天翔ける:番外編

休息時の一幕

厄災討伐から半月が経ち、はじめこそ人手が足りなかった城の修復作業は、求人を募れば町中や遠方から腕利きの大工職人たちが加勢に駆け付け、滞りなく進められるようになったそうだ。
城の壁だけでなく周壁や町の損傷に至るまで日に日に修繕されてゆく。
こうして町がみるみる元の姿を取り戻してゆけるのは、多くの人たちが手を取り合ってこそだ。
この国の人々のあたたかさを改めて感じつつ、そんな彼らの無事に心から安堵した。

城外や町中から日中槌の音が鳴り響くなか、私はリーバルとたった二人で図書室の整理を任されていたわけだが、当初は終わりが見えないと思うほど積み上げられていた本の山は、リーバルが思いのほかテキパキとこなしてくれたおかげであっという間に整理を終え、数日のうちに手持ち無沙汰になってしまった。
その後、少しでも男手が必要だからとリーバルは断ったはずの瓦礫の撤去や建材の搬送を結局手伝わされることになり、私は作業現場へ飲食物や手ぬぐいなどの衛生用品を運ぶ役目を担うこととなった。
図書室にこもりきりのあいだしばらくは昼夜リーバルと二人きりのことが多く、食事時もほかの英傑メンバーたちと顔を合わせることはなかったため、久々にリンクの姿を見かけ、嬉しくてつい大手を振って呼んだ。

「リンク、おつかれさま!」

声をかけられたことに気づいたリンクは、あごにしたたる汗を拭いつつ、片手をひょいっと掲げて小さく笑みを浮かべた。
出会った当初は口角の上げ方を知らないのかと思うほど笑った顔を見たことがなかったが、コミュニケーションが増えてからは時折ほんの少しだけ笑顔を返してくれるようになった気がする。
無表情すぎてそう思いたいだけかもしれないが、彼の雰囲気が初対面のときに比べるとどことなく柔らかくなったことだけは確かだ。

「給仕さんに頼んでおにぎりをこしらえてもらったの。私もちょっとだけ手伝ったんだ。良かったら大工さんたちと食べてね」

広げた麻袋の中身をリンクがのぞき込もうとしたとき。背後から作業の手を止めた大工たちがわらわらと覆いかぶさるようにして手を伸ばしてきた。
袋に詰め込まれていたせいで不格好になってしまった大きな葉にくるまれた握り飯は、瞬く間に数を減らし、ようやく底が見えてきたころになってようやく私の手で取り出すことができた。「あまりものでごめんね……」と残った握り飯をかたちを整えつつ差し出すと、リンクは「ありがとう」とほんの少し目尻を下げ、受け取ってくれた。

「当然、僕のぶんも用意してあるんだろうね、アイ?」

背後から私に被さるように影が落ちたかと思うと、肩口からぬっと黄色のくちばしが現れた。
驚いて振り向けば、ただでさえ高い位置にあるあごを余計に反らせ、腕組みをするリーバルが眉根を寄せてこちらを見下ろしていた。
なぜか苛立った様子で組んだ腕をしきりに指でトントン叩いている。

「なんだ、リーバルもこのあたりで作業していたんですね。良かったらどう……」

差し出した握り飯は”どうぞ”と言い終える前に押し取られるようにして彼の手に渡った。

「そんな奪い取るようにしなくても、まだ数は残ってますから」

ぞんざいな態度にさすがにカチンときてしまって、やんわりとだがたしなめるような言葉を口走ってしまった。
何かしら思っての行動なんじゃないかと瞬時に思い直したが、私が謝る間もなくリーバルはより眉間のしわを深めると、すでに各々木箱の上や壁にもたれるように座り握り飯を頬張る様子を不愉快そうに見流しながらこぼした。

「何だよそれ。ほかのやつらが無遠慮に取っていこうが何も言わなかったくせに、僕には冷たいんだね」

「そんなつもりじゃ……」

彼は怒りのあまり本音がだだ洩れだ。それに、何か誤解をしている気がする。
どう言葉を返すべきか言いあぐねていると、そんな私に余計腹が立ったのか、リンクにびっと指先を突きつけると声の調子を強めつつ付け加えてきた。

