焼けに染まるなか、リトの村では盛大に祝杯があげられた。
ハイラル王国ではすでに復興が進んでいるなか、ガノン討伐以降も厄災の余波を受けていた彼らにとっては、やっと迎えた平穏。
幸いなのは、災害が長く続いていたにもかかわらず家屋が無事なことだ。暴風によってものが散乱したり、屋根や柱が削られたりと被害がないわけではないが、ガーディアンや魔物に手ひどく荒らされたハイラル王国に比べ村の損壊はひどくない。
厄災復活前、リトの村に魔物の軍勢が押し寄せたとき、リーバルたち戦士が村への侵入を押しとどめたおかげだろう。

はじめこそヘブラ山の魔物討伐を讃えリンクがちやほやされていたが、話題はやはり大厄災の功績に向かい、リーバルはもちろん姫様や私まで褒めそやされはじめた。
リーバルは当然だと言わんばかりに胸を張っていたが、あまりに持ち上げられすぎたせいか、かえって落ち着かない様子だ。
それもしばらくしてくればみんなの興奮も覚め、注目が私たちから逸れたころ。リーバルは私たちに場所を変えようと耳打ちしてきた。
元々村の大会で賞を総なめにしていたような人だ。元より人気者なはずだし、リーバルとて褒めそやされてまんざらでもなさそうだが、彼の性格上一人を好むこともあり、騒ぎの中心になるのはあまり好きじゃなさそうだ。
騒ぎに乗じてリトの村を出た私たち四人は、ひとまずヘブラ山入山前にお世話になった登山口の山小屋に移動することにした。

山小屋への道中リリトト湖を周回するあいだも、村の騒ぎの声はここまで届く。
いつまた巻き起こるともわからぬ豪風に怯え飛ぶことを自粛していた者も、文字通り羽を伸ばすように爽快に空を飛びまわっている。みんな、本当に楽しそうだ。
久々の飛行で浮かれる気持ちはわからなくもない。けれど、なかにはすでに酔った者もいるようで、湖から突出する奇岩にぶつかったり、飛び交う仲間同士で接触したりしないか心配だ。

「浮かれるのもほどほどにしてほしいな……」

私の胸中を代弁するようにつぶやいたリーバルは、呆れた物言いの割には何だか嬉しそうで、愛おしそうに村を眺める眼差しはとても優しい。

「リトの村の民たちも、これでようやく平穏に暮らせますね」

ゼルダの言葉にリーバルはふっと小さく笑うと、噛みしめるようにまぶたを閉ざした。

「……そうだといいな」

思いがけず素直に返した彼に、つい二度見してしまう。
ゼルダやリンクも同様だったようで、二人とも意外そうに彼を見つめている。

「な、何だよ。急に押し黙ったりして気持ち悪いな。ほら、さっさと行くよ」

ふいっと顔を逸らし早足に先を行くリーバルに、ゼルダと私はひっそりと顔を見合わせて笑った。

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小屋に到着し落ち着いたころ。ゼルダはさっそく本題である”ハイラル城で開催されるパーティー”の件を切り出した。
しかし、依頼の内容を耳にしたリーバルの顔は徐々に険しくなっていき、ゼルダの説明も段々尻すぼみになってゆく。

「嫌だよ、そんな面倒事」

「そこをどうか」

めずらしく食い気味なゼルダに、リーバルは組んだ腕を思わず緩めて仰け反る。

「シーカータワーは後世のためとうに埋没してしまったあと。空間移動の手段が断たれた以上、私たちには徒歩か馬に頼るかの二択しか残されていないのです。
ですが、あなたの飛行技術や戦闘技術をもってすれば、街道を通るより直線的なルートで手早く効率よく各地に向かえるだけでなく、万一のときの敵襲に備えることもできる。あなただけが頼みの綱なのですよ、リーバル」

「それぞれの地方に遣いの者を寄越せば万事解決じゃないの?わざわざ僕に押し付けなくてもさ」

「ハイラル王国は復興の只中。人員を割くわけにはゆかないのです」

「おいおい、たった数人割くだけでも惜しい……なんて言うんじゃないだろうね?」

はっきりとは口にしないものの、沈黙をもって「そうだ」と訴えかける姫様の真剣な眼差しに、リーバルは「そんな目で訴えかければ僕を口説き落とせるとでも思ってんの?」とますます目を吊り上げる。

「村の件で助けてもらったことには礼を言うよ。けど、それとこれとじゃ話が別だ。自国のパーティーなんかのためによその村の代表たるこの僕を長期で引っ張り出してこき使おうって……身勝手にも程があるよ。村だって今はああして盛り上がちゃいるけど、本格的な復興はこれからだし、決して楽になるわけじゃないんだ」

