天翔ける:本編

6. 迷いの森

ハイラル王より、初の命を言い渡された。
退魔の剣の騎士を探すべく、先んじて剣の眠るコログの森を解放せよとのご命令だ。

この作戦には、四神獣の繰り手に加え、神獣の調整のために同行を志願したゼルダ、姫付きの騎士リンク、そして、作戦の補助として私が参加することになった。

夕刻、デスマウンテン山麓、オルディン峡谷で一休みしたあと。
コログの森が見通せる高台にて、ゼルダより作戦の詳細が明かされたが、作戦のリーダーがリンクだと改めて説明された途端、リーバルがあざけるように笑った。

私のとなりに並んでいたリーバルは、おもむろに前へ出る。

「ハイラル王より、直々に仰せつかった役目だからね。
光栄に思うし、全力で臨むつもりだよ」

仰々しく胸に手をあてたリーバルは、意気込みを表すようにこぶしを固めたが、かたわらで澄ましたように前方を見据えるリンクを横目ににらむと、忌々しげに声を低くした。

「……それはいいさ。引っかかっているのはそこじゃない」

リーバルの大きな手に指さされたリンクは、ややあって彼を振り向いた。

「今回の作戦、どうしてリンクがリーダーってことになってるんだい?」

黙ってリーバルの言い分に耳を傾けていたダルケルは頭を抱えて呆れたようにため息をもらす。

「誰がリーダーだっていいだろ?力を合わせて頑張ろうぜ!」

彼の言葉にみんながうんうんとうなづく。
しかし、リーバルはたしなめられても聞く耳を持たず、それどころかますますいきり立つ。

「作戦のかなめとなるのは僕の神獣のはずだよね」

リーバルは後ろ手を組み前に進み出ると、片翼を胸に添えながら苛立たしげにそう吐き捨てた。

ふととなりを見ると、黙って彼を見つめるゼルダの目が困惑に染まっていることに気づく。
胸元で組んだ手にぎゅっと力が入っているのを見て、調子に乗り始めたリーバルの言動に腹が立ってきた。

「まったく……おかしな話だよ」

彼は振り返るとリンクをひとにらみし、こう言い捨てた。

「……ま、これで僕らの足を引っ張ろうものなら、姫付きの騎士としての面目めんぼくは丸つぶれだろうな」

おどけるように左手を掲げたリーバルに、ウルボザが何か言いかけたが、それより先にしびれを切らした私が間髪入れず物申した。

「……リーバル、ちょっといいですか」

みんなの視線がリーバルから私に移る。

アイ……」

ウルボザが心配そうに目を細めるが、私は譲らなかった。

「いいえ、言わせてください」

私だってわかってる。
こんなくだらないやり取りは時間の浪費だし、こうしているあいだにもコログの森に蔓延る魔物たちが悪さを続けている。
けれど、私にとっては、見過ごすことができないほどのことだ。

「何だよ?」

あごを高くして私の言葉を待つリーバルに向き直ると、深く息を吸い、一息に言い切った。

「済んだ話を蒸し返してしまいますが、散々私を罵るようなことを言っておきながら、リーダーに抜擢されなかったからって、そんなちっぽけなプライドのためにせっかくの大役を踏みにじる気ですか」

「……何だって?」

リーバルの反応は目に見えてわかっていたが、ここで引き下がるわけにはいかない。
冷ややかな目に突き刺されて手が震えるが、固く握りしめて震えを堪え、なおも続ける。

「リンクがリーダーに抜擢されたのは、ハイラル王が彼の日頃から積み上げてきた成果をお認めになっているからこそです。
確かにあなたはリトの村という小さな枠組みのなかでは非常に優秀なんでしょう。
ですが、ハイラル王国からすると、神獣の繰り手も、もちろん私も、言ってみればまだ何の実績もない新参者なんですよ」

さすがに言葉が過ぎるとわかってはいるが、並べ立てているうちに余計腹が立ってきて、もはや悪口になってしまっていた。

「ちょっと、アイ……!」

そんな私を咎めるようにゼルダが手を伸ばしてくるが、それをリーバルが手で制し、私の目の前に早足に近づいてきて、ずいっとそのくちばしを眼前に突き付けてきた。
思わず仰け反るが、彼の鋭い目つきに屈さず、キッとにらみ返す。

「新参者なのは否定しない。しかし、リンクよりもこの僕の方が実力で勝っているとしたらどうだい?
古参だろうが新参だろうが、生死を分ける戦場において、能力を考慮せず、たかだか奉公年数が長いってだけでリーダーに任命するなんて、正当な判断とは認めがたいよね」

「もっともらしい言い方して……あなたは単にリンクの下につくのが嫌なだけでしょう!」

そこまで言って、はっとする。

ウルボザとダルケルがあちゃ~と頭を抱えて首を振ったのを横目に見て、恐るおそるリーバルに視線を戻す。
矢じりのように鋭い彼の眼孔がすっと細められ、私は顔に引きつった笑みを浮かべるが、かえって火に油を注いでしまったらしく。
身を引こうとした私のあごを彼の大きな翼がグイっと強引に引き上げる。

