リーバルとの結婚式から数年。
私たちは城下町の家を拠点に暮らしを営んでいた。
リーバルは日中私のポストハウスの業務を手伝いながら、午後は時折リンクと手合せをすべくハイラル城に向かう。
彼がハイラル城に向かう日は、私もそれに便乗し姫様に会いに行く。
リトの村へも相変わらず定期的に訪問している。
リーバルが村民たちと飛行場で競い合うのを応援したり、服屋で新商品をチェックしたり、子どもたちと歌ったり、演奏したり。
取り留めもない、皆が願っていた穏やかな日常が続いていた。
そんなある日の晩。
ベッドに横たわり、頭上の窓のカーテンが透かし通す月明かりを楽しんでいたときのこと。
姫様の編んだレースが室内に紋様を映すのをぼうっと眺めながら、何となくリーバルに尋ねた。
「リーバルは今、幸せ?」
私のとなりで同じように寝ころんでいたリーバルが、こちらに視線を送ってきたのを感じる。
「……何だい?急に」
「ううん、深い意味はないの。何となく聞いてみたくなっただけ」
そういう反応が返ると思っていただけにくすりと笑うと、リーバルはへえ……と含みのある声を漏らし、こちらに身体を向けてきた。
大きな手が私の肩を掴み、強引に彼と向き合わされる。
「そういう君こそどうなのさ。まさか、僕との暮らしにマンネリしてるなんて言いだしやしないだろうね?」
そんなはずはない。
毎日が幸せなのが当たり前で、ふとそのことを思い出したからつい口を突いてああ言っただけで、他意なんてないのだ。
けれど、私が思わず口にした言葉は、かえってリーバルに疑念を抱かせてしまったようで。
「ふーん、怪しいな」
慌てて首を左右に振るが、暗がりの中でもリーバルの視線がますます鋭くなったのがわかる。
肩にかけられた手が後頭部に回され、ぐいっと引き寄せられる。
頬にくちばしを擦りつけられたかと思うと、生暖かい吐息が耳にかかり、思わず小さく声を上げてしまう。
すると、リーバルは堪えきれないといったようにふっと笑みを漏らした。
「か、からかうなんてひどい」
「悪いわるい。君があんまりかわいい反応するから、つい……」
そこまで言って、リーバルは急に押し黙ってしまった。
思わず出た本音なんだろう。
私の演奏や技を褒めてくれることはあっても、私自身のことについては何か思っていても滅多に口にしてくれない。
だから、素直に嬉しい。嬉しいけど、何だか……ちょっと……。
「ちょっと、何君まで黙りこくってるのさ。逆に気まずいんだけど」
「や、あの……あなたが突然そんなこと言うから……!」
突っ込まれると余計に恥ずかしすぎて、毛布を引き上げる。
もう結婚して何年も経っているというのに、これじゃまるで付き合いたてのカップルと変わらない。
「もう一度……聞かせてくれる?」
「は?」
「その……かわいいって」
「…………」
リーバルがごくりと唾を飲んだ。明らかに動揺している。
「……嫌だね」
「お願い、一回だけ!」
「はいはい、また今度ね」
私の言葉を遮りさっさと背を向けてしまったリーバルに、ちょっとだけカチンとくる。
まあ、こういう反応が来ることは百も承知だ。
彼の首筋にそっと指を這わせ、耳元に囁く。
「……お願い、リーバル」
びくっとしなる身体。効果は絶大だったようだ。肩越しにじとりとした流し目が送られてくる。
「この僕に不意打ちとはいい度胸じゃないか」
しまった。やりすぎた。
一段と低い声でささやかれ慌てて腰を引くが、もう遅い。
私の上に覆いかぶさった彼の重みで、すでに逃げ場はない。
「君が望むなら、言ってやってもいいよ。ただし、交換条件付きでね」
いたずらな笑みを浮かべ見返りを求める彼の目は、鷹のように鋭く。
こうなってはもう手が付けられないなと、落とされる口付けに応えながら、この幸せなひとときを噛みしめる。
「街角ポストガール(バイト編)」(完)
(2024.4.6)