記念文

甘い想いはアメとともに閉じ込めて

甘。夢主視点。トリップ夢主。
未知なる文化への興味から夢主の故郷の話に花を咲かせる女子3人(ゼルダ、ミファー、夢主)。
話題はいつしか恋愛の話に転がり、バレンタインの話に。

※ハイラルにはバレンタインがないがお菓子言葉はある、というていで書いてます。


 
コモロ駐屯地での訓練あと。
その日の午後は特に任務もなく、姫様とミファーに誘われ、門前宿場町で休息を取ろうということになった。
宿場町というくらいだから当然宿屋が多いが、ちょっとした休息に立ち寄る客のためのティーハウスや酒場なども点在しているようだ。
姫様は時の神殿での礼拝の折、城への帰還の前に一服していかれることがあるらしく、御用達だという店に案内された。

側付きの兵士たちに待機を命じると、「さあ、ついてきてください」と嬉々として先導する。
ミファーも興奮を隠しきれない様子でソワソワとあたりを見回している。
女子3人でゆっくりお茶をするなんて本当に久々だ。私も心が弾んで仕方がない。

「いらっしゃい」

入店すると、気の良さそうな初老の男性店員がにこやかに声をかけてきた。
店員は会釈する姫様に何かを察したように頷くと、こちらへどうぞ、と少し奥まった角の席に案内した。
各地に自ら赴くほどアクティブに活動しているせいで忘れかけていたが、この方はあくまでも一国の王女様なのだ。ほかの客の注目を集めないにこしたことはないだろう。外に兵を配備しているとはいえ、敵の目もあるかもしれないのだ。

けれど、席に着くなりメニュー表を広げて目を輝かせる二人と店内に漂う甘い香りに、そんな思考も砂糖のように溶かされてしまう。

「さあ、アイ。何にしましょうか?」

私にも見えるようにメニューを広げた姫様の心遣いに癒されながら、肩を寄せ覗き込む。

「そうですね、私は……」

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頼んだケーキはあっという間に胃に消えてしまった。
まだ舌の上に残る香ばしさと甘みが消えてしまわないように、少しずつ紅茶を口に運ぶ。

カップをソーサーに置きながら、ふと、姫様が何かを思い出したように「そういえば」と顔を上げた。

「お菓子と言えば……花言葉というものがあるように、菓子言葉というものがあると侍女たちから聞いたことがあります。彼女たちの話によると、お菓子によって込められる意味が異なるのだとか」

「わあ、何だかすごく素敵!」

シトリンの瞳を期待に輝かせるミファーに微笑ましげに頷くと、姫様は小首を傾げて私を見つめてきた。

アイは以前、ハイラルの外界で暮らしていたのでしたね。そちらの世界にも、菓子言葉のようなものはあるのですか?」

「あまり詳しくはないですが、バレンタインのときに意中の相手へのプレゼントとしてお菓子を選ぶ際、良いとされるものとそうでないものがあるとは聞いたことがあります」

「バレン、タイン?」

二人の表情に疑問が浮かんでいるのを見て、ハイラルにはバレンタインの風習がないということを思い出す。
元いた世界のことを聞かれるたびに思うことだが、自分にとっての常識を改めて説明するのって本当に難しい。
すでに私が別の世界から来たことは仲間内では周知のことなのでありのままを話せばいいのだとは思うが、迂闊に口を滑らせて向こうの世界に関わることを口にしてしまったら、追究したがりなこの姫様のことだ。延々と説明させられる羽目になるのが目に見えている。

「はい、私の元いた世界では定番の恋愛イベントです。とはいっても、祝い方は国によってさまざまで、文化圏ではない国もあるようですが……。私の故郷では女性が意中の男性や友人、職場の同僚などにチョコレートやカップケーキなどのお菓子をプレゼントしてお祝いをしていました」

「チョコレート、というのはハイラルでは聞いたことがないですね。どのようなお菓子なのですか?」

やはりそうくるか。腕組みをしつつ言葉を捻りだす。

「チョコレートというのは、甘くてほろ苦い濃厚な味わいのお菓子で、カカオという植物を加工して作られます。そのままでも食べられるのですが、クッキーやケーキに混ぜ込んだり、溶かして飲み物にしたり、いろんなレシピがあってですね……」

