天翔ける:本編

13. 塔の起動~川辺での休息

ヘブラ地方からハイラル城に帰還して一週間。
四神獣の繰り手たちは、各地にて神獣操作の訓練に励んでいる。

私は、ゼルダとリンクに同行し遺物の調査に協力するかたわら、時間があれば毎日トラヴェルソの練習に没頭した。
けれど、どんなに練習に励んでも、クムの秘湯での一件が頭から離れず、思うようなパフォーマンスができなくなってしまっていた。

城に帰還して以降、リーバルとは顔を合わせる機会がないまま、週の半ばに差し掛かろうとしている。

私たちが遺物の調査をする一方で、古代遺物の研究者たちはハイラル平原に出現したという平原の塔の研究を進めており、ついにその塔の謎を解き明かす足掛かりを明らかにした。
“シーカータワー”と名付けられたその塔は、平原の塔のみならず各地に埋没されていたという。

調査の結果、シーカーストーンを認証させるとタワーが起動することが判明。
各地の塔も復旧させるべく、再び英傑たちを招集する運びとなったのだ。

ゼルダや古代遺物の研究者プルアが厄災への対策に一歩前進したことを喜ぶなか、私は、再び彼と顔を合わせる日のことを思い、戸惑いを隠せずにいた。

ハテール地方。
双子山の塔を無事復旧させた私たちは、ノッケ川の川べりにキャンプを構え休息中だ。

久々の再会を喜びつつ夕食を済ませたあと、リンクとゼルダはプルアとともに再び双子山の塔へ赴き、英傑たちはそれぞれの神獣操作の進捗について報告しあっている。
しばらくは耳を傾けていたが、トラヴェルソの練習をしてくると一声かけ、途中で抜けてきたところだ。

キャンプから少し離れた岩場にショルダーバッグを置いて腰を下ろすと、私は盛大にため息をついて、トラヴェルソを構えた。

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リーバルは再会後、何事もなかったかのように接してくる。
けれど、それはコミュニケーションがあるというだけのことで、言動の質はこれまでと大きく打って変わったものだ。
本人の意思を確認しないままあんなことをしてしまった以上、避けられるものだと思っていただけに、はじめこそ声をかけてもらえるだけで安堵した。

けれど、辛辣な物言いが目立つことに気づいてから、日に日に疲弊していった。
彼は、私が一つでも失態をおかそうものなら、ここぞとばかりに卑しめる言動を浴びせてくる。
これまで通りというよりは、出会った当初のような、むしろ、あのころ以上にトゲのある言動に感じられるのだ。

まるで、私の気持ちを自分から遠ざけようとしているかのように。

ここ最近は冗談を言い合えるくらいには打ち解けられていたと思っていただけに、彼の態度の急変にはひどく困惑した。
けれど、私があんなことをしてしまったばかりにそうさせてしまっているのだと思うと、前のように気軽に言い返すことさえできない。

昼間、ノッケ川の川下かわしもあたりの街道を移動中、魔物の集団と遭遇した。
その応戦時、トラヴェルソを吹いている最中に指がもつれ、リードミスをしてしまったのだ。
敵の集団がゼルダに襲いかかろうとしているのを見つけ、トラヴェルソでつむじ風を起こそうとしたものの、指が震えてうまく吹けず、結局リンクとリーバルの手を煩わせることになってしまった。

休憩に入ると、キャンプの木陰に腰を下ろし、すぐさまトラヴェルソを構えて、間違ったフレーズを何度も何度も練習し直した。
周囲からは気遣うような視線が送られてくるが、今はその気遣いすら自己嫌悪感を煽る要素にしかすぎず。

そんな私を追い詰めるように、私の頭上に影が差した。

今日だけで何度目だろうか。
戦闘が落ち着くたびに逐一来られるので、影の主の予想はとうについていた。

トラヴェルソを下ろして見上げると、腕組みをしたリーバルが、その瞳孔を剣の切っ先のように細め私をにらみ下ろしていた。
炎のように揺らめく翡翠に射抜かれ、どきんと胸が脈打つが、期待とは裏腹な言動を浴びせられることを知っている私は、このあとかけられる言葉を想像して顔をうつむかせた。

「君さ、ちょっと見ないあいだに腕が落ちたよね?
あんな局面で吹き間違えるなんて、意識が足りないんじゃないの」

リーバルは私の名を一切呼ばなくなった。
一貫して「君」「この子」と呼び続ける彼にこれまで以上の距離を感じてしまう。

「……ごめんなさい。指が、震えてしまって……」

ギリギリと締め付けられる胸の痛みにたえるように、トラヴェルソをぎゅっと握り締める。
そんな私の心を知らずかリーバルは「おいおい……」と呆れたようにつぶやくと、なおも傷をえぐってくる。

