甘。夢主視点。
とある日の調査にて体調を崩したゼルダの療養のため宿を取った一行。しかし、宿に滞在中突然の雷雨に見舞われる。
雷が大の苦手な夢主は、反射的に間近にいたリンクにしがみつくが、それを目の当たりにしたリーバルの逆鱗に触れてしまう。
はじまりの塔の調査に赴いた日。
途中でゼルダが体調を崩し、この日の調査を見合わせしばらく宿場町で休むこととなった。
「御ひい様には私がついてるから、アイは二人に状況を説明してきてくれるかい?」
途端に身がこわばる。あの部屋には、彼ーーリーバルーーもいるからだ。
「それに、今頃二人きりでギクシャクしてるだろう」
ギクシャクではなくギスギスでは……。
リーバルはウルボザやダルケルの言葉はまだ素直に聞き入れる余地があるが、私がなだめたところで鎮まるかどうか。
今頃終始無言かリーバルが一方的に話しかけているかのどちらかの状態なんだろうな……と嫌な予感と、はやる気持ちを募らせながら二人が滞在している部屋に向かう。
この厄災との戦いをきっかけに知り合って、任務をともにするうちに、彼の凛としたたたずまいに、堂々たる声色に、風のように舞う弓使いに心惹かれていった。
次第に打ち解けて気軽に話ができるほどの仲にはなれたものの、二人で話している最中、平静を装っているが胸中はいつも大嵐だ。
ほかのメンバーと私に対する接し方に変化はないように思うが、話がしやすいと思ってくれているのか頻度は高いように感じる。
だからこそ、今はこの距離感が崩れるのも、私の想いを一方的に気取られるのも怖い。
「君がもっと姫のことをちゃんと見てさえいれば、こんなことにはならなかったんじゃないの?」
「おかげで足止めを食らうし、こうして君と二人きりでぼさっとしてる暇があるなら弓なり神獣なりの鍛錬に充てたほうが断然有意義だよね」
部屋に近づくにつれ、案の定くぐもった声が扉越しに聞こえ始め、ため息をつく。
彼らの部屋を怪訝そうに振り返る客に、心の中ですいません、と詫び、ノックをする。
どちら様?今取り込み中なんだけど、と部屋の戸が乱暴に開かれ身を引く私に、眉間にしわを深く寄せていたリーバルの眼差しが少し緩み、不覚にもどきりとする。
「何だ、アイじゃないか」
入れば?と促されるまま中に入ると、壁際に立ち竦んだままのリンクと目が合う。
彼は私に気づくと、ふいに柔和な笑みを浮かべた。
「えっ……」
リーバルにあれだけボロボロにけなされても表情一つ変えないリンクが笑った……?
これにはさすがのリーバルも信じられない、と言いたげに目を丸くしているが、その表情が険しくなったところからみるに、先ほどとは打って変わった態度に余計腹を立てているのだろう。
初めて見る彼の笑顔に戸惑いつつも、ひとまずは用件を伝えるべく彼のそばに向かう。
「……姫様は?」
「先ほどお休みになられました。今はウルボザが様子を見てくださってます。
まだ熱が高いので、今日はこのまま宿泊することになるかと」
「はあ?こいつと朝まで二人きりなんてごめんだよ。一緒の部屋で寝るくらいなら外で寝たほうがまだマシ……」
その瞬間、窓の外がまばゆい光で埋め尽くされたかと思うと、宿の壁がビリビリと揺れるほどの轟音が鳴り響いた。雷だ。
「わあっ!!」
驚きのあまり目を閉じ、手近なものにしがみつく。
私は雷が大の苦手だ。子どものころ外で遊んでいた際に近くの木に雷が落ちたことがあって、以来遠雷を見るのも怖くなってしまったのだ。
「……大丈夫?」
頭上からかけられた声にはっとして見上げると、目と鼻の先にリンクの顔があり、顔に一気に熱が集中した。
無意識にリンクにしがみついてしまったようだ。誤解を生みかねない行動に、リーバルに見られてしまったことに、血の気がさっと引いていく。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて身を引こうとすると、腕をぐいっと引かれ、肩口に頭を押し付けられる。
とくん、とくん……と静かに脈打つ鼓動。汗のにおいに混じってリンクの香りがする。
「リ、リンク……!?」
突拍子もない行動に驚き見上げるが、不敵に口元を歪めたリンクの視線は、なぜか真っすぐリーバルを捉えている。
彼はなぜ私を抱きしめているのか。リンクとはそれほど親しく話をしたことも、好意と受け取れるようなアプローチを仕掛けられたことも正直言ってない。
この状況を飲み込み切れないまま彼の視線を追った私は、ゾクッと背筋を凍らせた。
「お前……」
リーバルは今まで見たことないような殺意のこもった目でリンクを射抜いていた。
「何も言い返してこないと思えば……それは日頃の僕への当てつけか?本当に嫌な奴」
どうしてリーバルがここまで怒るのか。その理由を考え、心臓が早鐘を打ち始める。
頭が混乱しながらも、ひとまず離れようとリンクの胸を押すが、肩を掴まれぐっと抱きしめられた。
「離せ!!」
声を荒げたリーバルにびくりと肩を震わせる。
