「相変わらずここの暑さときたら……うだる、なんてもんじゃないね」
ゴロンシティのアーチが見えてくるなり、リーバルは片翼で扇ぐようにしながら眉間に皺を寄せた。
山麓の馬宿で調達しておいた燃えず薬を予め飲んでいるため、文字通り燃えてしまうほどの灼熱にも適応しうる身体になっているはずだが、風景や吹きかかる熱風がそう感じさせるのか。燃え盛る炎の明るさで昼間なのに薄暗く、より煌々と照りつけられているのを意識させられるせいか、私まで暑さを感じる気がする。
「まあまあ、そう言わず。半年ぶりにダルケルに会えるんだし。……そうだ!せっかくゴロンシティまで来たことだし、ゴロンの香辛粉も買って帰らない?」
「観光気分で浮つくのは結構だけど、そんなマヌケ面でうっかりマグマに落っこちても助けてあげないよ。もっとも……本当に落ちちゃったら僕が助けに出るより早く火だるまになるだろうけどね」
真に受けてマグマだまりに落ちるのを想像してしまい、道の端から一歩遠ざかるように歩く。さらっと空恐ろしいこと言うのやめてほしい。
リーバルが不満そうなのは単にこの環境が気に入らないだけではないだろう。
身のこなしや佇まいから初対面のころにはすでに察しがついていたが、リーバルはいささか潔癖のきらいがある。
彼のそういった性質とゴロン族たちの勇ましく無骨ななりや振る舞いは水と油に近い。
ともあれダルケルとは何だかんだで打ち解けられていたのは、平和主義なダルケルの温和で大らかな性格と合っていたからかもしれない。
ぼんやり歩いていたせいか、衝撃に反応するのが遅れ、驚くより先に体が傾いていた。
すかさず伸びてきた白い指先が私の肩を掴んだことで倒れるようなことにはならなかったが、一歩でも後ろに後ずさっていたら忠告通りマグマのなかに足を突っ込むことになっていたと悟り、顔から血の気が引くのを感じる。
「すまんすまん!悪いな、小さい嬢ちゃん」
ぶつかった相手らしきゴロン族は軽く片手を挙げて詫びると、肩に乗せた木箱を軽々と抱え直し去って行った。
こちらこそ、と会釈を返し、まだ私を掴んだままのリーバルを見上げると、彼は尖らせた視線を去り行くゴロンから私に落とした。
咎めるような目を向けられているはずなのに、ちらつく炎が彼の瞳を鮮やかに照らすせいで、こんな状況にもかかわらず変に意識してしまう。
「だから言ったじゃないか。ここの連中は朗らかなんだろうけど、土地の形態は安全じゃないんだ。わかったら気をつけるんだね」
「ご、ごめんなさい。……ありがと」
「……まったく。初っ端からこんなんじゃ先が思いやられるね。あの姫が執拗に僕を同行させたがった理由がちょっとは理解できる気がしてくるな。大方、僕を君のお目付け役として同行させたかったと見える」
ゼルダの魂胆は別にあるが、こんなタイミングで事実を言っても余計にからかわれてしまうので黙っておくことにした。
リーバルはというと、言葉では毒づきながらも、私がまた落ちかけないよう気を配ってくれている。
さり気なく守るように広げられた片翼に少し気恥ずかしくなりながらも、ひっそりと笑みを浮かべる。
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「この辺境に旅人なんざ珍しいもんだと思えば、まさかお前さんらが来るなんてな。こりゃあ明日は巨岩の雨が降るだろうよ!」
「……それは困るね。明日はアッカレ砦まで行って配布物を無事に届けなきゃいけないんだから」
巨岩を軽々と持ち上げてしまえそうなほど大きなダルケルの手のひらに背中を打ちのめされたばかりのリーバルは、痛みに耐えるようにかがみ、押さえた胸を上下させている。