異国文化への関心から耳を傾ける姫様と異なり、彼女のとなりで熱心に私を見つめるミファーの目は興奮と期待で潤んでいる。
無理もない。将来リンクに渡すべく密かに服を仕立てているというが、日ごろの彼女を見ている限りじゃ、彼の前だと気後れしてちょっとしたプレゼントの一つも渡せていないのだから。
ただでさえ恥ずかしがり屋なミファーには、こうしたとっかかりでもないと難しいんだろう。
まあ……かくいう私も、彼女と同じようなものだけど。

ティーハウスをあとにし駐屯地へと帰還すると、別れ際に姫様に呼び止められた。
先に自室へと戻って行ったミファーを見送るなり、姫様に耳打ちされる。

「先ほどは人目があったので控えましたが、アイ……リーバルのことが気になっているのでしょう?」

「えっ!」

驚きのあまり言葉に詰まる。
今まで誰にも打ち明けたことがないのに、どうして姫様が知って……?

言葉にできず姫様を見つめると、彼女はやっぱり、と微笑んだ。

「見ていればわかります。あなたはいつも彼を目で追っているもの」

「そ、そんなにわかりやすいでしょうか、私……」

「……彼も気づいているのではないでしょうか」

「ええっ!?」

それは困る。けど、確かに目はよく合うかも……?いや、本当に気取られてたとしたら恥ずかしすぎて今度からまともに顔が見られない!
などと悶々と浮かべているところに、姫様はおかしそうにクスクスと笑う。

「冗談です」

「姫様……!」

本当に冗談なのか悪びれもせず目じりを下げる彼女に顔をしかめると、からかいすぎたことを申し訳く思ってか、姫様は何か言いたそうにこちらを見つめてきた。
しかし、どうかしましたか?と伺うと、誤魔化すように首を振った。
そして、何か思い立ったように持ち物を探ると、とろみのある黄金色の液体が入った小瓶を取り出した。

「それは?」

「ガンバリバチのハチミツです。あなたに差し上げようと思って取っておいたものです」

「そんな貴重なものを私にですか?」

「本来は討伐任務の際に持たせるつもりでいたのですが、今がお渡しすべきときだと思いましたので」

含みのある言い方に引っかかりを覚えつつ相槌を打つ私に、姫様は続ける。

「先ほどバレンタインの話を聞いて思い立ったのですが、このハチミツでアメを作って彼にプレゼントしてはどうでしょうか」

「ええっ!プレゼントだなんて、いきなりハードルが高すぎます!雑談さえまともにしたことがないのに……!」

「そこを乗り越えるのです。でなければ、このままではいつまで経っても距離を埋められませんよ。まったく、あなたといい彼といい……」

「え?」

「とにかく、気を構えるのです」

「はあ……?」

何がなんだかよくわからないまま、姫様に急かされるまま私は厨房へと向かった。
人がいたら適当に理由でもつけて無理だったことにしてしまえばいいだなんて都合よく考えていたのに、こんなときに限ってまだ人の立つ気配はない。
調理台にもたれて息をつき、ハチミツの小瓶とレシピを取り出す。
姫様のお節介にはたびたび振り回されてきたけれど、今回はいつにも増して強引だった。
けれど、彼女のそんなところにいつだって助けられてきた。今回だって、背中を押されなければここに立ってさえいなかったのだ。

ハチミツアメが無事に完成したら、彼に……リーバルに話しかける……。

そのシチュエーションを頭に浮かべただけで顔が熱くなる。
本当に大丈夫だろうか。弱気になりかけた頭を振り、気持ちを鼓舞する。せっかく作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。

それに、アメを渡すだけで別に告白するわけでもないのだ。差し入れを渡すのと何ら変わらない。

「よし……!」

炉に薪を置き火をおこし、手鍋にハチミツ入れ火にかける。
火が通りはじめると、ブツブツとハチミツの表面が立ち始めた。
蜜の焦げる甘い香りがふんわりと立ちのぼり、ティータイムの充足していたひとときを思い出した。

