リーバルとの各地への配布の旅を終えたあと、村の様子を確認したいというリーバルのためにリトの村へと向かった。
フリーズウィズローブの魔法により豪雪に見舞われていたヘブラは、ところにより深い積雪を残しつつもリリトト湖周辺はほとんど雪が残らず、新春のような草木の香りを含んだ柔らかな風が吹き渡っていた。
ハイリア人やゴロン族の大工と商人が物資を手に村を行き交う様子から、どうやら私たちの出発後間もなくハイラル城からの支援の手が伸びているようだ。
村の復興が着々と進んでいる様子を受け、さすがのリーバルも驚きを隠せないようだった。
「あのときは僕も意地になって血税で払え……だなんて勢いで言っちゃったけど。村規模でここまでの報酬を受け取ってるんじゃ、今さら現金支給なんて野暮なことはさすがに言い出せないな」
残念そうに冗談めかしながらも、生き生きと家屋の修復に励む村民たちの姿を見つめるリーバルの目は優しく、どこか嬉しそうに見えた。
あれからもときどき一時的に村へ帰ることはあるが、宣言通り、私を連れ立ってくれる。
それは彼の優しさからなのか、約束した手前意地でそうしているのか。
真意のほどはわからないけれど、面倒事を避けたがるきらいのある彼が、どんなかたちであれ一緒にいられるように一番に考えてくれている。それだけでたまらなく嬉しい。
そうして、月日は穏やかに、緩やかに流れてゆき、厄災との戦いからついに一周年の節目を迎えた。
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祝宴当日。
慶賀すべきこの日を祝うかのように中央ハイラルは晴天に恵まれた。
煌めく陽光が謁見の間を温かに照らすなか、まっさらなクロスのかけられた円卓が等間隔で並ぶホールには、各地の名士や民が集い歓談を楽しんでいる。
リーバルは何だかんだで久々の再会となるダルケルと、城の任を終え到着したばかりのリンクに挟まれ、さっそくお得意の皮肉をぶちまけている。
リーバルは私のお茶会にかこつけては、リンクの非番を狙って城の訓練場でたびたび彼との一騎打ちに精を出しているそうだ。
こう何度もリーバルから勝負を申し込んでいるところからすると、もはや彼らなりのコミュニケーション方法なのではと思えてくる。
もっとも、リンクたちに対しいつも以上に苛烈な言葉を浴びせているところから察するに、本日の結果は芳しくなかったようだが。
「さっきの試合じゃ仕方なく君に勝ちを譲ってあげたけど、この僕だって」
「リーバル、そうカッカするんじゃねえよ。折角の祝いの席が台無しになるじゃねえか」
ダルケルの指摘には一瞥も向けず、リーバルは「ちょっと、聞いてるのかい?」となおもリンクに迫っている。
当のリンクはというと、人差し指を眼前に突き付けられようが気に留めもせず皿一杯に乗った食事を無心に頬張っている。
悪口が止まらないリーバル相手にさすがのダルケルもお手上げなようだ。どうしたものかと困ったように眉尻を下げながら頭を抱えてしまっている。
相も変わらずなみんなの姿が微笑ましくて眺めていたが、ヒートアップしそうな雰囲気に野次馬の視線が集まる。そろそろ止めに入らないとまずそうだ。
呆れつつため息をつき、一歩を踏み出したとき。褐色の肌が肩に優しく乗せられた。
待ちかねた人物の登場に、ほっと胸を撫で下ろす。
「相変わらずだねえ、英傑のヴォーイたち」
ウルボザと一緒に合流したミファーは、心配そうにリンクを見つめながら両手をもじもじと胸で合わせている。
はにかむ彼女の背中をそっと支えていたウルボザは、私に軽く手をひらつかせると、次いでリーバルに咎めるような視線を向けた。
「リーバル、その辺にしといてやんなよ。せっかくのパーティーなんだ、そんな仏頂面でいないで、もっと楽しそうにしたらどうなんだ?」
苦笑混じりのたしなめる声に掴んでいたリンクの胸倉からしぶしぶ手を離したリーバルは、両の手をはたきながら彼女に流し目を送る。
