リーバルの日記

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コログの森の遠征からハイラル城に帰還し、僕らはそれぞれ宛がわれた部屋で休むことになった。
日記を書き上げそろそろ眠ろうと思っていた矢先に隣室からバタバタと派手な音が聞こえてきたかと思うと、程なくしてバルコニーの外で人の気配がした。
楽士が、夜風にでもあたりに出たのだろうとすぐにわかった。

彼女は夜になると人気のないバルコニーに出ては笛を奏でることがままにある。
僕がたびたび自室のバルコニーからこっそりとうかがっていることにも気づかないで熱中するさまは滑稽だが、月あかりを浴びながら音楽を奏でる姿は……まあ、どこか引き込まれるものがあるな、とは思う。

いや、正直なところ、僕一人のために用意されたリサイタルのようだなどとつい自惚れてしまうほど、彼女の奏でる音色に魅了されつつある。
ただし、それは彼女を一人の楽士として認めつつあるというだけ。それだけのことだ。それ以上でもそれ以下でもない。

今日もまた笛でも奏でるのだろうか、とバルコニーに出てみたが、何も聴こえてくる様子はなく、少し気になって目を凝らしてみるとバルコニーの縁に手をかけて景色を眺める姿がぼんやりと見えた。
驚いたことに、いつも欠かさずかぶっているフードを今日は外しており、普段は横髪しか見えない髪が頭部まであらわになっていた。
残念ながらこちらに背を向けていたため、顔までははっきりとはわからなかったが。

水を飲むついでに遊覧飛行をしていたと嘘をついて彼女の側に行き、フードに手を差し込むと、羽毛越しに柔らかな頬の感触が伝わってきた。
思えば人間の顔なんて初めて触れたかもしれない。

フードなんて被っている時点で何となく後ろ暗い事情があることは察しがついていたが、彼女の耳の形状はほかの人間たちのように尖っておらず、丸みを帯びていた。
人間をそんなに多く見たことがあるわけではないが、一目でめずらしい形状であることはすぐわかった。

他人と特徴が異なるからといって素顔を隠さなければならないなんて人間は息苦しい生き物だ。

思ったことをそのまま述べただけだが、僕の何気ない一言が彼女の胸には深く刺さったようで、この日から彼女の僕を見る目がずいぶん変わった。
以前よりもあたりが柔らかで、それどころか……彼女からは、僕への恋情を感じ始めている。

同胞の女からたびたび向けられるそれとはやや性質が違うようには思うが、この感じは、間違いなく恋慕、だと思う。

しかし、まさか人間から好意を向けられる日が来ようとは夢にも思わなかった。
どう対処すべきか……。いや、考えても仕方がないな。ひとまず今は様子を見守ることとしよう。

(2021.6.29)

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