揺らめく炉の炎のなかに、彼の姿を浮かべる。
雪のように冷やかで鋭利な眼差し。
決して崩れることのない強い信念を孕んだあのグリーンの瞳に心を射られたのは、いつからだろうか。
きっかけはもう思い出せないけれど、気づけばいつも目で追っていた。
いつか話しかけてみたい。思うばかりでいざとなると声をかけられず、結局いつも遠くから見つめるだけ。

それでもいいと思ってきたけれど、心の隅には、それ以上を望む自分がいる。
私が勇気を振らなければ、今と何も変わらないんだ。

「受け取って、くれるかな……」

痛いほどに鼓動を打つ胸を抑えるように木べらを握り締め、ハチミツを掻きまわす。

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駐屯地の常駐兵にリーバルの姿を見かけなかったか尋ねたところ、今しがた訓練を終え外に出て行ったところだという。

外へ向かい、夕闇のなか余光とほのかに光る月明かりを頼りに辺りを見回す。すると、少し離れた木にもたれたリーバルの姿を見つけた。
余程激しい訓練だったのか、人一倍持久力の高い彼にしては珍しく息が上がっている。

アメの入った小袋を握り締めると、意を決して側に近づいていく。
草を踏みしめる音が嫌に大きく響く。近くに魔物が潜んでいたら即刻気づかれてしまうに違いない。

「り、リーバルッ!」

勢い余って、声が上ずってしまった。
はっとこちらを振り見たリーバルの顔が驚きに染まる。

「……君か。急に大きな声で呼ばれるもんだから驚いたじゃないか」

「ご、ごめんなさい」

リーバルは軽く鼻息をつくと、腕を組んだ。
少し不機嫌そうな顔つき。タイミングを誤っただろうか。

そろりと見上げると、彼もこちらを見据えていたらしく視線が絡む。
薄暗闇のなか淡く煌めくその目は夜光石のように美しく、つい引き込まれそうになる。
今すぐにでも立ち去りたいくらいに緊張しているはずなのに、なぜか目が離せない。

言葉も発せずにいると、彼の視線がちらりと私の手元に注がれ、もう一度こちらを見た。

「まあ、いいさ。そんなことより、僕に何か用があって来たんじゃないのかい?」

「はっ……え、ええと……」

いざ目の前にして、急に気持ちがブレる。
こんないきなりラッピングありのプレゼントなんかして、変に勘づかれやしないだろうか。
そもそも最初のジャブなんて何気なく声をかけてあいさつするくらいがちょうど良いのでは?

「お……お疲れのようだったので、一声かけようかなって……」

「ふーん。それはどうも」

探るような視線。だめだ、会話が続かない。

「あの……それじゃ、そろそろ……」

会釈をしその場を立ち去ろうと背を向ける。

「待ちなよ」

ぎこちない動作で振り向く。
大きな手が急に目の前に迫ったことに驚いて、一瞬何が起こったのかわからなかった。
あっと声を上げる間もなく手のなかのものを奪われてしまっていた。
彼の指先で摘ままれた小袋に、さっと血の気が引く。
しげしげと角度を変えながら小袋を眺めていた視線が、おもむろに私に向けられる。

「大方僕にこれを渡しに来たってところか」

ひゅっと呼吸が詰まる。

そうです、と口にできるはずもなく、恐るおそる頷くのが精一杯だった。

「包みの中身は……小瓶か。ご丁寧にリボンまでかかってるし、贈り物とみて間違いなさそうだね」

確信めいた笑みに、頭がクラクラしてくる。そんな言い方、すでに気持ちは伝わってしまってるようなものだ。

「……ハチミツアメです。その……さっき作ってみました」

「へえ。鎌をかけてみたけど、やっぱりそうなんだ」

策士だ。笑いを堪えるように翼でくちばしを隠す仕草に、顔が熱くなる。

「ひ、人が悪いですっ」

「悪い悪い。こういう性分なんだよね、僕」

茶化すような口振りの彼に、唇を噛みしめて羞恥に堪える。そんな私を横目にリーバルが目じりを下げると、リボンの結び目を引き、包みから小瓶を取り出した。

「へえ……綺麗じゃないか」

率直な感想に、ごくりと唾をのむ。アメについての感想であって決して私の容姿に対する言葉ではないはずなのに、彼の目が時折ちらりとこちらに向けられるせいで勘違いしそうになる。
しなやかな仕草で取り出されたアメが、彼のくちばしに運ばれていく。