「リンクを見つけたときだってそうだ。あんな嬉しそうに手まで振っちゃってさ。僕のときとはまるで大違いじゃないか」

「ちょっと、いい加減にしてください!」

勝手な言いがかりにだんだん腹が立ってきて、ついに大声が出た。リーバルは私の声に驚き、はっと我に返ったように瞬く。
リンクに突き出した手をおもむろに下げたかと思いきや、今度は恥じらうように目元を覆っている。

「リーバル、ごめんなさい。大丈夫ですか……?」

固まったように動かなくなってしまった彼の様子が気にかかり、覗き込みつつ声をかけると、今度は弾かれたように顔を上げ、握り飯を突き返してきた。

「いらない……!」

苦々しく吐き捨てると、即座に地面を蹴り、私の呼び止める声も聞かずに城下町の方へと飛んで行ってしまった。

「いくら何でも、許可もなしに城を抜け出してしまうなんて……」

始終黙ってやり取りを見守っていたリンクに助けを求めるように視線を送る。
神妙な顔でリーバルが去るのを見送っていた彼は、私の視線に気づくなり声を潜めてこう言った。

「追いかけた方がいい」

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何か聞かれたらうまくごまかしておくというリンクの言葉に甘え、城下町へと急いだ。
ただでさえ英傑のみんなに比べ体力のない私が全力で走ったところでリト族一の飛行技術を持つ彼に追いつけるわけがないことくらいわかっているが、それでもできる限り足を緩めない。
リーバルと二人で立ち寄った食事処や、彼に贈ったスカーフを買った民芸品店、お世話になっている楽器屋……。
方々を巡ったが、なかなか見つからない。町中で時折リト族の姿を見かけるとはいえハイリア人の多さに比べたら少なく、いたらすぐに目に留まるはずなのに。

「リーバル、どこに行ったの……」

歩き疲れ覚束ない足取りで裏通りに差し掛かったとき。昼間からがやつくにぎやかな店を見つけた。
この外観は……。おぼろげな記憶を手繰り寄せ、はたと気づく。

以前、リーバルと二人で町を散策したとき、道すがらこの店の前を通ったことがあるのを思い出した。
そのときは立ち寄らなかったが、リーバルが興味深そうに見つめていたため、いつか誘ってみようと思っていた店だ。
もしかして、ここにいないだろうか。小窓からなかを覗くが、人だかりで店内を見通すことができない。
仕方なく、木戸を押し開けなかに入る。カランというベルの音に店主が顔を上げ、いらっしゃいと声をかけてきた。
店内は賑やかで聞かれることはないだろうが、ほかの客の迷惑にならないよう、できるだけ声を潜めて尋ねる。

「すみません、マスター。ここに紺色の羽毛のリト族が来てませんか」

店主はああ、と頷くと、一番奥の席を示した。
紺の羽毛に、四つの三つ編み。間違いない、彼だ。
円形テーブルの壁際を独り占めし、気だるげに台に頬杖をついてぼんやりとタンカードを傾けている。どうやら私の入店に気づいていないようだ。
会釈し、そそくさと彼のテーブルに向かおうとしたとき、押しのけるようにして数人の女性が彼の席を取り囲んだ。

「英傑のリーバル様ですよね?こんなところでお一人ですか?」

「私たちと飲みましょうよ~」

彼は突然の絡みに驚きつつも澄ました笑みで一人ひとりに応えている。
こういった場ではもっとつれない態度で接するものだと思い込んでいた。存外にまんざらでもなさそうな様子に、モヤモヤとした薄暗い感情が渦を巻く。
たとえ社交辞令だとわかっていても、その笑顔がほかの女性ひとに向けられていることが耐えがたく、動けずに立ちすくむ。
リーバルも、こんな気持ちだったのかな……。城での彼の様子を浮かべ物思いにふけっていると、ふいに、背後からトントンと肩を叩かれた。

「お嬢ちゃん、一人かい?わしらの相手してくれや」

「ほらほら、ここに座んな!」

「いえ、私は……!」

首を左右に振って拒否を示すが、酒気を帯びた下劣な笑いで返され、応じる様子はない。
背中や腕を無理に引かれ、その先のテーブルを囲うように座る、薄汚れた年配の男性たちの低劣な視線にぞっと身の毛がよだつ。