さすがにその通りだ。
彼の言う通り、ハイラル城ほどの罹災状況ではないにせよ、立て直しが必要な大事なときだ。今はタイミングが悪い。
それに、大厄災の際に彼を投入したことを考えると、ヘブラ山の件ではハイラル側が借りを返す番だったと考えられなくもない。

けれど、村の事情を察しつつも、私は心底落ち込んでいた。リーバルとまた一緒に旅ができると、安易に考えていたからだ。
それだけじゃない。私が絡んでいれば彼はなんだかんだ言って引き受けてくれると勝手に思い込んでいた。
村と自分を天秤にかけようなんて、浅はかだとわかっている。割り切らなければと頭ではわかっていても、一度もやもやしはじめた心は鉛のように重くなっていく。

言い分を聞き届け嘆息したゼルダに、リーバルの表情にも安然の色が浮かぶ。
ところが、彼女は想定に反した行動に出た。リーバルの真似をするように、やれやれと頭を抱えるゼルダに笑みが引きつる。嫌な予感しかしない。
すっと顔を上げた彼女の瞳が、ハテノ砦での演説を思い起こさせるほどの輝きに満ちる。

「リーバル、アイ。ハイラルの代表として二人に命じます。直ちに各地に赴き、名士たちに書状を届けなさい。これは、お願いではなく命令です」

彼女の生き生きとした顔に、リーバルはげんなりと息を吐きこぼし、こめかみを押さえた。

「聞き入れられないとなると今度は命令か。それとも……まさかとは思うけど、この僕を脅してるつもりかい?」

苛立たしげに奥歯を噛みしめていたリーバルは、強かに舌打ちをすると、片翼を振りかざした。

「ハイラルを統一した気になってるのか知らないけど、ちょっとおかしいんじゃないの?ハイラル王国とリトの村は協力関係にあっただけで、そちらの傘下に入ったわけじゃない。
厄災討伐の任を解かれた以上、拘束力はとうに切れてるはずだよ。要するに、もう君の命令に従う義理はないってことだ。悪いけど、断固として拒否させてもらう」

少し声を荒げる彼にもゼルダは臆することなく、腕を組むと、考え込むように口元に手を添える。

「なるほど、やはりそうきますか……」

「ゼルダ様……?」

ゼルダはバッグから巻かれた羊皮紙を取り出すと、手早くひもを解いて広げ、リーバルに突き付けた。
怪訝な目でそれを眺めたリーバルの目が、おもむろに見開かれる。

ゼルダの手にする紙には、先に彼女が説明した通りの内容と、それに応じるサインが記されていた。とことん抜かりがない。

「あなたに直接お願いしたところで、どのような切り口でもまともに取り合ってくれないことなど想定の内です。ですので、先ほど村長に直談判し快諾をいただきました。しっかりと任をまっとうするように、とのことです」

「僕の許可なく勝手に話を進めるなんて、さすがに卑怯だよね!?こんなことがまかり通っていいはずが……」

なおも噛みつこうとするリーバルに、ゼルダは早々に打ち切ろうと両の手を打った。

「話は以上です。……何かご質問は?」

「……ない!」

自分の意思が一切通らないことが余程我慢ならないのか、リーバルはひどく腹を立てた様子でベッドに荒々しく腰を落とし、額を押さえた。

「こんな茶番に付き合わされるとはね……。君たちに頼ったばかりにこんな面倒に巻き込まれると知っていたら、歳月がかかったとしても村内でどうにかしていたよ」

彼の言からは村への思いや面子を侵されたことに対する屈辱さえ含まれていても、私を疎む意図は一切含まれていないはずだ。
なのに、どうしてだろう。彼は不都合で依頼を拒んでいるだけなのに、こんなにも心が苦しい。

アイ……」

ゼルダの声に、はっとする。感情が顔に表れていたのだろうか。
探るようにこちらを見つめるリーバルと目が合い狼狽えそうになるが、必死に笑顔を取り繕う。

「ゼルダ様、やっぱり無理強いはできませんよ。リーバルも、今は村のことでいっぱいいっぱいなはずです。こうしてまた会えただけで、私は十分ですから……」

嘘だ。本当は、一緒について来てほしい。けれど、今ここで素直な気持ちを述べれば、きっと泣いて余計に困らせてしまう。

私の言葉を受けてしばし考え込むようにうつむいていたリーバルだが、何を思ったのか、ベッドから立ち上がると、後ろ手を組みゼルダに対峙した。
その目にはまだ収まらぬ怒りを宿したまま、不敵に微笑む。

「……仕方ない、引き受けてあげる。ただし、報酬はたっぷりいただくよ。君の大事な民たちが汗水たらして献納した貴重な血税からね」

(2022.07.28)

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