「……君、少々おしゃべりがすぎるんじゃないか」

日頃よりも一段と低い声に、ゾクッとする。
炎のように揺らめく翡翠の眼差しから目が離せず口をパクパクさせていると、ウルボザが声を張った。

「リーバル!アイ!いい加減にしないか。
今は任務に専念しな。
これ以上おひい様を困らせるんじゃないよ」

彼女の一喝に、リーバルは目を見張るが、もう一度私をにらみつけると、軽く舌打ちをし、ようやくあごから手を退けてくれた。
「はいはい……」とため息交じりに身を離し、こちらに背を向け崖の縁に立つ。

今まで私とのやり取りで怒り心頭に達していたその顔つきは、彼が一つ瞬きすると、きりっと引き締められる。

「……それじゃ、そろそろみんなに見せてあげようか。
神獣ヴァ・メドーの力をね」

コログの森を包囲する魔物の大群は、リーバルとヴァ・メドーの力により、瞬く間に一掃された。
先ほどはあんな軽口をたたいていたが、やはり彼の実力は本物だ。

リーバルの強さを否定したかったわけでも、これまでの努力を踏みにじりたかったわけでもない。
ただただ、リンクに執拗なまでの対抗心を向けるくらいなら、役目に一点集中して情熱を注いでほしい一心でああ言ったつもりだった。

けれど、そこは人一倍負けず嫌いな彼だ。
こんなところでいちいち子供じみたプライドを見せつけようとする彼のなかに”責任感”というものが果たしてあるのかはわからないが、これまでにもその負けん気の強さが自ずと責務を果たすことにもつながってきたはずだ。
私がわざわざあんなきつい言い方をしなくても、大いに使命をまっとうしてくれただろう。

身の程をわきまえず、彼の誇りを傷つけるような言い方をしてしまったことに、今更ながら悔恨の念に駆られる。

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極力魔物の襲来を避けるべくコログの森の濃霧を走り抜けているところに、リーバルが飛来し合流した。

先ほど険しい渓谷を登ったせいで足がこわばっている私は、後れをとって最後尾で息を切らしている。
今にも倒れ伏してしまいそうな私を悠々と羽ばたきながらあざ笑う。

「おや、さっきまでの勢いはどうしたっていうんだい?クタクタじゃないか!」

「う、うるさいです……!」

かすれた声で必死に突き返しながら、額に浮かぶ汗を拭う。
フードも口元をおおうマフラーもすべて取っ払ってしまいたい。

「うっ……ひゃあっ!」

樹々の根が這ってでこぼこした地面に足を取られ、私は派手に転倒した。

アイ!」

徐々に引き離されてしまっていたため、ほかのみんなは私の転倒に気づかずに行ってしまったようだ。
リーバルは地面に降り立つと、みんなが向かった先と私とを交互に見て、チッと舌打ちをした。

ああ、まだ怒ってるなあ。
あれだけカンカンにさせるようなこと言ってしまったし、先に行ってるよ、とでも言い捨てて置いてかれるんだろうなあ。

ズキズキと痛む体を支えながら身を起こし、その場に腰を下ろす。
体のいたるところに擦り傷があるんだろうが、特段傷みが強いのは膝だ。

スカートの裾をたくし上げると、両ひざが深く擦りむけて血がにじんでいる。

「うわあ……これは痛いわけだ」

「何を呑気なこと言ってるんだい!君のせいであいつらとはぐれてしまったじゃないか」

ずかずかと地面を踏み鳴らしながら戻ってきたリーバルは、私の正面にかがんだ。
てっきり置いて行かれるかと思っていただけに、驚いて彼を見つめる。

リーバルは私の傷の具合を見ると、眉を寄せた。

「うわ……これはまた派手に転んだねえ」

笑いを含んでそう言った彼の顔がすっとこわばったかと思うと、来た道の先にばっと視線を走らせた。
その目線を追うように顔を上げたとき、突如として、体がふわりと浮いた。

「えっ……えっ!!」

私のすぐ目の前にあるくちばしに、シッと短く静止をうながされ、慌てて両手で口を覆う。

リーバルが、あのリーバルが、私を、お姫様抱っこ……!!

脳内でこの状況を言語化してしまったがために、私の心臓は突き破らんばかりにばくんばくんと打ち鳴らされる。

主な移動手段が飛行なためか、どうやらリーバルはあまり走るのが得意ではないらしい。
それに加えて今は私を腕に抱えているせいで、少し走っただけで息切れしている。

時折後ろを振り返りながらしばらく走った後、リーバルはようやく立ち止まった。
周囲を確認してから、私を手近な木の根元に降ろす。

「ねえ、リーバル、どうし……」

状況が飲み込めず問いただそうと開いた口は、彼の左手におおわれた。
彼の視線はなおも木の向こう側に向けられたままだ。

目を細めて視線を研ぎ澄ませていたが、その目がはっと見開かれたかと思うと、リーバルの右腕が私の頭上の幹にかけられ、彼との距離がぐっと近づく。

木々のざわめきのなか、目の前にある胸当て越しに彼の心音が微かに聞こえる。
浅く呼吸を整える彼の吐息が額に振りかかる。

ただでさえマフラーで覆った口元が息苦しいのに、大きな翼のせいで口と鼻が一緒にふさがれ、うまく呼吸ができない。
手でトントンと彼の手の甲をたたいて訴えると、一瞬ちら、とこちらを見て察してくれたらしく、手を離してくれた。