「ちょっと、やめてくださ……」

「僕の連れに何か用かな?」

首に見慣れた腕がかけられたかと思うと、そのまま肩ごと抱き寄せられた。
腕に食い込むほどの力強い握力。後頭部には、硬い感触。見上げずとも”彼”だとすぐにわかり、安堵感に目が潤む。

「い、いや!そちらさんの連れとは思わなかった」

「急に声をかけて悪かったな、姉ちゃん」

愛想笑いを張り付かせながらそそくさとテーブルに着く男性たちにほっとしつつリーバルを見上げると、リンクに向けていた視線よりもさらに怒気を孕んだ眼差しを彼らに向けていた。

「下劣なやつらめ……」

見下げるような物言いでぼそりと吐き捨てると、引きつった笑みで会釈をする彼らを無視し、元々陣取っていたテーブルに腕を引かれて連れて行かれる。先ほどリーバルを囲んでいた女性たちは、ひそひそと囁きながら離れた席へと去って行った。
奥の席に押し込まれるように座らせられ、彼はそのすぐ隣にドカッと腰を落とす。
リーバルは盛大なため息をつくと、テーブルの上に両肘をついて手を組み、そこに額を預けるようにしてうつむいた。
嫌な空気に耐え兼ね、そわそわと手汗をなじませるように手の甲をさする。キョロキョロとあたりを見回すが、視線のやり場に困って結局彼を見ると、組んだ手の隙間からじっとこちらを睨み据える目と視線がぶつかった。
黙ったまま何も言わないリーバルに、こちらから何か言葉をかけないといけない気になってあれこれ思考を巡らせているうちに、とうとうしびれを切らしたようで、彼はもう一度呆れたようにため息をつくと、頬杖をつきながらこちらを見向いた。

「……よくここがわかったね」

その声が表情に反してさほど怒ってないように感じ、身構えていた気持ちを少しだけ緩める。

「前に姫様からお暇を……巡回を命ぜられ町を訪れたときのこと、覚えてますか?このお店の前を通りかかったとき、リーバルが中の様子を気にしていたので、もしかしたら、って……」

リーバルは驚いたように目を丸くしたが、瞬きする間にその表情は潜められ、いつものおどけたような顔つきになった。

「ふーん。わざわざ覚えてたってわけ。案外見てるねえ、僕のこと」

「そんなの、当たり前じゃないですか」

こちらは真面目に話をしてるのに茶化された気になって、少しムキになって言い返す。

「あなたがどんなことを思ってるのか、どうすれば喜んでくれるのか、いつだって気になってるに決まってます」

「な……っ」

今度は驚きを隠さず口をぽかんと開くと、動揺した様子をひたかくそうとくちばしを指先で覆うように隠しながら視線を逸らしてしまった。

「リーバルだって、そうでしょう?」

覗き込みながらそう付け足すが、リーバルは余計に顔を逸らせるばかりで何も言わない。
説得するためとはいえ、直接的なことを言いすぎただろうか。自分の言葉を反芻するうちにだんだん恥じらいが込み上げてきて、取り繕おうとつい余計なことを口走っていた。

「それに、目先のことばかりに捉われてリーバルは気づいていないかもしれませんが、リンクはミファーの……」

“想い人です”と思わず言いかけた口をすんでのところで閉ざす。
それを見逃さず振り返った彼に、慌てて両の手で口を覆うが、かえって怪しまれてしまったようだ。

「ミファーの、何だい?」

「や、何でもないです、忘れてください」

食い気味に切り捨てたが、頭の回転が速い彼のことだ。言いかけた言葉のその先も、すでに察してしまっているだろう。

「へえ、彼女がね……」

くちばしの端がにやけるように歪められる。想像通りの反応に、よからぬことを考えているのではと不安がよぎる。
勝ち誇ったようにタンカードを傾けようとするのを阻止し腕を掴むと、不快そうな顔を向けてきたが、お構いなしに釘を刺す。

