リーバルに連れられて、西の訓練所を訪れた。
今は誰も利用していないらしく、剣や槍などの武器がスタンドに立てかけられ、床はきれいに掃き清められている。
リーバルは壁に掛けられた弓のなかから一張り選ぶと、自分の矢筒を取り外し、一式私に手渡してきた。
「城内でも僕らの部屋は上階にある。比較的安全だろうが、万一のことがあるかもしれない」
リーバルはいつになく真剣にそう言いながら的を三つほど抱えると、訓練所の出口を目指して歩き出した。
慌てて私もそのあとを追う。
「だから君も、こうして僕が教えられるうちに弓の使い方をその身に擦り込むんだ。
僕も仰せつかった役目があるからね。ずっと君のお守ばかりはしていられない」
「でも、だったらなんで私をここに連れてきたの?
リトの村や馬宿のほうが安全なんじゃ……」
「僕が不在のあいだ、一人きりで大丈夫だとでも言うのかい?
君は高所恐怖症だろう。食材を取りに行くのも一苦労なはずだ。
それに、今更そう簡単に馬宿に戻れるのか?」
「それは……」
何も言えずうつむいていると、私と目線を合わせるように腰をかがめたリーバルの顔が眼前に現れた。
「それとも、何?
わざわざこの僕と一緒にいさせてあげてるのに、不満とでも言いたいわけ?」
「それは違う!」
「だったら、ここにいればいい。
ここなら、僕が守ってあげられるだろ」
リーバルの言葉に、また胸がきゅうっと締め付けられる。
どうして。
どうして彼はこんな思わせぶりな態度を取るのだ。
まだ出会って日も浅い私にどうしてこうも親身に……いや、違う。
これは親身などではなく、ーー固執だ。
彼の気づかわしげな言動にたびたび嬉しくなるほど私は単純な人間だが、こんな手放しに喜んでいいのだろうかとふと疑念がわく。
決して、リーバルが怪しいわけではない。彼の行動は、彼の純粋な気持ちからのものだろう。
だが、何かが引っかかっている。
根拠はないが、言いようのない違和感があるのだ。
この違和感の正体は何かと考えてみるが、何も思い当たらない。
……思い当たることが何かあるはずなのに。
考えていたことを度忘れして思い出せなくなったときのように、思い出そうとしてもかすりもせず、悶々ともやが頭を占めていく。
リーバルは訓練所ではなく別の場所で訓練をするといい、私を連れて外に出た。
連れてこられたのは、二の丸だった。
小型の闘技場のような作りだが、やや広さがあり、天井が高い。
リーバルは的を抱えて羽ばたくと、日が差し込んでくる塀の上部に降り立ち、的を両手に抱えた。
「まずはおさらいだ。
飛行訓練場で教えたとおりにやればいい」
飛行訓練場のときはもっと近距離で目線のとおりにまっすぐ弓を放てば良かったが、ここからは距離があるだけでなく弓を傾けて射る必要がある。
いきなり難易度を上げられ戸惑うが、彼の目はいたって真剣だ。
私を困らせようとしているわけではないことくらいわかる。
だが、もし私の矢が外れて彼にけがを負わせてしまったら……。
「アイ」
気だるげに声をかけられて、はっとする。
「何モタモタしてるんだい。
もしかして、弓の構え方を忘れたとでもいうんじゃないだろうね」
「ご、ごめん」
「的をよく見るんだ。僕に当たるかどうかの心配はするな。
君がいくら本気で射ったとしても、羽の一枚にもかすりやしないよ」
リーバルはそう言ってせせら笑っている。
煽られているはずだが、彼の絶対的な自信が戸惑いを払ってくれた。
矢筒から矢を取り出し、弓につがえる。
「どうなっても知らないから、……!」
矢を放つとき、思わず目を閉じてしまった。
やってしまった!と思ったが頭上からはタン!という小気味の良い音とともに「くっ」といううなり声。
けがを負わせてしまったのではと恐るおそる目を開けると、リーバルに大事はなく、驚いたような顔で的を見ていた。
「へえ、やるじゃないか。ど真ん中だよ」
「……うそ」
矢は的の真ん中を射抜いていた。
しっかり狙えていたようだ。
「ま、ビギナーズラックってやつだろうね。
次もそう簡単に当たるとは限らないさ」
矢を的から抜きながら、リーバルは小首をかしげておどけた。
「そうだよね……私、もっと練習する。
練習して、うまくなって、今度は私がリーバルを助けるよ」
守られてばかりではなく、もっと強くなって、彼に近づけるようになりたい。
たかだか一本真ん中に宛てたぐらいで我ながら現金だと思ったが、心からそう思えた。
しかし、私の決心に反して、頭上では大きな笑い声が響いた。
リーバルは額に手をあてて、めずらしく大きな口を開けて笑っている。
小馬鹿にしたような笑いにだんだんと気持ちが滅入ってくる。
彼はひとしきり笑うと、息苦しそうに呼吸を整えながら、目尻をぬぐった。
「はあ……君が僕を助ける、だって?
馬鹿も休みやすみ言いなよ。
僕ほどの腕利きが、素人の君に助けられるような場面に出くわすなんてあるわけないだろ」
「そっ、そうかもしれないけど!
でも、ガノンは予言のとおりに復活したんでしょう。
世の中、何が起こるかわからないじゃない」
「億が一、僕が窮地に陥ったとしてもだ。
君が僕を助けるなんてこと、天地がひっくり返っても絶対にありえないね」
「はいはい、そういうことにしておきますよー」
彼は口ではそう言うが、半分は私との言い合いを楽しんでいるように見えた。
そんな調子でからかわれているうちに、かえって自信がわいてくる。
気持ちを切り替えて二本目の矢をつがえる。
二発目の矢は、大きな弧を描くと、彼の足元よりずっと下の壁にこつんとあたった。
ほれ見ろと言わんばかりにリーバルの高笑いがこだましたのは言うまでもない。
(2021.2.22)