「……何とか巻いたみたいだ。
チッ、森の周囲を占拠していたやつらは一掃したけど、森のなかにもまだいるのか……」

リーバルはようやく肩の荷を下ろしたようにふう、と息をつくと、私から離れ、幹に体を預けるようにして腰を下ろした。
立てた片膝に腕を乗せ、目を閉じて天を仰ぐ。

「まったく……とんだ災難だよ。
僕らがこうしているあいだに……今頃あいつはつるぎを手にしてるんだろうか」

消え入りそうな声でつぶやいた言葉に返事をするのは何となくはばかられ、ひとまず私はバッグから水とガーゼを取り出した。
ガーゼに水を含ませると、もう一度スカートをめくり、えいやっと傷口に押し当てる。

「……っ」

あまりの痛みに、声が漏れそうになるのを必死にこらえる。
こんな派手なけが、前世ではどうだったか覚えていないが、こちらの世界に転生してからは一度もしたことがなかった。けがをするのってこんなに痛かったっけ……。

トラヴェルソを吹けたならこのくらいの傷すぐに治せるんだろうが、今は敵がどこから現れるのかわからない霧のなか。
こんなところで吹くなんて、敵に居場所を知らせるようなものだ。

みんなとはぐれ、リーバルと負傷した私の二人きり。
いくらリーバルが腕利きとは言っても、手負いの私が一緒じゃ本領が発揮できないだろう。分が悪すぎる。

手段を奪われた私なんてただの戦力外な町娘でしかないし、その上手負いの身なんて足手まといでしかない。本当に情けないな……。

また気持ちが沈んでいくが、こんなときに落胆している場合ではないと気を張る。

ふと、リーバルの横顔を見つめる。
彼は私がスカートをたくしあげているのに配慮してか、こちらから視線を外すように森の奥を見据えている。

口を開けば飛び出してくるのは皮肉ばかりなのに、どうしてこう、彼はいざというときに限ってわかりづらい気遣いをくれるのか。

私は両足にさっと包帯を巻くとスカートを正し、リーバルの背に声をかけた。

「……さっきは、ごめんなさい」

リーバルの視線が横目に私を捉える。

「あんなこと言うつもりでは……」

肩にかけたバッグのひもをぎゅっとつかんでそう言うと、彼はふん、と鼻で笑い、だらりと下げていた右手を挙げた。

「君はことあるごとに僕に突っかかる節があるよね」

「そっ、それはあなただって!……はあ」

凝りもせずまた言い返しそうになる自分に嫌気がさし、ため息で打ち切った。
リーバル相手だと、どうしていつもこんな言い方ばかりしてしまうんだろう……。
もっと素直な自分でいたいのに……。

「……本当は、あんなことが言いたかったんじゃないんです」

慎重に言葉を選びながらつぶやくと、彼は顔をこちらに向けた。

探るような目で見つめられているのに、リーバルの顔を見るとなぜか先ほどまで彼に抱き上げられていた事実が呼び起こされ、気恥ずかしくなる。
何となく居心地が悪くなって目を反らすが、もう一度、今度はしっかりと彼の目を見つめ返し、こう続けた。

「ヴァ・メドーの操作は、あなたにしかできない。
それってつまり……メドーにとっての要は、リーバルだと思うんです」

しかし、彼はなんだそんなことかと言いたげに目を座らせると、視線を元の位置に戻してしまった。

「当たり前だろう、そんなこと」

切り捨てるような言い方だが、私はめげず、さらに重ねた。

「それに、リンクやゼルダ様、ほかのみんなも、このハイラルにとって必要な存在なんです。比べたり、優劣をつけたりしていいものじゃない。
だからあなたにも、与えられた使命にもっと誇りを持って、まっとうしてほしいと思った」

リーバルは少し目を見開いたが、おかしそうに小さく噴き出すと、困ったような笑みを浮かべながら、こちらを振り向いた。

「……生意気だな。ただの楽士のくせに」

その穏やかであどけない表情に、魅入られたかのように釘付けになる。
私の胸中を代弁するように、森の木々が木の葉を擦り合わせざわざわと揺れ、風にさらわれた彼の三つ編みが、ゆらゆらとなびく。

「わ、わかってますよ。身の程知らずだってことくらい……」

ふてくされてそっぽを向いた私のとなりで、彼はのそっと立ち上がると、羽毛についた枯れ葉を翼ではたきながらこちらを見下ろした。

「でも、ま、君の言葉はいちいちかんに障るけど、ものの考え方は案外嫌いじゃない」

リーバルはそう言い終えると、さっさときびすを返して歩き始めた。
その後姿をしばらくぼうっと見つめていたが、何ボサッとしてんの、としかめっ面で振り返った彼に我に返り、痛む足でよたよたと後を追った。

(2021.4.11)

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