偏屈者と恋煩い

からかうのもほどほどに

甘。リーバル視点。
ハテノ地方にて、ゼルダたちとの合流を待ちつつ次の任務に備えて休息を取る一行。
陣営の準備をする最中、夢主とウルボザの話に聞き耳を立てていたリーバルは、思いがけず夢主の胸中を知り画策を練る。


 
ハテノ塔にて塔の調整にあたっているプルアに現状を伺うとのことで、姫と姫付きの騎士サマリンクは道中で別れた。
その間、ウルボザ、アイ、そしてこの僕の三人は、ハテノ砦を占拠しようと目論む魔物を殲滅すべくロズウッド山に向かうこととなった。
ハテノ砦で長々と研究者たちの見識に耳を傾けるよりは敵との戦いに身を投じていた方がマシだろう。

しかし、ツイてると思ったのはこの任に宛てがわれたそのときのみで、目的地に到達した僕は、あまりの敵の少なさに呆れて額を抱えた。
事前の指示書の内容からも大した任務ではないことは予感していたものの、このあたりには腕が鳴るほどの強敵の一体さえもおらず、任務開始から小一時間も経たずに目的を達成してしまった。
恐らく僕一人で臨んでも物足りないくらいだっただろうが、この任にはウルボザも同行しているせいで、ますます手ごたえがなさすぎた。
そもそもの話、わざわざ英傑を投入せずともハイラル兵のみで十分だったんじゃないかってほどに。

そんなことを浮かべながら、何度目かわからないため息をつきながらロズウッド山の森道を進んでいたとき。
後方支援で同行していたアイが前方の茂みを注視し、あっと声を上げた。

「あそこのトンネルのようになっているところ!一晩明かすのにちょうど良さそうだと思いませんか?」

「確かにあそこなら雨風を凌げそうだね。リーバルも、あそこで問題ないかい?」

「ああ、いいんじゃない?」

アイの提案に同調しつつ僕にも同意を求めてくるウルボザに、半ば投げやりに答えつつ先を進む。
背後でやれやれと呆れ気味に額を抱えるウルボザには気を留めず、天を仰いで深くため息をこぼした。

「まだこんなに陽が高いのか。……まさかとは思うけど、明朝までここで時間を潰すことになるんじゃないだろうね?」

「そのまさかに決まっているだろう。御ひい様たちがこちらに合流するまでは待つしかないさ」

「おいおい、冗談はよしてくれ。英傑が二人もこんな何もない山奥で朝まで待機だなんて、戦力の無駄遣いにも程があるだろ。これなら今からでも姫達に合流して研究員達の話を聞いてたほうがよっぽど有意義な気がしてくるね」

「リーバル、馬鹿なこと言うもんじゃないよ。手持ち無沙汰とはいえ勝手な行動は……」

「まあまあ、お二人とも」

僕とウルボザの言い合いに苦笑いを浮かべていたアイが、両手をかざしながら僕らをやんわりと制した。

「日暮れまで時間があるなんて、むしろラッキーじゃないですか!これから食料を調達したり、たき火をおこしたりしないといけないんですから。明るいうちに済ませてしまいましょうよ」

「この状況がラッキーだなんて君は気楽だね。能天気、と言うべきか」

「リーバル」

「いいんですよ、ウルボザ。それに、お二方は連日強敵の討伐にあたることも多いでしょうし、時には今日のような日があったほうがお体のためには良いと思いますから。英気を養う機会だと思って」

ね、と微笑みかけてくるアイに、僕の口からはついクセで不愛想な言葉が突いて出た。

「こういうときこそ羽を休めろって?非番ならともかく、こんな人里離れた山奥で?」

「どこまで行っても偏屈だね、あんたは。少しはアイを見習って気の利いたことくらい言ってやんないと、ヴァーイにモテやしないよ?」

「……余計なお世話だ。それに、僕は結構モテるほうだと自負してるけど?」

「やれやれ……言っても聞かないね」

文句を垂れる暇があるなら木の実でも探してこいとウルボザに急かされ、不承不承ながらも食料調達へと向かわされることとなった。
背負い籠を背負っていると羽ばたかせにくくて面倒だが、ともあれあのままウルボザとやり合うよりかはこっちのほうが幾分気が紛れるかもしれない。