「指が震えたなんて言いわけが通用するとでも思ってるのかい?
あのとき僕が援護に入らなかったら、姫がどうなっていたかなんて考えなくてもわかるよね」

語気を荒げるリーバルに、だんだん視界がぼやけてくる。

こんなことで泣いてはだめだ。
彼の言っていることは間違ってないのだから。
もっとしっかりしないと。

「リーバル、いい加減にしな」

そのとき、こちらの声を聞きつけたウルボザが割って入ってきた。
リーバルの目がウルボザに向いたのを見計らって、ぽろりとこぼれた涙をすぐさま袖で拭う。

「あんた、最近アイへのあたりがきつすぎるんじゃないか」

ウルボザの指摘にリーバルの顔が歪むが、彼はふん、と後ろ手を組むと、面倒くさそうな顔でウルボザをにらんだ。

「まさかとは思うけど、僕がこの子と親しい前提でそう言っているんじゃないだろうね?
もしそうだとしたらかなり語弊があるな……」

そう言うと、蔑むような目で私を見下ろし、こう言い捨てた。

「言っとくけど、僕はこの子のことを仲間だと認めた覚えはないよ。
こんなひ弱な子が英傑なんて大層な称号を冠していることにも正直納得いかないね。
弱い魔物しか生息していないこの地であんな初歩的なミスをおかすなんて、今後ますます足手まといにしかならないと思うけど」

「リーバル!!」

「ウルボザ!」

怒りが頂点に達したウルボザがリーバルのスカーフの根元を掴み上げたとき、私はようやく声を上げた。
すくっと立ち上がり、未だリーバルのスカーフを掴むウルボザの腕にそっと手を添える。

「ウルボザ、いいんです。
リーバルの言うことは、間違ってませんから」

ウルボザはようやくリーバルのスカーフから手を退けてくれた。
リーバルはふん、と鼻を鳴らすと、眉間にしわを寄せながらスカーフの位置を正す。
私は二人の顔を交互に見ると、深々と頭を下げた。

「二人とも、迷惑ばかりかけてごめんなさい……。
次こそうまく立ち回れるように、今から猛特訓します!」

精いっぱいの笑みを浮かべると、軽く会釈し、トラヴェルソを抱えてその場を離れた。

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昼間のできごとを追想しながらトラヴェルソを吹いていた私は、瞳いっぱいに浮かんだ涙で視界がにじんでいることに気づき、トラヴェルソを口から離した。
袖口で目をゴシゴシ拭うと、立てた両膝を抱え、川面に揺らぐ月を見つめる。

彼との関係がギクシャクするくらいなら、感情に任せてあんなことしなければ良かった。
そうすれば、軽口を言い合いながらも何だかんだいい関係になれていたかもしれないのに。

きっと、嫌われてしまったんだ。
まあ、元々いい印象ではなかっただろうし、こうなってしまったのも仕方がないことだ。

そう頭のなかで冷静に思い浮かべようとするが、さっきから涙が止まらない。

「……泣いてるの?」

背後からかけられた声に振り向くと、夜食のおにぎりを両手に持ったリンクが驚いたように目を見開いて私を見下ろしていた。
彼の驚いた表情なんてめずらしいな……と思いつつ、袖口で目元を抑えた。

「ううん、大丈夫。
トラヴェルソがね、このところ、うまく吹けなくて……」

ぐっと涙をこらえ、鼻をすすると、笑みを浮かべた。
うまく笑えているだろうか。

リンクは私のとなりに腰を下ろすと、おにぎりを片方差し出してきたが、お腹は空いていないと断った。
彼は気にした風でもなく、おにぎりを頬張り始めた。

なぜ、わざわざここに来たのだろう。

「もう、塔の調査は終わったの?」

リンクはこくこくとうなずくと、口いっぱいに頬張っていたおにぎりを飲み込んだ。
慌てて飲み込んだせいか喉に詰めてしまったらしく、ドンドンと胸を叩きながら、腰に携えてある竹筒を取り外し、ごくごくと水で流した。

リーバル以上に取り澄ましている彼がこんなお茶目な姿を見せるとは思わず、落ち込んでいたことも忘れ、ぷっと噴き出した。

「落ち着いてゆっくり食べなきゃ」

ケタケタと笑うと、リンクはしばし目をさまよわせ、困ったようにふわりと笑った。

彼がこんなふうに笑うのを、初めて見た。
常に冷静で真っすぐなせいで、周囲の兵士たちよりも若いはずなのに、どこか大人びて見えていた。
けれど、こうして素直な笑みを浮かべる彼は、まだあどけない青年なのだと気づかされる。

