甘。夢主視点。恋人設定。
些細なことからリーバルと喧嘩をしてしまう夢主。
言い過ぎたことを後悔する夢主は、テバ夫妻にどうすれば仲直りできるか相談する。
しかし、それが災いしてリーバルに誤解を与えてしまい……。
※パラレルもの。リーバルと夢主が、ブレワイ本編のリトの村の住人たち(100年後の方々)と一緒に暮らしてるという設定です。
「リーバルなんて、大嫌い!」
思わず口を突いて出た失言に、驚愕に見開かれたリーバルの翡翠に悲痛の色が浮かぶのを私は見逃さなかった。
その目が鋭利に細められ、冷めきった視線に変わる。
すっと向けられた背を目にした途端、怒りは一瞬にして後悔に変わった。引き留めようと伸ばしかけた手は、彼が重々しく口を開いたことにより止まる。
「ああ、そうかい。僕だって……君のことが嫌いだよ」
淡々と突き返された言葉に、引き裂かれるような痛みが胸に走る。自分が投げた言葉と同じ言葉を投げ返されて、初めて彼を深く傷つけてしまったことに気づかされた。
リーバルは何も言葉を紡げず口を閉ざした私を肩越しに一瞥し、荒々しく両翼をはためかせて青天の空へと飛び立ってしまった。
彼が散らした紺と白の混色の羽が、手のひらにそっと舞い降りてくる。
何てことを言ってしまったのだろう。彼を嫌いになるなんて、あるはずもないのに。
怒りに任せて心にもないことを言ってしまった自分の愚かさに、深い悔恨のため息が漏れた。
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「なるほど、そんなことが……」
あぐらのなかで眠るチューリの頬をなでながら、テバはあごに手を添えて、ふうむ、と唸った。
「どうしよう……。私、リーバルに酷いことを……」
「心配するな。男の怒りなど一時的なものだ。リーバル様は少々気が立ちやすいお方だとは思うが、些細な喧嘩なら怒りが長引くことはないだろう」
ふっと笑うテバに、イチゴの盛られた器を手にしたサキも、そうですよ、と微笑み、かたわらに腰を下ろした。
どうぞ、と目の前に置かれたイチゴは摘みたてらしく、軽く水洗いされた実がみずみずしく光っている。
「あれでもアイさんに対してはずいぶんと寛容なんじゃないかしら」
「そうなんでしょうか……」
「近すぎて気づけないだけですわ。はたから見ていれば、とても仲睦まじく見えますよ」
クスクスと淑やかに笑うサキの言葉に、気恥ずかしくなるが少し気持ちが楽になる。
「修復のきっかけがほしいというのなら、贈り物をするというのはどうだ?俺も家内の機嫌を取るためによく花を贈るしな」
「あなたは花さえ贈ればいいと思っているでしょう」
「む……」
二人の痴話げんかに苦笑が浮かぶ。けど、テバの言う通り贈り物は名案かもしれない。
まだリーバルとはお互いに何かを贈り合うということをしたことがないからだ。
「リーバルは、どんなものなら喜んでくれるんでしょう?」
「一番喜ばれるのは弓の備品や装飾品だろう」
リーバルの姿を思い浮かべ、げんなりする。
何事も一番でないと気が済まない彼は、人一倍身だしなみにもこだわりを感じる。
身につける装飾品の一つひとつは、色やかたちに至るまで抜かりがない。
私の悩む様子を察してか、テバはおかしそうに笑うとさらに言葉を添えてくれた。
「相手が欲するものを用意するというのも結構だが、それよりもリーバル様のことを想い贈り物を選ぶひとときのほうが大切だと俺は思うがな」
彼の言葉に、深く感銘を受けた。彼のことを想って、か。すごく大切なことのような気がする。
リーバルも今、私のことを考えて頭を悩ませてるのかな……。
「テバさん、サキさん。もしよかったら、一緒に選んでもらえませんか?初めての贈り物なので、慎重に選びたいんです」
「俺は構わんが……」
テバがサキに視線を寄越すと、彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「せっかくなのでご一緒したいところですが、チューリを預けていくわけにはいきませんし。……あなた、付き添って差し上げて」
「ああ。そうだな……タバンタ村の装飾品店にでも行くとしよう」
お願いします、と頭を下げると、気にするな、とポンと頭に片翼を乗せられた。
リーバルのしなやかな手のひらとは違って、無骨な手のひら。
ほんの少し離ればなれになってるだけなのに、こんなちょっとしたことでもう寂しくなっている。
贈り物を用意したら、真っ先に会いに行こう。