陣地から飛び去る際、すれ違ったアイと目が合った。
その目が少し見開かれたかと思うと、すぐさま逸らされた。何となくだが、どこか浮かない顔をしているように見えた気がする。
少し物言いがきつかっただろうか。まったく、女ってやつは少し言い過ぎただけでこうだ。つくづく扱いにくくてしょうがない。

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手近な木の実や果物をいるだけ詰め終え陣営に戻ってくると、すでにたき火の準備を終えた二人がトンネルのなかで休んでいるのが見えた。
開けた場所に降り立ち籠の荷を腕に持ち替えながら近づいていくと、何やらひそひそと話し込んでいるのが耳に入ってきた。
聞き耳を立てるつもりなどなかったが、会話の節々に僕の名前が挙がっているのが耳に届き、つい身を潜めてしまう。いったい何の話を……?

「リーバルの言動を気にしてるなら、あまり引きずらないほうがいいよ。あいつは物言いこそしたたかだが、不器用なだけでさほど深い意味はないだろうからさ」

“不器用”という表現にいささか不快感を覚えるものの、吐く言葉がきつくなりがちなのは自覚してる。そんな僕にも分け隔てなく接するアイに、多少なりとも思うところがないこともない。
やれやれと内心こぼしつつ荷を岩陰に寄せ、そのかたわらに腕組みしつつもたれる。
しかし、この状況。どうやって入って行けばいいんだ……?
ひとまず会話が落ち着くのを待とうかと、一息ついたとき、アイが「誤解です」と声を上げた。
てっきりアイのほうからウルボザに相談しているものと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
ますます話の続きが気になり、耳をそばだててしまう。

「そんなんじゃないんです。むしろその逆っていうか……その……」

「驚いた。まさかあんた……リーバルに想いを寄せてるのかい?」

「……はい」

どくん、と鼓動が強く脈を打った。

「……へえ、なるほどね」

食料調達に向かう際に彼女の顔を見たときは、てっきり浮かない顔をしてるとばかり思っていた。
あれは僕がそばを通ったことで緊張してたってわけか。

「つまり、その悩まし気な顔つきは、”恋煩い”の顔ってわけだね。少し安心した……と言うべきか、厄介なやつに想いを寄せていることをむしろ心配するべきかねぇ」

からかうように目を細めるウルボザに、アイは声を詰まらせながら声を潜ませた。

「そ、そういうわけですから、このことは誰にも言わないでくださいね、ウルボザ」

「ああ、もちろんだ。私らヴァーイ同士の秘密にしておこう」

その秘密をすでに最も隠したい相手に知られてしまってるとは、つゆほども思ってやしないだろう。
笑い出したいところだがニヤける程度に留め、嘴の下を指でさする。

「ふーん……なかなか面白くなってきたじゃないか」

我ながら、出来心でやるには少々タチの悪い企みだと思う。
彼女がひた隠しにしてきた想いを、故意に引き出してやろうだなんて。

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夜も深くなったころ。
静かにそよぐ風が無造作に生い茂る木の葉をかさかさと揺らす音に、沈みかけた意識が浮き上がる。

かすむ目をこすりながら、焚き火のそばで寝息を立てるウルボザを見つけたところで、アイの姿がないことに気づく。

まだ夜中だっていうのに、一人でどこかへ出かけたというのだろうか。
眠っているウルボザを一人置いていくのは少しためらわれたが、イーガ団の変装をも見破るほど目聡い彼女のことだ。敵襲があれば即座に目を覚ますだろう。

