城の復興から約半月。
城下の様子を今日一日リーバルと偵察してくるようゼルダから命じられた。
しかし、町はすでに魔物が打ち払われ町人が日常に戻りつつある。危険があるわけでもないのに私一人ではないのが彼女の憎いところだ。
ポストハウスの主人によろしくとまで言われたら、さすがに偵察とは名ばかりの暇だろうと私でも察しが付く。
要するに……彼女のはからいだ。
「姫もなかなか悪いことするよねえ。まったく、職権乱用もいいところだよ」
かたわらを歩くリーバルは腰に手をあて片翼をひらひらさせてみせてはいるが、言葉とは裏腹に機嫌は良さそうで、あたりを興味深そうに眺めている。
そんな彼の様子にゲルドの街でのことを思い出す。もしかしたら城下町にも来たことがないのだろうか。
無邪気さをさらすにさらせず視線だけをきょろきょろと動かしている彼に、自然と顔がほころぶ。
メインストリートを歩いていると、建物の脇に建材を運んでいく大工とすれ違った。
厄災による戦火で焼かれた家々は城からの助成により次々に建て直され、町は元の状態を取り戻しつつある。
朝市や犬と散歩しているご老人の姿など見慣れた光景に、平和を取り戻した実感がわいてきて心底嬉しくなった。
久々の町の姿を目にして感動に浸っているところに、となりからは深いため息が漏れた。
「朝一で呼ばれて追い出されたせいで、朝食を取り損ねちゃったんだよね」
「私もまだ何も……お腹が空いてきましたね」
「このあたりに軽食を出す店ってないの?」
「それなら……」
噴水広場に差し掛かったあたりで一度立ち止まり、周囲を見回す。このあたりの店なら町暮らしのときに立ち寄ったことがある。
ふと角の店に目が留まり、指し示す。
「その突き当りの店なんてどうですか?ヘブラやタバンタの特産品を使ってるんですよ」
リーバルはぱっと輝かせた目をすぐに閉じると、こほんと咳払いし、後ろ手を組んだ。
私の前ではこうして時折本心を垣間見せてくれるようにはなってきたけれど、素直な反応を隠したがるところは相変わらずだ。
「へえ……そんな店があるとはね。
それじゃ、そこにしよう。そろそろ郷の味が恋しくなってきてたところだし」
その何気ない言葉に、ズキ……と胸が痛む。
そうだった。リーバルは、リトの村の出身なのだ。
この一年間、四六時中行動をともにすることが多かったせいか、そのことをすっかり忘れてしまっている自分がいた。
復興作業のためにこうして城にとどまっているけれど、それも終われば任を解かれるだろう。そうなると、やっぱり彼は村に帰ってしまうんだろうか。
私もこの任を解かれたら、また下町娘に戻る。
まるで、一夜の魔法が解けてしまったお姫様のように。
これまでのように、こうして気軽に会うことも……。
「何ぼーっとしてるの?早く行くよ」
リーバルの羽毛に包まれふわふわした指が、私の手を包む。
手の大きさの違いを考慮してかやんわりと握られ、その何気ない優しさが心にわだかまっていたものをあっけなく取り除いてしまう。
いつかはちゃんと話さなければならないことだけれど、今考えたって仕方がないことだ。
今日はゼルダ様が用意してくださったリーバルと水入らずの時間なのだ。せっかくのご厚意に甘えて、彼との時間を存分に楽しまなきゃ。
手のなかで指をぎゅっと握り返すと、リーバルは照れたように顔を反らしつつ、私と同じくらいの力で握り直してくれた。
「いらっしゃい!二名様で……あら、アイじゃない!」
店内に入ると、カウンターを拭いていた女将が私に気づき顔をほころばせた。
「こんにちは、女将さん。もうやってますか?」
「ええ、もちろんよ!まさかあなたが来てくれるとは……」
後ろ手を組みながら店内を見渡していたリーバルが視線に気づき女将と向き合う。
きょとんとするリーバルに、女将は彼の顔とスカーフを交互に見ながらわなわなと顔を引きつらせたかと思うと、黄色い声を上げた。
