天翔ける:本編

29. 白き古代の遺物

厄災討伐から数日後。
無事パーツを回収したあと古代遺物研究所にて修理されていたテラコの修復作業が間もなく完了するとの連絡を受け、研究所に集められた。

みんなが台を囲むなか、リーバルは側へは寄らず、壁際に立ちダルケルやミファーのあいだからひっそりと様子をうかがっている。
私も彼のとなりに立ち大人しく状況を見守ることにする。

「あれだけバラバラになってたってのに、よくかき集められたな……」

台の上に乗せられたテラコの体は、爆発の衝撃で大破したためか、ところどころテープでとめられている。

「瞬間接着剤とかでとめとかなくて大丈夫なんですかね」

「はあ?何だよその……シュンカンセッチャクザイ、って?」

しまった。またうかつに口を滑らせてしまった。
彼は私の事情を知っているから良いとして、今はほかにも人がいる。

「えっと、ですね……」

顔をしかめたリーバルにどう説明しようか考えあぐねていたとき、ロベリーが突然くっふふふ……と怪しげに笑いだした。

「これで、完璧パーフェクト!……のはずだが」

「本当に大丈夫なのぉ?うんともすんとも言わないけど?」

ロベリーが突き上げた指先をうっとうしそうに見上げたプルアは、彼を肘で押し退け、テラコの頭に手を乗せた。

「何か、不備があったのでしょうか……」

「できることはやったんだ。結果もきっとついてくるさ」

悲しげに眉を寄せるゼルダをなだめるようにウルボザが優しく声をかけかたわらで、ミファーもまた不安そうに眉を下げている。

「どうせ、まだ寝ぼけてるだけじゃないの?」

リーバルは腕組みを解くと、ダルケルが心配そうに眉を下げテラコの眼前に手をかざすのを眺めながら毒づいた。

「リーバル殿の言うとおりです」

きょとんとした顔で様子を見守っていたリンクの前に歩み出たインパは、テラコの体をがっしりと掴むと、その頭部を激しく叩き始めた。

「ほら、もう朝ですよー!起きてください!」

「イ、インパ!」

インパの相変わらずな強引さにみんなが驚くなか、彼女を制したゼルダは、テラコの正面にかがみ、未だ光が戻らぬままの単眼を両手でそっと包み込んだ。

その途端、テラコの目に、鮮やかな青が灯された。

はっとゼルダが息を呑んだ。
横からすかさずテラコの頭部を小突いたインパの手を、その小さな脚がカシャッと跳ねのける。

テラコはくるっとインパに単眼を向けると、抗議するようにヒュイヒュイ甲高い音を上げながら彼女を指さした。

意識がすっかり戻ったことにみんな歓喜の声を上げた。

リーバルさえも心底ほっとしたように笑みを浮かべているのが嬉しくて、私もひっそりと胸をなでおろし、顔をほころばせた。

彼はきっとこうなる未来を信じて、懸命に私を慰めようとしてくれたのだと思う。
それでも、言葉には出さなかっただけで、彼なりに不安に思うところもあっただろう。

だんだん熱くなる胸を両手で押さえ、インパに淀みなく文句を垂れ続けるテラコを見つめた。

リンクはうっすらと笑みを浮かべ、テラコの言葉に耳をかたむけるようにうなずいている。

かたわらから、ゼルダはすっと手を伸ばすと、その腕にテラコを抱えた。

青く澄んだ単眼に、ゼルダの目からあふれた雫がパタパタと垂れる。
じっとゼルダの様子をうかがっていたテラコを、彼女の腕がぎゅっと抱きしめた。

“ゼルダ?”と発音するように発したテラコに応えるように、ゼルダは声を潤ませながらその名を呼ぶ。

「……おかえりなさい、テラコ」

テラコはじっとゼルダの涙を見つめていたが、やがて、彼女をあやすように優しく子守唄を奏で始めた。
その音色に耳を澄ませるように閉じた彼女の目から、再び雫がこぼれ落ちる。

黙って見ているあいだからみるみる目尻にたまってきていたのには気づいていたが、とうとう持ちこたえることができず、あふれてきた涙とともに私はその場を離れた。

「な……アイ!」

リーバルが小声で引き留める声を背に、研究所を飛び出す。
研究所の裏手にまわり壁にもたれ、しゃくりあげながら袖で涙を拭う。

ずっと考えないようにしていた。
だけど、本当は怖かった。ずっと心細かった。
ただでさえ私を知る人が限られたこの世界で、大切なものを何もかも失ってしまったら、どうしようって。