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目移りし過ぎたせいで、装飾品店を後にするころにはすでに陽が傾きかけていた。
なかなか決めかねる私に根気強く付き合ってくれるテバは、さすが一子の父親だと感じた。
リーバルだったら途中でしびれを切らして、まだ決まらないの?僕は先に外に出てるからね、とさっさと店を後にしていたことだろう。
「テバさん、ありがとうございます!これを渡して、ちゃんとリーバルに謝ります」
「リーバル様もお前が心を込めて選んだものならさぞお喜びになるだろう。きっと許して……」
朗らかに笑んだ彼の顔が、焦燥に引きつった。
その視線を追って振り返った私は、物々しい剣幕で仁王立ちするリーバルに驚き目を見張った。
「リーバル様!」
テバに名を呼ばれたリーバルはギロリと鋭い視線をテバに送ると、その視線をそのまま私にも向けてきた。
「アイ、テバ。何で二人が一緒にいるんだい」
私と口論になったとき以上に低められた声に、ぞくりと背筋が冷える。
「リーバル、誤解しないで!私……」
「リーバル様、アイはあなたのことを思って」
「ああもう、二人して何だよ!そんな必死に弁明するなんて余計怪しいじゃないか」
誤解を解こうと咄嗟に開いた口がテバと重なり、それがまたリーバルの火に油を注いでしまった。
良かれと思ってやったことが、全部裏目に出てしまう。ただ、仲直りがしたいだけなのに。
「アイ、君には失望したよ。まさか僕以外の男の背に乗るとはね」
「リーバル……ちがう……!」
慌てて彼の側に駆け寄ろうとするが、腕を掴む手前で彼は再び中空へと舞った。
彼が高く飛べば飛ぶほど、今の私たちの心の距離を表しているようですごく悲しくなった。
「アイ、すまなかったな。俺が浅はかなばかりにリーバル様に余計な誤解を持たせてしまった。ここはやはりサキに付き添わせるべきだったか……」
「いいえ、テバさんは悪くありません。私が気づくべきでした。帰りは馬で帰ります」
「しかし……」
「いいんです。テバさんは先に帰られてください」
「十分気をつけるんだぞ。街道沿いとはいえ必ずしも安全というわけではないからな」
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タバンタ村で馬を借り、リトの馬宿に預けるころにはあたりはすっかり暗くなっていた。
一人でタバンタ村を往復したことは何度かあるけれど、灯りのない道を女一人で往くのはさすがにちょっと怖かった。
ようやく見慣れたつり橋に差し掛かったころには、リトの村の灯りもぽつぽつ落ち始めていた。
「アイ!」
四つ目の橋を渡り終えたころ豪風とともに声がかかり、声のしたほうを探しているうちに、血相を変えたリーバルが急降下してきた。
彼が降り立った拍子に地面から舞い上がった枯れ草を遮っていると、その腕を強い力で取られる。
「リーバル、痛い……!」
こちらには見向かず、村の門の外れの茂みにずんずんと引かれていく。
村の灯りから外れ木立に紛れたころ、ようやく腕を掴む手を離してくれた。
数歩先で立ち止まった彼は、癖のように後ろ手を組んだが、片翼の甲を掴むもう片方の手がギリ、と固く握り締められている。
その手が怒りを堪えているように見て取れ、不安感を紛らすように服の裾をきゅっと掴む。
「今まで何してたんだい」
こちらに背を向けながら、肩越しに問いかけられ、ごくりと固唾を飲んで慎重に答える。
「あれからすぐタバンタ村を出て、たった今帰ってきたところだよ」
「テバはどうしたのさ」
「先に帰ってもらったの。飛行訓練場に向かうと言ってたけど……」
どうやらリーバルはタバンタ村から戻ったきり村にずっといたようだ。
見開かれた目でこちらを見やるが、呆れ気味に歪められたあとすぐに視線は逸らされてしまった。
リーバルは、気だるげに片翼をかかげながら、怒りをにじませため息交じりに続ける。
「一人で帰ってきたっていうのかい?」
「タバンタ村なら一人で往復したことがあるし、馬と一緒なら大丈夫かなって……」
「夜は昼間より危険なんだぞ。道中魔物や獰猛な野生動物に襲われでもしたらどうするつもりだったんだ!」
ようやく振り返った彼は、今までにないほど逼迫して見えた。
早くいつも通り普通に話がしたいのに、今日はことごとくすれ違ってばかりだ。
「あんなに怒らせてしまうくらいなら、リーバル以外の背中にはもう乗らないほうがいいと思ったの」
「あれは、勢いでああ言ってしまっただけだ!……君ならそのくらい、わかってるはずだろ」