起こさないようにそっと起き上がると、周辺に気を張り巡らす。
微かにだが、アイと思わしき人の気配を感じる。
そう遠くへは行っていないようで安堵した。

面倒だが、念のため様子を見ておこうかと思い立ち、ふと昼間のことを思い出し口元がニヤける。

暗闇に目を凝らしながら気配を辿ると、木にもたれるようにして立つアイの姿を見つけた。

「こんなところで何してるんだい?」

アイは声をかけられたことに驚いたようではっとこちらを見向くと、僕の姿を捉えますます動揺したようだった。

「リ、リーバル……」

僕に対し畏怖の念を抱く輩に声をかけた際、やつらも似たような反応を示す。そのせいで、てっきりアイの反応もやつらと同様の類だと思っていた。
その実、彼女のこういった態度がまさか自分への好意の表れだとはね。
気恥ずかしそうに顔をうつむかせる様子に内心気を良くしてる僕は、つくづく嫌な男だと思う。

「その……落ち着かなくて、ちょっと風にあたってまし……た……」

アイのすぐかたわらに僕ももたれかかると、彼女はあからさまに困惑した様子を見せた。
あんまりわかりやすい態度に思わず吹き出しそうになるが、素知らぬ風を装い彼女の言葉を繰り返す。

「へえ、落ち着かない、ね……。それって、慣れない野宿のせいかな?それとも……」

細っこい肩にそっと片翼を乗せると、羽毛越しに彼女の体がこわばるのを感じた。
髪をすくうと、隠れていた耳があらわになる。ただ、ちょっとからかってやるだけ。それだけのはずなのに、彼女の緊張がなぜか僕にまで伝ってくる。

「……ほかに、理由でもあるのかな?」

小さな耳に吐息を吹き込むように囁きかけると、彼女は弾けるように僕を振り向いた。
思わず手を退ける。僕が手をかけていた肩を強く押さえる手が震えている。
僕を睨み据える目に涙が浮かんでいくのに気づき、なぜか胸がずきりと痛む。

アイ、その……」

さすがにやりすぎたか。からかったことをどうにか詫びようと思考を探るものの、しどろもどろになって言葉にならない。
自分のしでかしたことに気恥ずかしさが芽生えそうになるころ、アイが声を詰まらせながら絞り出した。

「あなたのせいですよ、リーバル。あなたが、私の心をかき乱すから……っ」

「……っ」

胸を押さえながら、その想いとともに溢れる涙を拭う姿に、不覚にも見入ってしまう。
そしてようやく、目が冷めた。ほんのいたずらのつもりとはいえ、人の心情を汲みもせず弄んで楽しんでいたなんて……愚かにも程がある。
彼女の僕への想いは、ほんの軽いものでも興味程度のものでもない。心の底から僕を慕っているのだ。

彼女の本心に触れたとき、僕はやっと自分の心情を悟った。
それに気づいたとき、”触れたい”という欲求がぐずぐずと滲みだす罪悪感を優に超える。そう気づくよりも早く、アイを腕の中に閉じ込めていた。

「ちょっ……リーバル、何を……っ」

くぐもった声で僕の名を呼ぶ彼女をきつく抱きしめ、すっかり赤くなった耳元にそっとつぶやく。

「泣かせるつもりはなかった。……ごめん」

自分でも驚くほどに素直な詫びがこぼれた。
言い終えてからだんだん気恥ずかしくなってくるのをごまかすように彼女を抱く腕に力を込めると、自分の体とは異なる柔らかな感触がより明確に伝わってきて、何とも言い知れないむずがゆい感覚になる。

僕の腕の中で鼻をすするアイがもぞもぞと顔を上げた。

「じゃあ、どうしてからかうようなこと……っ」

涙にまみれた頬にはすっかり赤みが差し、せき止めきれなかったのかまた瞳を潤ませて上目遣いに僕を見つめてくる。
そんな顔にさせておきながら、どうにかなってしまいそうなほどの高揚感と膨れ上がりそうになる欲望で満たされそうになる。
けど、もし今このタイミングで僕が自分の思惑を優先させたなら、今度こそ幻滅させかねない。
もっと彼女の困った顔を見ていたいのは山々だが、それはもっと距離を詰めたあとでもいい。