「みんな無事で、本当に良かった……」

気がゆるんだせいか、先ほどのゼルダの笑顔や、リーバルが無事だったときのことなどいろんなことが思い出されてまた涙が込み上げてくる。
ぐっと堪えて頬に流れた涙の痕を拭い、ふうっと息を長く吐く。

みんなと旅をし始めてから、何だか涙もろくなってしまった気がする。
まあ、その涙の原因は大方”あの人”であることがほとんどだったけれど。

なんて、旅路でのできごとに思いを馳せつつ苦笑いを浮かべ来た道を戻る。

「わっ」

いつの間にそこにいたのか、”あの人”もといリーバルが研究所の扉の前で腕組みをして壁にもたれていた。
顔に嫌な笑みを張り付かせて私を見下ろしている。

「また、泣いていたのかい?」

からかうような口ぶりにかあっと顔が熱くなる。

「な、泣いてません!ちょっと外の空気を吸いたくなっただけです」

彼のとなりをすり抜けようとするが、壁についた片翼にさえぎられてしまう。

「そんな泣き腫らした顔で戻るつもりかい?
……僕以外に見せてほしくないんだけど」

低く声を潜めて落とされた言葉に、顔を上げることができず身を固くしていると、もう片側の翼がすっと私のあごを掬い、くいっと上向かされた。
細められたその翡翠が悩ましげに揺らめき、私の両の目を捉えて離さない。

アイ……」

激しく脈打つ胸を抑えようと思考を働かせているうちにも、彼のくちばしが降りてくる。
その先の黒が私の唇に触れようとしたときだった。

アイ様!リーバル殿!」

バン!と勢いよく開け放たれた扉から、インパがきりっとした顔で飛び出して来た。
壁に手をついたまま私に覆いかぶさり固まって彼女を見つめているリーバルと、この状況に悪寒を走らせながら彼とインパを交互に見る私に、わなわなと震えながらみるみる顔を赤らめさせていく。

「インパ、これは、その……!!」

「て……て……」

インパが何を浮かべているのか定かではない。
おそらく複数のことを同時に想像しているであろうことだけは何となくわかるが。
いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。

放心しているリーバルに代わり仲裁に入ろうとするも、彼女の耳に声は届いておらず。

天誅てんちゅう!!」

インパは腰から短刀を抜くとリーバルに切りかかった。
リーバルははっと正気を取り戻すと、すぐさま天に舞い上がり屋根の上に降り立った。
焦燥と苛立ちをあらわにした顔でインパをにらみ据え、背から弓を下ろしている。

「いつも私の目の届かぬところでこそこそとアイ様をいじめているかと思えば、まさかそのような破廉恥なことまで……!
今日という今日は許しませんよリーバル殿!この身を挺してでも誅伐ちゅうばつを下します!!」

「イ、インパ!誤解ですっ!」

「おいおい、そんな小刀一本でこの僕に太刀打ちできるとでも思っているのかい?
君程度の実力じゃたとえ100人でかかってこられても敵うわけがないだろう」

「何を……!!」

「ちょっと、二人とも!」

忍術の構えをし始めたインパの腕を掴むが、完全に我を忘れた彼女にぐいっと押しのけられる。

「ご覚悟を!」

「ふん、望むところだよ!」

ぼふんと煙が巻き上がり目の前からインパの姿が消えたと思った瞬間、彼女はリーバルが立つ屋根の上にぱっと現れた。

それに一瞬驚きつつも、リーバルは不敵な笑みを浮かべ宙に飛び立つ。
弓をその手にちらつかせながらも構えるそぶりがないことから、完全にインパを舐めきっていることはすぐにわかった。

「ほらほら、どうした?翼のない君じゃここまで追って来られないだろう?」

「卑怯者!いくら翼があるからといって空に逃げるとは小癪な!
あなたも戦士の端くれなら正々堂々と勝負しなさい!!」

「この僕が、端くれ……?」

激しく煽り立てるインパにリーバルはぐっと息を詰め、そのこめかみに青筋を立てた。

「空の支配者であるリトに、よりにもよって”空に逃げる”、だって!?
墓穴の用意はできてるんだろうね!!」

「ちょっと!いい加減にしてください二人とも!ねえ!!」

大声で割って入ろうと試みるもどちらも聞く耳を持たず。
騒ぎを聞きつけぞろぞろと表に出てきたみんなが口々に制止の声を張るも聞く耳を持たず。

結局、ウルボザが頭を抱えながら指を鳴らしたことで、この羞恥極まりない騒動を平定するに至るのであった。

今後も誤解が続くくらいなら、と意を決してリーバルとお付き合いしていることをインパに伝えると、すっかり意気消沈してしまった彼女は「正気ですか、アイ様……」とこめかみを押さえた。

(2021.5.9)

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