「も、もしや、リーバル様では!?」
急に大きな声を上げた女将に驚きながらリーバルを見上げる。
「城下は戦時中もぬけの殻だったはずなのに、すでにここまで知れてるとはね」
腕組みをして澄ましつつそう答えたリーバルだがどこか得意そうだ。
そんな彼に女将は興奮冷めやらぬ様子で深くうなずく。
「そりゃあ当然ですよ!叙任式に参列した画家が描いた皆さんの姿絵が、号外の一面に掲載されたんですから。
いやあ、しかし噴水広場で演奏をしていたアイがまさか六英傑の一人に選ばれるなんて、驚いたってもんじゃなかったわよ。よく無事に帰ってきたわねえ」
女将ははっとしたように困った笑顔を浮かべると、まあ座ってと席へと促される。
ひとまず人目につかないように一番奥の席に向かい合って座る。
女将はさっと用意したお冷のグラスを二つ置くと、ニコニコしながら奥に引っ込んでいった。
席に着くなりリーバルがテーブル脇のメニュー表をさっと取り独占し始めたので、見終わるのを待ちつつ店内を見渡す。
何やら奥で大将と女将がひそひそ話すのが聞こえてくる。どうやら私たちのことを話し込んでいるようだ。
カウンター越しにこちらをのぞき込んできた大将が女将と同様に驚いたような声を上げて再び引っ込んでいった。
それに苦笑を浮かべていると、リーバルがメニュー表越しにこそっと耳打ちしてくる。
「あの様子だと人が増えてきたらこんなもんじゃ済まされないな。ポストハウスに向かう前に、ちょっと寄りたいところができた」
はい、とメニュー表を手渡される。
それを受け取りながら、彼の言わんとすることを察し、それなら、と口にする。
「この青の衣も、念のため外しておいた方が良さそうですね」
そう言うと、リーバルは意外そうな顔をした。
君にしては名案だね、と微笑み、ためらいなくスカーフを外す。
普段あまり目にすることのない首元があらわになり、少しどきりとしてしまう。
リーバルが私の変化に気づいたであろうことは彼の目を見れば一目でわかるが、あえて何も言わない。
テーブルの上で組んだ両手の上にあごを置き、ニヤニヤしながら半目でこちらを見てくるところがなんかずるい。
視線に耐えかねてメニュー表で顔を隠すと、上からひょいと指でメニュー表を下げられ、ふたたび憎たらしい笑みと対面させられる。
「もう!気が散るじゃないですか」
「何だよ?僕もメニュー表が見たいだけなんだけど」
恥じらいを隠すために少し強めに言えば、そしらぬふりをしながらそう返されてしまい、何も言えなくなる。
この、いけしゃあしゃあと……!
「自分はさっき一人で見てたじゃないですか」
「まあ、すでに決まってはいるんだけど、君が何にするのかと思ってさ。テーブルに広げたままにしといてくれよ」
そんな風に言われたらすげなくするのが何だか忍びなくて、一緒に見れるように表を横向きに置いた。
リーバルは目をぱちくりとさせたが、ふっと柔和な笑みを浮かべた。
いつになくご機嫌なリーバルにテンポを乱されそうになるが、気を反らして女将を呼ぶ。
奥から注文票を持った女将がパタパタと出てきた。
「何にする?」
「じゃあ……サーモンリゾットで」
メニュー表を指さしながら伝えると、リーバルはへえ……と向かいで嬉しそうに笑った。
「奇遇だな。僕はサーモンムニエルと、タバンタ焼きと、焼き山菜のセットで」
朝からよくそんなに食べられるなあ。そこはやっぱり男性か。
飛行する彼は特に全身を使うことが多いだろうし、栄養補給や体力温存のためにもそのくらいの食事量をとらないと持たないのかもしれない。
メインの食材がかぶったことで少し嬉しくなる。
もしかするとリーバルの好物なのかな。そういえばいつかヘブラでとれるマックスサーモンは格別だと言っていたっけ。
「サーモンリゾットにサーモンムニエルのセットね。すぐ作らせるから少し待っててちょうだいね」
女将はさらさら書き留めると、ふたたび奥に戻っていった。
