陽光の差し込む窓辺にゆったりと寄りかかったウルボザは、長いため息を吐き出すと、重たげな眼差しで調書に目を落とした。
「ーー通称、砂漠の月下。本名は不明。
異名の由来は”月夜に標的の元を尋ね、相手のよく見知る人物に化けて意表を突くだまし討ちの達人”であることから。
幼少期をはじまりの台地の神殿で過ごしたのち、ハイラル城下の没落貴族に引き取られる。
しかし、養子となり間もなく破産。一家離散の際、親族の手により人商に売り渡される。
奴隷として苛烈を極める生活を余儀なくされたのち、イーガ団の総長に買い取られ、以降団員としての任務をこなす日々を送る。
のちにイーガ団こそが自身の不遇の原因であることを知り、それに関与するとみられる団員数名を鏖殺。ハイラル全土を戦乱に陥れんと目論む。
しかし、事件の対策が各地にて講じられたことを受け、同志が離反したことにより計画は頓挫。
最後の望みをかけ、捕縛される覚悟のうえで、かつて妹のようにかわいがっていたアイとの再会を果たした、か。……何だか、やりきれないね」
彼女はワインの入った杯を軽くあおると、渋い顔でもう一度深いため息をついた。
砂漠の月下の収監をもって、ハイラル城下町とリトの村で勃発した一連の事件は収束した。
情報は号外として各地へあまねく頒布され、犯行について連日多くの非難が飛び交っている。
当然その主たる矛先は主犯格である砂漠の月下へ向けられたものだ。
これまでがどんなに不遇だったとしても、彼は人としての道を外れてしまったのだ。罪のない者の命をも多く失うこととなった今回の事件を思えば、世間的に同情の余地はないだろう。
しかし驚くことに、咎められる一方で、その境遇や犯行に至る経緯に対して深慮する見方も少なからず見受けられた。
この先幸せな人生を望むことさえ許されないほどの大罪を犯してしまったのだとしても、幾ばくかの救いがもたらされれば。そう一心に祈っていた私の声を神が聞き届けてくれたのかもしれない。
ハイラル城に帰還したのち、私はかつての砂漠の月下を知る者として聴取を受けることとなった。
一連の事件との関係性はないものの、聴取の内容が号外の内容にも偽りなく反映されたために非難一色にならずに済んだのだと信じたい。
けれど、これらはすべて私の理想論に過ぎない。
当の彼がこのようなかたちで経緯が明るみになることを望んでいるかは定かではないからだ。
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「リトの戦士リーバル。先般の城下での暴動について、そなたの忠誠と此度の任での活躍に免じ、不問とする。
これにより解任するとともに、そなたには恩賞を授ける。望みを口にするがよい」
すらりと伸びる白羽の頭頂部に掲げていた手を下げたハイラル王は、清々しい声で「面を上げよ」と命じた。
その声に応じ王の尊顔を見上げたリーバルは眩しげに目を細め、少し思案するように視線を逸らしたのち、思い切ったように口を開いた。
「……二つ、希望がある」
そのような申し出をされるとは思ってもみなかったのか、王は意外そうに目を見開いたが、快く頷いた。
「ふむ?……良かろう、申してみるがよい」
「一つは、村への復興支援をお願いしたい」
「あいわかった。して、もう一つは何を望んでおる?」
「……を……りたい」
「よく聞こえぬ。はっきり申せ」
促されたリーバルはくちばしを噛みしめて小さく呻いた。
しかし、しばし言いよどんだのち、眉間に皺を寄せながらもきっぱりと言い切った。
「この城の聖女を……アイを娶りたい」
(2023.10.01)