「毎度タイミングを見計らったかのような登場だね、ウルボザ。君の目にはどう映っているか知らないけど、こう見えて僕なりに楽しんでるつもりだよ」
澄まし込んだ所作で片翼を翻したリーバルは、腰に手を当ててため息をつくウルボザの背後から姿を現したプルアとインパに、ぎょっと見開いた目をさ迷わせ、眉間の皺を深めた。
「リーバル殿、ここが玉座の間であることをお忘れではないですか?いくら無礼講とはいえ、このような神聖な場で横暴な言動を取るのは容認できませんよ」
インパにたしなめられさすがに分が悪いと感じたのか、リーバルはおもしろくなさそうに舌打ちをした。
「……興冷めだな。けど、これだけは言わせてもらう。次は絶対に手加減しないからね」
苛立たし気に腕を組み直しリンクにそっぽを向く子どもじみた態度に、みんなの顔には苦笑が浮かぶ。
「あなた方はこのところ頻繁に訓練場で手合わせをするほど仲が良いものとお見受けしておりましたが……」
「ほーんと、仲がいいんだか悪いんだか」
インパとプルアが呆れ果てたようにそう吐き捨てたタイミングで、会場がざわめき始めた。
人々の視線の向かう先を目で追うと、玉座あるひな壇の上にハイラル王とゼルダが登場したところだった。
歓声の上がる場内に二人も笑みを湛えている。
ロイヤルブルーのドレスをまとうゼルダは、劣等感に苛まれていたかつての彼女とは違う、自信と慈愛に満ちた美しい姫の姿だ。
ハイラル王が制するように手を掲げたことにより、城内はややあって静まり返る。
「此度は、この善き日のため各地より遠路はるばるハイラル城に集まってくれたこと、足労をかけた。
晴れやかな歓談に水を差すこととなるが、まずはこれより厄災の陣中に失われた尊き命に、皆で祈りを捧げたい」
ハイラル王とゼルダが両の手を絡め合わせ黙祷を捧げたことにより、会場の人々も皆一様に倣い始めた。
戦場に斃れゆく人々の最期の姿。奪われたのは、城壁や家屋ばかりではないこと思い出す。
こうして無事に平和を祝せる者もいれば、家族や大切な人を失った悲しみを噛みしめながら生きていかなければならない者も少なからずいるのだ。
私たちは平和な今に浮かれず、”もしも”に備えていかなければならない。際限のない深い悲しみを、これ以上生まないために。
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日が傾き始めてもなお会場の賑わいは収まることなく、会場の人々には笑顔が絶えない。
この日のために用意された歌や踊りに大盛り上がりするなか、人々のあいだを抜け、リーバルがふらりと立ち去るのを見つけた。
大方、風にあたりにでも行っているのだろう。厄災との戦いの最中も、人が集まるところでは一人で脇に佇んでいることが多かったような人だ。こういう賑やかな空間は苦手なのかもしれない。
声をかけようと一歩踏み出したところで、こつ、とポケットのなかのものが指先にあたり、ドキッとする。
そうだ……今日はこのあとこれを彼に渡そうと思っていたのだった。
以前リーバルに送ったものーー今日も彼が身にまとっている赤いスカーフーーを買った店で見つけた、彼の瞳と同じ翡翠のブローチ。
あれだけ俊敏に飛んでもスカーフが乱れているのを見たことがないので、スカーフ留めとしては不要かもしれないが、いつも身だしなみに気を配っている彼のことだ。髪留めとも合うと知れば、新たなワンポイントに喜んでくれるかもしれない。
見つけたときはそんなことを思いながら迷わず手に取ったというのに、いざ渡すとなると何だか気恥ずかしくて、タイミングを計っているうちに日ばかり経ってしまっていた。
スカーフを送ったときは自然と渡すことができたのに。しばらく会わないうちに関係がリセットされてしまった気分だ。まるで、記憶がなかったときのよう。
けど、このタイミングを逃せば、このあともまたズルズルと言い訳を重ねて渡せなくなってしまいそうだ。
ポケットから小さな木箱を取り出し、両の手に握りしめる。
「……よし」
心を決め、濃い赤がはためくのを見逃さないうちに跡を追った。
(2024.3.24)