偏屈者と恋煩い

寝言のいたずら

甘。リーバル視点。
野宿の晩、夢主との甘い夢を見てしまったリーバル。
翌朝、平静を装いつつ夢主に声をかけるが、彼女はどこかぎこちない様子で……。


 
夢は時に大胆で歯止めなく、思いがけない展開を繰り広げるものだと思う。
現実じゃ絶対に実行しないであろうことを、夢のなかだと僕の意思にかかわらずさらりとやってみせることがあるからだ。
意中の相手を前に、口にし難いような本音から歯の浮くようなセリフまで饒舌に語ってしまうほどに。

そんな夢を見た直後の目覚めはどこか浮ついた気分で、脳が覚醒していくにつれ慙愧ざんきに堪えず頭を抱える。

けれど、所詮は夢。意識が覚醒してまで翻弄されるなんてもってのほかだ。
誰にも悟られることなく、さっさと忘れてしまえばなかったも同然。……胸にわだかまるこの心情さえも。
そう言い聞かせてやり過ごしてきたが、まさか胸の内に閉じ込めてきたことが、あんな形で露呈する日が来ようとは夢にも思わなかった。

野営の翌朝。
ほかの連中がまだ眠りこけているなか、乱れてしまった後ろ髪を整えようと水場へ向かうと、そこには洗いたての髪を布で拭いている先客がいた。……アイだ。

今朝の夢に現れたばかりの人物とさっそく対面したことで思わず動揺が走るが、乱れかけた動悸をどうにか整え、努めて澄ました態度を装い声をかける。

「へえ、君がこんな早起きなんて珍しいじゃないか」

「リーバル!」

突然声をかけられたことに驚いてか、アイはなぜか酷く狼狽えた様子だ。
いつになくまごつき、僕と目を合わせようともしない。

「そんなにソワソワしなくても、取って食いやしないよ」

思わず笑みがこぼれ、からかい交じりにそう言ってやると、彼女はいよいよ顔を赤くし、もごもごと口を開いた。

「あ、あなたがあんなことを言うから」

「……は?」

そう発しながらも何かを浮かべたらしく、ますます気恥ずかしそうに顔をうつむかせると、そそくさと去っていった。
今のは何だ。”あなたが、あんなことを言うから”?

彼女に対して失言でもしただろうかと振り返ってみるが、思えば僕は常日頃からからかいたがりな性分だ。
心当たりがありすぎて、最早何があんな態度を取らせる要因になったのか皆目見当がつかない。

またもや夢の情景が脳裏によぎるが、意識しすぎてはほかの連中の前で彼女のような表情を晒すことになりかねないと、かぶりを振って掻き消す。
首に巻いた青のスカーフをほどき、まとわりつく外気の冷たさをなじませるように首をさする。

「まさか、ね……」

無意識のうちに口を滑らせて本音を打ち明けていた……なんて馬鹿なことはさすがにないだろう。
この僕に限ってそんなヘマをするはずがない。
そう思いたいが、その可能性も否めない。無意識とはそういうものだからだ。
しかし、何を浮かべようと所詮はあくまで憶測の範疇だ。まだそうと決まったわけじゃない。

両翼に多めの水をすくうと、衣服が濡れるのも構わず勢いよく顔にかけた。明らかに乱れはじめた胸の音を遮るように。

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びっくりした。まさかあのリーバルが、寝言とはいえ私のことを……「好き」って。……あんな率直に言葉にするなんて。
あまりに衝撃的過ぎて、あれから結局寝付けなかった。
頭を冷やすために顔を洗っているのに、その最中もあのときのことが鮮明に浮かんで仕方がなかった。
よりにもよってあんなタイミングで本人が現れるもんだから、あからさまに動揺してしまった。……本当に恥ずかしすぎる。

けれど、所詮は夢、とも思う。時に現実とは相反する感情やシチュエーションが夢のなかで事実にすり替えられて反映される、なんてことも大いにあるからだ。
だから、悲しいけれど、あの寝言の内容が必ずしも真意とは限らない。
浮かれてしまいたい気持ちは少なからずあるけれど、期待とともに浮かぶのはネガティブなことばかり。
かわいくないってわかってるけど、仕方がない。
ぬか喜びなんてして、傷つきたくない。

確かに、彼からは少なからず好意的な感情を向けられてはいると思う。
ただ、それは仲間としてのものであって、恋愛感情としてのそれとはまた違うかもしれない。
だけど。
私をそういう対象として思ってくれていたら……あの言葉こそが彼の本心だったらいいなって、心の隅で強く願う自分がいる。

「リーバルが、本当に私を好きならいいのにな……」

いつも仏頂面な彼が優しく微笑みかけてくるのを想像し、堪えきれず布で顔を覆う。
じりじりと、胸が焦がれてしまいそうだ。

思考に気を取られるあまり、背後の気配に気づくのが遅れる。
がさりと草をかき分けるような音に振り向いた私は、そこに現れたリーバルの驚いた顔に、さっと血の気が引いた。
聞かれてしまった。
慌てて言い訳を考えるが、私が丁度いい言葉を浮かべるより先に口を開いたのは彼だった。