その身に抱えるには大きすぎるほどの重み。
退魔の騎士としてのプレッシャーをひとかけらも見せてはくれないが、毅然とした姿の裏に、悩みは必ずあるだろう。

そんなことをおくびにも出さず、こんな私のちっぽけな悩みに付き合って、こうして笑顔を浮かべる彼に、申し訳なさと、心からの感謝の気持ちが芽生える。

「来てくれてありがとう、リンク。少しだけ元気が出た。
明日からまたがんばるから」

リンクは「うん」とうなずくと、すくっと立ち上がり、もう一つのおにぎりにかぶりつきながら私の肩をポンポンと叩いて、小走りにキャンプに戻っていった。

ばっと立ち上がり、去り行く背中にもう一度「ありがとう!」と声をかけると、リンクは走りながら片手を挙げて返してくれた。
だんだん小さくなる後姿を見つめていると、頭上に影が差した。

嫌な予感がして、そちらには見向きもせず、川面に視線を一点集中させる。

「ずいぶん仲睦まじい雰囲気だったじゃないか」

嫌味な言葉とともに背後で羽ばたきが聞こえる。
巻き起こった風が私の背中を掠め、彼ーーリーバルーーが着地したのを悟った。

スカートをぎゅっと握り締め、彼の言葉に無視を決め込む。
そんな私の態度が気に食わなかったらしく、頭上で「チッ」と舌打ちが聞こえると、肩口からのぞき込まれた。
くちばしの先が突然顔の横に現れ、驚いてのけぞると、リーバルは顔を歪めてクスクスと笑って曲げていた上体を起こし、後ろ手を組んだ。

「……あいつと何を話してたんだい」

リーバルは私のとなりに立つと、川面を見つめながら問いかけてきた。
水面越しに視線が絡む。
見下ろすようなそのアングルに、となり合っているはずなのに、向かい合って問い詰められているような気にさせられる。
探るような翡翠の目に、うろたえながら、かつがつ言い返す。

「あ、あなたには関係ないじゃないですか……」

ぶっきらぼうにそう答えると、リーバルはイライラしたようにふん、と鼻を鳴らし、なおも畳みかけてきた。

「このご時世に何を考えているんだか。
デートなら無事に厄災を討伐したあとよそでやってくれ」

一番聞きたくなかった言葉に、とうとう耐え切れなくなった私は、肩を震わせながらこう言った。

「何で、そんなことが言えるの……」

だめだ。これ以上嫌われるようなことしたくない。
だから、彼に何も言ってはダメだ。

そう自分に言い聞かせているのに、理性に反して、口からは彼への想いが怒りとなってあふれ出す。

「何でそんなひどいこと……っ、
私の気持ち、知ってるくせに……!!」

涙がまたぼろぼろとあふれてくる。

もう、だめだ。耐えられない。
苦しくて、うまく呼吸ができない。

胸が張り裂けそう。

視界がぼやけて彼の顔はよく見えないが、リーバルが困惑していることは、彼が声を詰まらせたことでわかった。

「私が、どんな想いで……っ!」

彼と向き合っていることに耐え切れず、たまらず背を向ける。
流れる涙を必死で拭おうとするが、止め方を忘れてしまったように、次から次へとあふれて止まらない。

こんなことを言って、困らせたいわけではない。
こんな姿を見られても、余計に情けなくなるだけだ。

私に気持ちがないのなら、もう放っておいてほしい。

そうすれば、もっと厄災への対策に一点集中できる。
そっとしておいてくれたなら、この気持ちをいつかなかったことにできるかもしれないのに。

アイ……」

低く小さな声で、彼が私の名をつぶやいた。

やっと、呼んでくれた。
もう、呼んでもらえないと思っていた。

振り返ろうとかかとを一歩引いたとき。
ふわりと、あたたかいものに体が包み込まれた。

私の体をくるむように包む紺色に。
私の頭上に置かれた黄色のくちばしに。
背中越しに聞こえる彼の少し早い心音に。

リーバルが、私を抱き締めていることに、驚きのあまり涙が止まる。

彼は強い力で私を抱き締め、くちばしを私の頭に何度もすりつけてくる。
状況が飲み込めず、心臓がバクバクと高鳴る。

「リーバル……?」

声をかけ、リーバルの翼にそっと自分の手を添えた瞬間。

彼はばっと私から身を離した。

振り返ってうかがった彼は、目元を押さえながら苦し気に息を吐き、射るような眼差しでこちらを見据えている。
ややあって視線を外すと、おもむろに背を向け、肩越しにつぶやいた。

「……ごめん」

勢いよく羽ばたいたリーバルは、高く高く舞い上がり、闇夜の空に消えていった。

仲間だと認めない、足手まといだと、あれだけ罵ったじゃないか。
私のことが、それほど嫌いなんでしょう。

なのに、なのに、どうしてーー

「どうして……抱き締めるの……」

あとに残された私は、彼に抱きしめられたぬくもりをもう一度かき集めるように自分の体を抱き、彼が飛び去った空をいつまでも見つめていた。

(2021.4.18)

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