注文を通しているのを尻目に見やると、リーバルは組んだ手にあごを乗せたままこんなことを言った。
「……こうして二人きりで食事ってさ、これまで一度もしたことがなかったよね」
急にしみじみと言うもんだから、意外すぎて言葉に詰まる。
けれど、確かにそうだったかもしれない。
「そう言われてみれば初めてかも。いつもみんなとキャンプで焚き火を囲んだり、最低でも三人以上でいることが多かったですし……」
「こういうことができるってことは、平和になったってことなんだろうね」
「そうですね……」
町中を歩きながら考えていたことと合致して、彼もまた同じように思っていることに温かい気持ちが込み上げてくる。
「また私と二人で、お出かけしてくれますか……?」
はにかみながらそう問えば、リーバルは目を大きく見開いた。
両手に額を押し付けプルプル震え出したかと思うと、はあ……とため息をつき、ぱっと横を向いてしまった。
「まあ、君がどうしてもっていうんなら」
素直に了承と捉えた心が浮き立つ。
少し染まった頬に彼の本心が垣間見えて先ほどの不安は杞憂なんじゃないかとさえ思えてくる。
そうしているうちに、頼んだものが出てきた。
「はーい、お待たせ!」
ほかほかと湯気が立つ皿が目の前に並べられ、食欲がみるみる湧いてくる。
最後にカトラリーを置くと、女将はリーバルにそっとこうささやいた。
「アイのこと、末永くよろしくお願いしますね」
「ちょっと、女将さん……!」
ふふふ、と笑いながらお盆を小脇に奥へと戻っていく女将に気を揉みつつリーバルを見やれば、彼も彼でまた眉間にしわを寄せながら顔を赤らめている。
そんな顔をされたらこっちまで余計に恥ずかしくなるじゃない……!
もうこうなったら食べることに集中しよう。カトラリーの入ったかごに手を伸ばすと、ちょうど同じタイミングで伸ばされたリーバルの翼と触れあい、思わずわっと引っ込めてしまう。
私が取ろうとしたスプーンを指でつまみ、はい、と差し出される。
「ありがとう……」
おずおずと受け取り笑みを浮かべると、リーバルはふんと鼻を鳴らし、ナイフとフォークでマックスサーモンを切り分け始めた。
彼が切り開いたところから焼いたサーモンの香ばしいにおいとバターの甘いにおいが湯気とともにふわりと香り立つ。
大きめにカットしたサーモンを口に運び、その味覚に浸るように目を閉じふう……とため息までついている。
そういえば、リト族には歯がないようだけど、咀嚼はどうやってしてるのかな。
本人に確かめればいいのに、さっきから疑問が浮かぶばかりだ。
表向きは偵察とはいえせっかくのデートなのに、種族の違いにばかりに目がいってしまうのも何だか味気なく感じてしまう。
「手が止まってるじゃないか」
かごから取ったナフキンでくちばしを拭いながら声をかけられ、はっとしてスプーンを握り直す。
いけない、またぼーっとしてた。
スプーンですくった熱々の米を冷ましていると、すっと目の前にフォークに刺さったサーモンが差し出される。
「……リーバル、こんなに大きいと私の口に入らないのですが」
リーバルはサーモンと私の口を交互に見やり、ああ、とうなづくと小さめに切り分けてくれた。
ふたたび差し出されたフォークを受け取ろうとすると、それをやんわりとかわされ、私の口元にサーモンが近づけられる。
リーバルの顔とサーモンを交互に見つめていると、口を薄く開いて、あーんしろ、と言いたげに肩眉を上げて笑われた。
私が食べようとしているものを横からくわえて奪ったり、私の手から食べたりはこれまでにもあったけれど、彼の手から食べさせてもらったことはまだ一度もなく、こんなにも恥ずかしいものなのかと羞恥で額に汗が浮く。
緊張してうまく口が開けないままどうにかサーモンを口に含む。リーバルは満足そうに笑い、こちらをニヤニヤ見ながら残りのサーモンを平らげた。