驚きとともに奪われた呼吸を整えるのにはまだ時間がかかりそうだ。
ダルケルは、彼の恨みがましい眼差しに射抜かれてもどこ吹く風だ。熱風をも吹き飛ばすほど豪快な笑いに、みんなで旅をしていたときの楽しかったひとときが浮かんで、懐かしさに笑みがこぼれる。
「ダルケル、またお会いできて嬉しいです。お元気でしたか?」
「おう!久しぶりだな、お二人さん!相変わらず元気そうで安心したぜ。とはいえ、まさかお前さんらが来るとはなあ。何かあったのか?」
ダルケルの言葉に先ほどまでリーバルがぼやいていたことを思い出し笑みを取り繕う。
「ヘブラと環境が180度異なるこんな辺境までこの僕がわざわざ出向いたってことはそういうことになるね。
でもま、安心してくれていいよ。またガノンの軍勢が復活した……なんて厄介なことじゃあない」
皮肉とも冗談とも取れる言動に「そういうところも相変わらずだな」とポリポリこめかみを掻くダルケルだったが、悪い知らせではないと知り安堵したようだ。
姫様から預かった配布物を手渡し事情を説明した途端にその顔は歓喜に満ちた。
「おお!厄災討伐から1年の節目に宴とは、姫さんも嬉しい知らせを届けてくれるじゃねえか。しっかし、あれからもう半年が過ぎてたとはなあ。月日が飛ぶように過ぎていくのを感じるなんて、俺様も歳をとったもんだ」
「出たよ、年配独特のその言い回し。本当、返しに困るよねえ……。けど、そんなふうにしみじみ考える余裕ができたのも、平和になった証拠かもしれないよ?」
両翼を掲げ肩をすくめたリーバルも、何だかんだでダルケルの言葉に感じ入るものがあるようだ。
顔合わせのときは周りに壁を作っているように見えたリーバルがこうして冗談を交えて語らう姿を見せてくれるようになったことが嬉しい。
「ありがとよ」と携えている小袋に丸めた配布物をしまい込んだところで、ダルケルは思い出したように顔を上げた。
「そういや、アッカレ砦には明日発つんだったな。ゆっくりしてってくれや……と言いたいとこだが、ここはお前さんらが泊まるにはちょいとあつすぎる。万一ってこともあるからな。休息をとるなら下山してからが無難だぜ。
ま、防護服を着てりゃ安全だが……アイはともかく、リーバルは頷きそうもねえしな」
燃えず薬を飲んであるから大丈夫だと言いたいところだが、確かに持続時間を考慮するなら長居しない方がいいかもしれない。
「お気遣いどうも。無論、ここに長居は遠慮したいね。そうだな……このままヒガッカレ馬宿までひとっ飛び……と言いたいところだけど、僕もそろそろ一度羽休めをしたい。手前のミナッカレ馬宿で休むことにしようかな」
「それなら、ここから南南東にキュサツ湖って名の源泉がある。宿に向かう前にそこで湯浴みしていくといい。デスマウンテンの温泉はアツアツで気持ちがいいぜ!」
「フン。ヘブラには劣るだろうけど……道中頂上付近を飛んで火山灰まみれだからね。灰を落としたいと思ってたし、ご厚意に甘えて浸かっていくとしようか」
「人気がないからって乳繰り合うのもほどほどにな」
「なっ……おい、ダルケル!」
ダルケルの高笑いに混じってゴロン族たちも声を潜めることなく豪快に笑いはじめ、リーバルの顔はマグマの明かりにも劣らず赤く染まった。
冷やかしながら通りすぎてゆくゴロン族たちに睨みで応えながら肩を震わせていたが、とうとう耐え切れなくなってしまったらしく、私の腕を掴むと大股で引き返し始めた。
ダルケルだって彼に恥をかかせればどうなるかわかっていただろうが……そうしたくなる気持ちもわからないでもない。
「ダ、ダルケル!またお城で!」
リーバルに腕を引かれながら振り返り大手を振れば、ダルケルは顔を綻ばせながらこぶしを掲げた。
(2022.10.17)