「どう、ですか……?」

「甘いけど、ま、悪くはないかな」

口ではそう言いながらもゆっくりと味わうように閉ざされた目に、お気に召したようで安堵する。
赤い縁取りは、目を閉ざすとまぶた全体を覆っていることに初めて気づく。
紺の羽毛に濃い色の赤が映えて、男性なのにどこか中性的で、とても美しい。
こんな間近で彼を拝める日が来るなんて。今日だけで、どれだけの運を使ってしまっているのだろう。

それに、さっきまで渡すのさえ躊躇していたはずのものが、今は彼の手のなかにあるのだ。
無事こうして話しかけられただけで、もう十分過ぎるほどの幸運だ。
今日は良い夢が見られそうだな……なんて思いながら上り始めた月を拝もうと顔を上げたところで、急に視界が暗くなった。
何かに覆われたかと思えば、次いでふかふかとした柔らかい感触に背後から包み込まれる。
それがリーバルの腕だとわかったのは、ふわりと漂うハチミツの香りがしたからだ。
どくどくと脈打つ心臓の音が自分のものではないことに気づいたとき、はあ……と艶のある低く深いため息が首に吹きかけられた。また甘い香りが鼻孔をくすぐる。

「まったく、あの姫もなかなか回りくどいことしてくれるよね。こんな意味深なモノ・・・・・・まで用意させちゃって。君が無理にアプローチを仕掛けてこなくても、追々僕から声をかけてあげるつもりだったのにさ」

その言葉に、真意を尋ねる勇気は出なかった。
けれど、私をきつく締める腕こそが彼の想いなのだろう。
その腕にそっと手を重ねると、心まで重なったような気がして、密かに気持ちが高ぶってゆく。

「アメ、まだ残ってるね。君も食べるかい?」

「は、はい……!」

私を解放しアメの小瓶を差し出してくる彼。
傾ける仕草にアメを受け取ろうと差し出した手は、強い力に引かれた。

わけもわからないままあごを掴まれ、彼の顔が思わぬほど近い位置にあることを認識したときには、口腔内に舌を差し込まれていた。
彼の舌を伝い、とろりとした甘い味が口いっぱいに広がる。
アメを転がすような舌遣いに腰が砕けそうになるが、震える足を踏ん張り、彼の腕にしがみつく。
ようやく解放されたときには、私はすっかり息が上がっていたというのに、リーバルはしてやったりな顔なんて浮かべて余裕綽々なのが何だか悔しい。
ころりと歯に硬いものがあたり彼の口のなかのアメがこちらに移されたのだとわかる。

口を押さえながら抗議の眼差しを送ると、リーバルはあざけるような笑みを浮かべ飄々と両手をかざした。

「誰も小瓶に残ったアメをあげるなんて一言も言ってないけど?」

「い、いきなりキス、するなんて……ずるいです……!」

「おや、不服かい?」

伏し目がちに甘い声色でそんなことを言うもんだから、それ以上何も言えなくなる。
ふるふると首を振って応えるとふたたびあごに手を添えられ、くちばしの先が近づく。

「それじゃ、好きにさせてもらうよ」

期待に震える肩を抱きすくめられ、甘い熱でじんわりと溶けた蜜の味が舌に広がり、胸いっぱいの幸福を堪能する。
とろけるような甘さが絡むたびに彼から想いが伝うように、私の想いも伝いますようにと願いを込めて。

終わり

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飴のお菓子言葉:「あなたが好き」「愛情が続きますように」「あなたと長く一緒にいたい」

(2024.2.5)


 

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