これまでずっと意地悪な人だとばかり思ってきたが、その皮が一枚はがれると今度はいたずら好きの一面が見えてくる。
これからも彼と一緒にいる限りこうして新たな面に気づいてはドキドキさせられるんだろう。
頬張ったタバンタ焼きが思いのほか熱かったらしく、あちちっとくちばしをカチカチ鳴らす彼にクスクスと笑う。
やっと口に含んだリゾットはちょっとだけぬるかったが、サーモンのうまみがたっぷりですごくおいしい。
「今、僕のこと笑っただろ。それ、一口寄越しなよ」
笑った代わりに寄越せだなんてこんなときにも交換条件を突き付けてくる彼にまた笑いが込み上げそうになるが、はいはい、とスプーンでリゾットとサーモンの欠片をすくう。
少し冷ましてからリーバルに差し出すと、くちばしの先でぱくりとスプーンをくわえ、嬉しそうに顔をほころばせた。
リーバルとは相変わらず喧嘩もするし、足並みがそろっているとは思えない。
ちぐはぐな私たちだけど、でも……
彼といつか、毎日こうして食卓を囲めたらいいのにな……。
そんなことを思い浮かべながら、いつの間にかタバンタ焼きを平らげ焼き野菜を黙々と食べ進めているリーバルの頬のふくらみに、言い知れぬ想いが込み上げてくる。
ずきん。
一瞬、頭の奥に刺すような痛みが走り、側頭部を押さえる。
なんだろう、この違和感は。
“……こうして二人きりで食事ってさ、これまで一度もしたことがなかったよね”
彼が先ほど言った言葉に、気持ちの悪いほどの引っ掛かりを覚えている。
私たちは、本当に初めて二人で食事をしているのだろうか?
“やぐら”、”焚き火台”、”サーモン”……
脳裏にちらつく記憶にピントを合わせ、一つの記憶を手繰り寄せようとしたとき、眼前でリーバルの片翼がひらひらと振られ、はっと我に返った。
「まーた手が止まってる。どうしたんだい?」
いつのまにか、心臓がドクドク鳴り響いている。
あともう少しで思い出せそうだった記憶は、彼の声にかき消されてしまった。
なぜか気持ちがもやもやする。
手にしたままのスプーンを皿に置くと、リーバルを見つめた。
「リーバル。私たちって、本当に二人で食事をするのは初めてなんでしょうか?」
その問いに顔をしかめ考え込み始めたリーバルの目が、徐々に見開かれ、私を食い入るように見つめ返してきた。
「なに、言ってんの……?」
揺れ動く視線からは動揺が見て取ることができる。
けれどその言葉からは、思い出せはしないが心当たりがまったくないわけでもないといったニュアンスを受け取った。
……ひょっとして、彼も同じ記憶を浮かべていないだろうか。
疑問を口にしようとしたとき、リーバルが無造作に私のスプーンを取り上げ、パクパクとリゾットを食べ始めてしまった。
しかも大事に取っておいたサーモンまで。
「うわ、もう冷えてるじゃないか。アイがぼさっとしてるのはめずらしいことじゃないけど、今日の君、なんか変だよ」
「ああっ、勝手に食べないでくださいよ!私のなんですから」
彼の口に運ばれていくかと思われたサーモンが、そっと私の口元に戻された。
「今は僕とのデートに集中しなよ」
“デート”という単語に過剰反応してしまい、頬がぼっと火が付いたように熱を持つ。
今日の彼は、やけに積極的じゃないだろうか。いや、いつも強引という意味では積極的かもしれないけれど。
なんだろう……これが恋人モード、ってやつ……?
「だから、その一切れは私の口には大きいですって」
照れて声を張ると、リーバルは至極意地悪な顔になり今度こそサーモンを食べきってしまった。
さっきからどんだけ食べるんだこの人は。しかも本当に食べてしまうなんて……ああ、私のサーモン……。
メインのサーモンがなくなりもはやただのリゾットになってしまった皿に深いため息を落とした。
そうだ、今日はゼルダ様がご厚意で時間を作ってくださったデート……いや、城下の偵察。
今は、深く考えるのはよそう。
(2021.5.12)