羽毛に包まれた手に腕をぐいっと無理に引かれて、今度はリーバルの胸に収まった。
私の背中を覆うほど大きな彼の片翼に抱きしめられてぴたりと体が密着する。
リト族特有の高い体温とふわりとした羽毛の感触。風と汗と、ほのかに香る……リーバルの、におい。
胸当ての硬い感触の向こうに、どくどくと激しく打つ鼓動を感じ、つられるように私の鼓動も速くなっていく。
「君には渡さない。絶対に」
より強く私の肩を抱く手のひらが、熱い。それよりもさらに強い力で心臓が鷲掴みにされたようにぎゅうっと締め付けられる。
このまま抱きしめ返してしまいたい気持ちを押し込めて服の裾をやんわりと掴む。
そろそろと見上げたリーバルの瞳孔がきゅっと細められ、驚いたような顔で私を見下ろしたと思ったときにはすでに顔を反らされていた。
すっと離れていくぬくもりが少し寂しい。まだ鼻腔に残る彼の香りにくらくらする。
ぼうっと見つめていると、ふいに腕がぐっと掴まれ、引かれるがままに部屋の外に連れ出された。
後ろ手に私の手首を引いていくので、彼の表情はわからない。
私の腕を掴む手にも、その後ろ姿にも、いつもの澄ました彼とは違う手荒さが伝わってきて、ただこの流れに従うほかない。
廊下の突き当り、備蓄品の木箱が積まれたところまで連れて来られ、奥に押し込まれる。
木箱のあいだを縫うようにしてこの狭いスぺースにリーバルも入り込んできたため、壁と彼に挟まれるかたちになってしまった。
その目は、先ほどリンクに向けたときほどではないが険しく、明らかに怒っているのが見て取れる。
今まで皮肉な言動はあれど私には比較的穏やかで、ここまでの怒りを彼から向けられたことはなかった。
豹変した顔つきが怖いはずなのに、こんなときでさえ私の心は彼の眼差しに射止められ釘付けになってしまう。
秘められた激情に、ますます、好きになっていく。
「……あいつのことが好きなの?」
微かに伏せられた赤い縁取り。苛立ちとも、哀情とも取れるトーンに、私は即座に首を振った。
「だったら、何で……」
そのとき、リーバルの後ろの窓が点滅し、彼の翡翠の髪飾りが白んだと思った瞬間、再び空が轟音を響かせた。
ガラガラ……と瓦礫が崩れるような音と地面をえぐるほどの落下音。建物を隔てても伝わってくる地響きに幼少期のトラウマがフラッシュバックして、堪えきれずひきつれた叫びを上げ頭を抱える。
「リンクにはしがみついたくせに」
怒りをかみ殺したようなその声とともに、体をふわりと包み込まれる。
両翼に耳を塞がれ、彼の心音のリズムだけが私の頬を通して直に響いてくる。
彼の体をたどって腕を腰に回し、きつくしがみつく。
“すき”
すでに彼の気持ちもわかってはいるけれど、喉まで出かかった言葉を口にするのは、まだ勇気がいる。
「次、僕じゃなくあいつにしがみついたら、絶対許さないから」
彼の言葉に深くうなづくと、再び心音に耳を傾けた。
窓の外が光ごとに肩がびくりと跳ねあがり、そのたびにぎゅっと抱きしめ直してくれる。
雷が鳴り止むまで、彼はいつまでもそうして抱きしめていてくれた。
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「それで、リーバルをちゃんと焚きつけられたのかい?」
「……多分」
ウルボザは部屋に来るなり、廊下に気を配りながらこそっと耳打ちしてきた。
正直あれで良かったのか、俺にはわからない。
ただ、リーバルに嫌な思いをさせてしまっただけじゃないだろうかという不安はある。
「まあ、あいつの目の前で抱きしめるのはちょっとやりすぎたかもしれないね。ありゃあ、わざわざ嫌われにいくようなもんだ」
やはりあそこまでするのはまずかったのか。
けれど、目ざとい彼なら彼女の反応を見ていれば真意くらい見抜けはするだろう。
「何はともあれ、二人がくっつくのも時間の問題だろう。お礼に今度一杯おごらないとだね」
ウィンクを投げ寄越し、ウルボザは部屋を去って行った。
アイとリーバルの仲が進展してくれたなら何よりだが、これで彼との心の溝がより深くなってしまったのではと思うと、気が滅入ってくる。
またあのしかめっ面で罵られる未来が浮かび、人知れずため息をこぼした。
終わり
(2021.6.4)
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★あとがき&ナツ様へ
リーバルVSリンクの三角関係という素敵なお題をいただきましてですね!
二人にリベンジマッチしてもらおうかとか、リンクにも夢主を好きになってもらおうかとか、いろいろなシチュを浮かべたのですが、リンクに嫌われ役を買ってもらう、という流れに落ち着きました。
両片想いなのに煮え切らない二人に周りがお節介を焼いちゃうという展開がとても好きすぎて…!
こんな感じでよろしかったでしょうか?
末筆ですが、ナツ様!
このたびはリクエストありがとうございました!
今後ともよろしくお願いいたしますね。
夜風より