「……夕時、君とウルボザが話をしているのを聞いた」

「えっ」

「まさかと思ったよ。君が僕を……」

好きだなんて、とはさすがに恥ずかしすぎて言葉にできなかった。

「……だから、君の口から直接引き出してやろうと思ったんだ」

僕の胸のなかで彼女が震えはじめたのを感じ、また泣いているのかと覗き込む。
しかし、僕の想像に反し、彼女は堪えるように口元を押さえて笑っていた。
泣き顔も悪くはないが、あどけなく笑う顔は……結構いいかもしれない。

「そ、そんな、底意地の悪いことを考えてたんですか」

「う、うるさい。もう謝っただろ」

「……あなたらしいと言えば、あなたらしいです」

いまだクスクスと笑う彼女に笑い者にされたままなのがどうもシャクで、少しだけやり返してやりたくなる。

「それで。ここまできたら、僕に言うべきことがあるんじゃないの?」

わざわざ聞き出そうとしなくてもとうに彼女の想いは手に取るようにわかってる。
それでも、彼女の口から引き出してやりたい。
僕の思惑にさっと顔色を変えたアイは、途端に笑顔を潜め、視線をさ迷わせ始めた。いい気味だ。

「そ、それは……」

「それとも何。僕に恥をかかせる気かい?」

煮え切らない態度に対して別に気分を害しちゃいないが、さも焦れているかのような声色でそう責め立てれば、彼女は気恥ずかしそうに口元を覆った。
その小さな手よりも圧倒的に大きな指先をなぞるように這わせ、頬のように赤く染まりきった耳に吹き込む。

「ちゃんと言えたら、ご褒美があるかもよ?」

我ながら意地悪が過ぎるとは思う。けど、いじめたいほど健気な彼女の気質が僕のそういう感情を掻き立ててくるのが悪い。
彼女が遅かれ僕の思惑に乗っかってくるとわかっているからこそ、余計に。
けど、今回は自分の詰めがちょっと甘かったかもしれない。かえって僕の方が意表を突かれるとは思わなかった。

「私の想い、受けてくれますか……?」

「ふーん。そうきたか」

一言で言えば早いところを、わざわざそんな回りくどい方法で伝えてくるとは。
彼女の捻りだした言葉に少しも心が動かなかったわけじゃあないが、もう一声ほしいところだ。

「これじゃ、ダメですか……?」

「さあ、どうだろうね」

「言わせておきながら、意地悪……っ」

「ねえ、アイ。そんな遠回しな言い方しないでも、もっと単純な言い方があるんじゃないの?僕は君の口からその言葉が聴きたいんだけどね……」

さすがにからかいすぎたか。またじわじわと涙で目を歪ませるアイに、ここらで勘弁しといてあげるかとため息交じりに笑みをこぼした。

「……冗談だ。まったく……そんなに泣くなよ」

嗚咽を堪えて震える頭にそっと手のひらを乗せると、僕の翼一つで彼女の小さな頭はすっぽりと収まってしまった。
僕とは違う毛質を指先になじませながら、頬の輪郭を辿って、あごに指を滑り込ませた。……ご褒美をあげるために。

彼女のあごを上向かせ、視線を合わせる。
僕とは何もかもが異なる容姿。その最たる唇が、うっすらと開かれている。僕がこれから超えようとする一線を、待ち受けるかのように。

覚悟を決めたように閉ざされた目を了承と捉え、くちばしで傷つけないようにそっと唇に重ねた。
柔らかくしっとりとして、温かい。その感触をもっと確かめたくて、舌を潜り込ませる。
くぐもった声に欲を掻き立てられるが、今日のところはこれで我慢だ。むしろ、まだこの甘ったるいほど穏やかなひとときに浸っていたいような気さえする。

できれば存分に味わっていたいところだけど、息を切らしながらも懸命にこたえようとする彼女に免じ、解放してやることにした。
アイは乱れた息を整えながら、小さくずるい、とつぶやいた。

「……答えがノーなら、こんなことするはずがないだろ」

弾けるように顔を上げたアイが、期待を寄せるような目を向けてくる。
ほうらね、少しでも気を許してやったらすぐこうだ。

(2023.7.23)


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