「ちょっと、ほんとに何でもないですってば!ミファーたちに余計なことだけは絶対言わないでくださいよ!?」

「余計なことって?」

「だから……!」

眼前にくちばしの先が迫る。

「だったら、今後僕以外の男にいい顔しないって誓うんだね」

「え……は、はあっ?」

唐突に話をすり替えられ思わず素っとん狂な声を上げてしまうが、爛々と輝く翡翠の目が思いのほか真剣みを帯びていて、返しに困る。

「い、いい顔なんて一度もしてません!私はリーバルしか見てな……い……」

必死で訴えようとするものの、恥ずかしさできっぱりと言い切れず尻すぼみになってゆく。
リーバルは自分からそうさせておいて、こちらを注視したまま動かない。

「やっぱり、何でもありません……」

口元にこぶしを押し当て顔を逸らすが、白い指先に手を掴まれ、隠したばかりの口元を晒される。

「……ミファーに告げ口してほしくなかったら、今のセリフ、もう一回はっきりと口にするんだ」

「い、いやだ……」

ぐいっとあごを掴まれ、上向かされる。くちばしの先が唇に触れそうな距離まで迫ったとき、リーバルは至極愉快そうに目尻を下げ、いたずらに満ちた声色でささめいた。

「言えなきゃ、公衆の面前で”披露”することになるけど?」

「そんな……ずるい……!」

そのとき、店内でヒュウヒュウと指笛の音が響いた。驚き振り返って初めて、いつのまにやら客の視線がこちらに集まっていることに気づく。
リーバルは気まずそうに舌打ちすると、バン、と台にルピーを叩きつけ、私の腕を引いて立ち上がった。

「……そういえば君、確か僕を呼びに来たんだよね。興が冷めちゃったし、そろそろ帰るとするかな」

わざと周囲に聞こえるように平然と言ってのける彼に、店を出終えるまで、お騒がせしました、と会釈を繰り返した。
まったく、誰のせいでこうなったと思ってるのか。頭ではそう思いつつも、あの続きがお預けになってしまったことに少しだけがっかりしている自分がいる。

店を出たあと、城にすぐ戻るかと思われたが、彼はなぜか反対方向へ歩み始めた。

「どこへ行くんですか?リンクがどうにかごまかしてくれてますが、早く戻らないと怒られ……」

彼を引き留めようとついて行くうちに、人気のない細い路地裏まで来ていた。
そうと気づいたときにはすでに彼の腕に引き寄せられ、壁に背中を押し付けられていた。
大雨に打たれるなか、彼と初めてキスを交わしたことが思い出され、顔に熱が集中する。

「さて……さっきのセリフ、もう一度聞かせてもらおうじゃないか」

余裕綽々な笑みを浮かべ、私の頬をするりとなでる指先に手を重ねる。

「だ、だめです。早く帰らないと、皆の迷惑になりますから……」

「その割には、抵抗が甘いのはどうしてかな?アイ

くくっと喉を鳴らす彼に艶やかな声で名を呼ばれれば、自分とてまんざらではないことを知る。

「ほら、言ってごらん」

頬に軽くくちばしをすり寄せられ、吐息交じりの声にそそのかされ、その先を期待し胸の鼓動が高まる。

「私は……リーバルのことしか……」

頭上に大きな影が差し、布を広げたようなバサッという音がしたかと思うと、間もなくすたっという足音とともにリンクが私たちのかたわらに降り立った。
リーバルは勢いよく身を離し、腕組みをして背を向けてしまった。その横顔たるや城を飛び出す前リンクに向けたときとは比べ物にならないほどの不機嫌さ。今日はお互いことごとく間が悪いようだ。
「ムードというものも知らないのか、こいつ……」と苛立ったつぶやきがぼそぼそと聞こえたが、ひとまずは、私たちの帰りが遅いことを心配してわざわざ迎えに来てくれたリンクに平謝りした。

(2022.06.19)

【あとがき】

「宙にたゆたう」作品アンケートにて「天翔けるの番外編を」~とのご要望を受けまして、今回1話書いてみました(*^^*)
時系列としては、久しき町角(後編)~夕映えに馳せる想いのあいだくらいを想定しています。
「喧嘩→仲直り系などのシリアス甘」「リンクやほかの人との絡みを見たリーバルが嫉妬する」というシチュを併せた展開にしています。
どちらも応用の利くシチュだと思うので、アイデアはそのまま据え置かせていただいて、ほかのストーリーでまた組み込めそうであれば、そのときはまたお借りさせてください!
長々とお付き合いいただきありがとうございました!ではまた~(‘ω’)ノ

夜風より

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