「ちょっと……今のどういう意味?」

「えっと……な、何がですかっ?」

我ながらごまかすのが下手だと思う。情けないことに声も上ずってしまった。
しかし、目敏いリーバルが見逃してくれるはずもなく。
大きな翼にきつく腕を掴まれ驚く私をよそに、リーバルは少し動揺したような目の色で眉間に皺を寄せた。

「……ちょっと、こっちに来るんだ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

腕を引かれ来た道を足早に戻るリーバルに戸惑いつつもついて行くと、さっき顔を洗った水場へと連れて来られた。
立ち止まるとさっさと腕を解放された。
リーバルはそのままこちらに背を向けるようにして腕組みをし、少し思案するようにうつむいたあと、小さくため息をこぼし、肩越しにこちらを見据えてきた。
その流れるような所作につい見とれてしまいそうになるが、これからどう問い詰められるかを考え、しぼむ期待とともに視線を落とす。

「さっきのあれ、何なわけ?」

少し怒っているのだろうか。普段の緩慢な話し方はそのままに、淡々とした低い声が降りかけられる。

「い、言いたくありません」

顔を上げられずにぼそぼそと発すると、こちらを振り返ったリーバルのつま先が視界の端に映った。

「いいから。変にはぐらかされると余計気になるだろ」

「だ、だって……!」

思わず顔を上げると、リーバルは少し驚いたような、困惑したような顔をした。
けれど、それはすぐにいつもの澄ました目つきになり、さらりと逸らされてしまった。
そんな様子に、余計確信を持つべきではない気がして、思い切って伝えようとした胸の内をぐっと堪え、つい尻すぼみになる。

「私の思い違いだったら……つらい」

リーバルは「なっ……!?」と小さく声をもらすと、すかさずこちらを振り見た。
草木に生え爽やかに煌めく瞳は、今度こそ動揺を隠さずに見開かれ、まっすぐに私を見据えてくる。
細められる瞳孔に射捉えられ、早鐘を打ち始める心音に緊張が高まる。
しばしの沈黙の後、リーバルはどこか安堵したように一つため息をつくと、視線をさ迷わせながら、彼にしては慎重に口を開いた。

「……心配しなくても、君が傷つくようなことにはならないよ。……多分ね」

その言葉にしぼみかけていた期待がみるみる膨らむ。
くちばしを覆い隠すように広げられた翼に、彼と同じ気持ちを共有している気になって、少しだけ勇気が芽生えた気がした。
思い切ってありのままを口にする覚悟が固まる。

「リーバルが……その、寝言で私を……好き、だとおっしゃっていたので……本当だったら、いいなと……」

いざ言葉にするとたどたどしく、恥ずかしさのあまりうつむいてしまう。

リーバルは、ぐ、と喉が詰まるような声を上げると、顔を背けて視線をあさっての方向へと逸らしてしまった。
さすがにダイレクトすぎただろうか。
けれど、敢えて遠回しな言い方なんてしようものならかえって苛立たせてしまうかもしれないのだし、こればっかりはしょうがない。
なかなか返答が返らないので、こわごわながら再度問い掛けてみることにする。

「その……差し支えなければ教えてください。あれは、本心なんでしょうか?」

すると、ややあってじっとりとした視線を寄越したリーバルは、小さくくぐもった声で答えた。

「……ああ、そうだ」

「う、うそ……でしょ」

「うそじゃない、本心だって言ってるだろ。……何度も言わせるな」

吐き捨てるようにはっきりと述べたリーバルは、腕を組み直し勢いよく顔を背けた。
けれど、怒っているように見せてはいるけれど、これはさすがに照れ隠しだとわかる。
取っつきにくいところもある人だと思ってはいたけれど、案外素直になりきれないだけなのかもしれない。

「……嬉しいです。リーバルが、本当に私を……」

「ふーん。そういう反応をするってことは、やっぱり君としても願ったり叶ったりってことだよね」

戸惑う様子を見せていたかと思えば、唐突に顔つきが変わり、呆気にとられる。
「だったら」と詰め寄られたかと思うと、広げられた翼が巻き付くように私の腰を掴んだ。
突然密着した体に心がついて行かない私を置いて、底意地の悪い笑みを浮かべるリーバルはどんどん先走ってゆく。

「いっそ夢の続きを再現して、正夢にしてもいいってわけだ」

「ゆ、夢の続き?……んっ」

唐突に迫るくちばしに驚いて固く目を閉ざすと、顔に熱い吐息が吹きかかり、口内にぬるりと舌が割り込んできた。
私の口には大きすぎる舌は、気遣うようにほんの先だけで舌の上を探られる。
柔らかで優しい舌触りにふわふわと意識が浮かび、腰が砕けそうになる。……夢見心地な気分だ。

ひとしきり口づけを交わしたあと、リーバルは深く息を吐き、私を抱きしめながらぼそりとつぶやいた。

「ここまでしといて、まさか夢、なんてことないよね……」

冗談か、本音か。
彼らしからぬ弱気な言動にくすりと笑いが漏れる。

そう、これは夢なんかじゃない。
現実にお互いが目の前にいて、こうして温もりを感じ合っているのだから。

(2023.7.25)


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