彼の言葉に覇気がなくなる。それもそうだ。彼の言葉の一つひとつを受けているあいだにも、私の目にはいっぱいの涙が溜まってしまっているのだから。
こんなときに泣いてしまうなんて、本当にずるい。リーバルが涙に弱いことを知ってるからこそ、なおのこと。
思った通り、彼はすたすたと早足にこちらに向かってくると、翼を広げて私をすっぽりと包んだ。
「馬鹿な真似はよしてくれ……」
こめかみにくちばしを擦りつけながらささやかれた声は、もういつものリーバルだった。
ちょっと意地悪で、厳しくて、優しく澄んだ声色。
「ごめんなさい……っ」
ぼろぼろと涙をあふれさせながら必死にしがみつくと、押しつぶされそうなくらい強い力でぎゅっと抱きしめながら、僕もごめん……と彼はつぶやいた。
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木陰に並んで腰を下ろし、満月を眺めながらリーバルがおもむろに口を開いた。
「それで……なんでテバとタバンタ村なんかに行ってたんだい?」
あんなに素敵な村を”なんか”呼ばわりする彼に苦笑を浮かべながら、ぽつぽつと事情を説明する。
「リーバルにどう謝ればいいかってテバさんとサキさんに相談したら、贈り物をすれば喜んでくれるんじゃないかってアドバイスをくれて。タバンタ村まで付き添ってもらってたの」
ちらりとこちらを見下ろした目がすっと座る。
「ふうん……。気に入らないね。わざわざ贈り物なんか用意しなくたって、さっさと謝りに来れば良かったものを」
乱暴な言い草に少しむっとする。
「そうしたかったけど、リーバルが何度も空に逃げるから……」
「はあ?別に逃げてないだろ」
「話を勝手に終わらせて去ることのどこが逃げてないって言うの」
「ただ面倒になったってだけさ。あのまま一緒にいたら余計に腹を立てて不必要なことまで言ってしまいそうだったからね。……まあ、すでに言ってしまったけど」
「……私は!」
声を張り、こぶしを強く握りしめる。
「早くリーバルと、仲直りがしたかった。ほんの半日気持ちが離れてるだけでも、すごく……寂しかった」
「アイ……」
リーバルの翡翠が、月明かりにきらきらと輝いて、私をじっと見据える。
澄んだ眼差しがどうにもくすぐったくて、ぎこちない笑みを浮かべると、懐を探り、小さな包みを取り出す。
包装紙を広げると、手のなかをのぞき込んできたリーバルは目を瞬かせ、ぱっと顔を上げた。
「これを僕に……?」
「もらってくれる?……仲直りの印に」
リーバルは目尻を下げると、腰の巾着を探り、指で何かを摘まみだした。
「だったら、物々交換といこうじゃないか」
そう言って広げられた包装紙は、タバンタ村で私が訪れた店と同じものだった。
「これ……!」
「おそろい、だね」
互いの手のひらには、同じ型の翡翠のお守りが、月の明かりを微かに取り込んで、煌めきながら並んでいる。
終わり
(2021.6.26)
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★あとがき&ナツ様へ
こんにちは!夜風です。
長編「天翔ける」で一瞬だけ登場したテバをどこかで再登場させられないかと考えていたところに、ナツ様から「テバと夢主が仲良しでリーバルがその様子にヤキモキしてる」ようなお話はどうかと案をいただきました(*’▽’)
ナニソレ素敵…!と意気揚々と書き始めたもののテバの口調で詰まりました(笑)
リーバル様には敬語でも夢主には何となくリンクに対する感じで話してほしくて、タメ口で話させてみたものの、こんな喋り方だったっけ?と書き終えるまで悩みました。あんなんだっけ?
いずれ連載予定の長編ではテバをたくさん出す予定なので、それまでに彼の口調も研究しておこうと心に決めました。あとほかのリト族たちも(とはいえリンクに対してほとんどが敬語だしな…どうしよ…)
サキさんをほっぽり出してチューリと飛行訓練場に入り浸りなテバさんはきっと女泣かせだと決めつけ「俺も家内の機嫌を取るためによく花を贈るしな」というセリフを言わせてみました(笑)
日中はいい父ちゃん→チューリが寝静まったころにサキさんと杯を交わしながら二人っきりで大人の時間を楽しんでるといいですね(妄想)
ナツ様、いつも甘々なアイデアをありがとうございます(*´﹃`*)♡
貴重な案をしっかりとかたちにできているかはわかりませんが、今回もにやにやしながら書かせていただけたことに深く感謝…!
夜風より