偏屈者の苦悩

偏屈者の苦悩

後々のことを考えると、こういうのは早めに行動に移しておいたほうがいいだろう。
長引くと余計に尾を引くだろうし、仲間内のトラブルは早々に解決しておいたほうがいい。
……向こうも気を揉んでるだろうしな。

気は重いが、さっそくアイの部屋に向かった。

思えば、彼女の部屋を訪れるのはこれが初めてだ。
そもそも、僕の部屋を誰かが訪ねてくることはあっても、こうして僕の方から訪ねていくことはまずない。
思い至った途端、変に緊張してしまう。

一呼吸おいてノックをすると、少しの間のあと「はーい」という声とともにパタパタとそそっかしい足音が扉の奥から聞こえてきた。
控え目に開かれた扉から、アイが少しだけ顔を覗かせる。
数日ぶりに見た顔はダルケルの言う通り少し沈んでいるように見えたが、僕を認識した途端に顔つきが変わった。
少し意外そうに目を見開いている。

「り……リーバル!?どうしたんですか」

「少し君に言いたいことがあってね。……ここじゃ人目につく。とりあえず中に入れてもらえるかな」

僕が訪ねてくるとは思わなかったのだろう。
戸惑うように視線をさ迷わせる彼女の顔は、なぜか少しだけ赤らんでいる。

「あ、えっと、そうですよね。どうぞ……」

アイは扉を引き、僕を中へ誘導するように一歩下がった。
遠慮なく中へ踏み入った僕は、僕の部屋と内装のそう変わらないはずのその部屋に息を飲んだ。
微かに漂う彼女の甘い香り。今さらながら場所を変えようと提案しかけるが、いそいそと茶を用意し始めている彼女に言い出しづらくなる。
楽にしててください、と促されては、観念して手近なソファに腰を落とすしかなかった。
僕に背を向けててきぱきと用意を進める無防備な彼女の後ろ姿。少しでも気を抜けば邪な想像が浮かび上がりそうになるが、謝りに来ただけだと言い聞かせることで余計な思考を打ち払う。

すでにポットを温めていたらしく、すぐに茶が置かれた。
シンプルなソーサーに置かれたカップから、イチゴのような甘く酸味のある香りが立つ。
ひと吹き冷まし、少しだけすすると、ほのかに甘ずっぱい味が口の中に広がり、少しだけ気分を和らげる。
僕の斜め隣りに座りカップを傾ける彼女は、どこか緊張した面持ちで相変わらず頬を染めている。

その横顔を見つめているうちに、自然と言葉が流れ出た。

「……このあいだのことなんだけど」

悪かったと思ってる、そう言いかけた言葉は、彼女がカップをソーサーに置いたことで打ち消されてしまった。
カシャン!と派手な音がして驚き、何事かと見やった僕は、深く首を垂れる彼女に目を見張った。

「先日は、本当にすみませんでした!」

「は?ちょっと」

「もっと早くに改めて謝罪に伺おうと思ってたんですけど、踏ん切りがつかなくって……。このタイミングでリーバルのほうから訪ねてくださって、今がチャンスだと」

「いや、だからちょっと待ちなよ」

片翼をちらつかせ制止を促すと、アイはようやく顔を上げた。
焦燥に満ちた目に涙が溜まっているのに気づき、どきりと胸が鳴る。

「謝るのは僕の方だ。……ごめん」

「いいえ、リーバルの忠告を無視して敵に突っ込んで行った私が完全に悪いです。あなたが助けてくれなかったら、どうなっていたか……」

アイはぎゅっと固めたこぶしで涙を拭い、意を決したように改めて僕を見つめた。

「あれからすごく反省しました。あのときは怖くて無我夢中で武器を振るってしまいましたが、それじゃだめなんだって。ですから、その……今度、私に戦い方を指導していただけませんか」

真剣な眼差し。
中途半端な覚悟で申し出ているわけではないことは、僕を真っすぐに見つめるその目に迷いがないことから明らかだった。
あれだけ辛辣な言葉を突きつけたにもかかわらずこうして食らいついてくるなんて、意外とタフな子だ。
何とも言い知れない高揚感。ついつい口角が上がる。

「いいよ。ただし、言っとくけど僕の指導は厳しいよ。覚悟はあるのかい?」

僕の脅しに、アイの喉がごくりと鳴る。
しかし、一度その目に宿った決意は揺らぐことなく、まっすぐに僕の目を捉え「望むところです」ときっぱりと言い切った。

「……いい返事だ。気に入ったよ」

思わず、彼女の目の端に微かに浮かんだ涙を拭う。自分でも無意識にそうしてしまい慌てて茶をすすってごまかす。
ちらりと横目に見た彼女の顔はさっきよりもますます赤くなっていて、これは……と彼女の真意に気づき笑みが浮かぶ。
僕のことで思い悩んでいたことには違いないようだが、どうやらそれは、必ずしもこのあいだの件ばかりではなさそうだ。

飲み干したカップをソーサーに置くと、スカーフの結び目を正し立ち上がる。
僕の顔が間近に迫り困惑の色を浮かべる彼女を尻目にかけ、小さな耳元にそっとささやく。

「君が真っ当に戦えるようになるまで、この僕が直々に目を掛けてあげる。せいぜい振り落とされないようについてくるんだね」

耳まで赤くし口元を覆う彼女にほくそ笑み、それじゃ、と言い残して立ち去った。
さて……これからちょっとは楽しくなりそうだ。

エンドB
「赤らんだ頬」


 

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