飛行訓練場でアイに弓の扱い方を教えた。
はじめこそ矢が飛ばなかったが、アイは存外飲み込みが早く、コツを教えてやればすぐに的を狙って打てるようになった。
ポテンシャルの高さがうかがえたことが嬉しく、背中で固く目を閉じて震えるアイをちらりと見やり「教え甲斐がありそうだ」とほくそ笑んだ。
リト村に戻ってくると、広場にハイリア人がたむろしているのが見えた。
ハイラル王国の兵士が数名と、あの黄金色の髪は……ハイラルの王女、ゼルダだ。
「リーバル!」
姫が僕に向かって手を挙げる。
ひと月前謁見して以来だ。
思わぬ友人の訪問に嬉しくなって手を挙げて応じようとするが、柄にもないと思い直し、挙げかけた手を引っ込めた。
広場に降り立ち、アイと僕を縛ってあった縄を外す。
すると、ゼルダはこちらに歩み寄ってきた。
背後の彼女を気にしつつ、声をかけてくる。
「そろそろ戻ってくるころだろうとうかがったので、こちらで待たせていただいていました」
「久しぶりじゃないか、姫。
復興は捗ってる?」
顔をほころばせていた姫の顔は、僕の問いかけに曇った。
周囲の兵士たちも顔を見合わせ、うつむくのが視界の端に映る。
どうやら思うようにいっていないようだ。
「ええ、職人の皆さんが奮起して城の再建に取り組んでくれています。
ですが、一つ懸念すべきことが……」
僕は目を細めると、後ろ手を組んで彼女に背を向けた。
振り返ると、困惑したような顔のアイと目が合う。
彼女は目をうろうろさせると、すっと視線を外した。
大方この状況を気まずいとでも思っているのだろう。
「……ふうん、その様子じゃ、何か困ってることがあるんだろ。
で、この僕に何をしろっていうんだい?」
「相変わらず、話が早くて助かります。
……実はーー」
厄災が終息を迎えてからはや1年。
戦乱により廃墟と化したていたハイラル城とその城下町は、国中から集めた腕利きの大工職人の手によって修復され始めていた。
ガノンの影響により増加していた魔物の数は歳月とともに減りつつあったが、未だガノンを崇拝する者は後を絶たず、僕らはその残党の始末をたびたび任されていた。
アイと出会ったのは、城下の敵を排撃し終え、久々に村に帰れることになったときのことだった。
あれからひと月、再び敵の襲来が増えはじめ、厄災で半数にまで減った兵士たちでは手が足りず、大工の修復作業にも遅れが出始め、誰も気が休まらぬ状況だという。
「なるほどねえ。リトの村でもうわさくらいは聞いていたけど、そういうことになってたんだ」
「未だ、住むところもなく生活苦を強いられている民がいると聞きます。
一刻も早く城と城下を立て直さねば、真の意味で安寧をもたらしたとは言えません」
この真剣な顔つき。
ガノンの討伐を依頼に来た日を思い出すな。
僕は目をつむる。
そして、ふと肝心なことを思い出した。
「ん?おかしいなあ。
君ならまず僕ではなく、何て言ったかな。確か、退魔の剣の剣士……リンク、だったっけ?
彼の力を借りると思ってたけどね」
「彼はどうしたんだ?」と振り返ると、姫はふるふると首を横に振った。
「いかんせん、人手不足なので、彼も使いに出しているのです。
ミファーとダルケルのもとに向かわせているのですが、かれこれ1週間ほど連絡が取れず……。
優秀な彼のことです。息災であると信じているのですが……」
眉間のしわを深め、「ちっ」と舌打ちをする。
彼がいたらどうせ僕の力を頼ってくることなんてなかったんだろ。気に食わない。
思ったことがそのまま口を突いて出る。
「気に入らないなあ。
彼が不在になった途端、僕を二番手にご指名とはね」
だが、僕の嫌味にも動じることなく、彼女は真っすぐに見返してくる。
「そうではありません。
英傑の皆にお願いしたいのは、一時的な復興の援助ではないのです」
姫は、一歩下がると、兵士の制止も聞かず、この僕に首を垂れた。
まさかそこまでのことをされるとは思わず、動揺する。
「今一度、頼みます、リーバル。あなたの力を貸してください。
そして、ひいてはハイラル全土を守る役目を担っていただきたい」
「姫が僕に頭を下げようとはね……」
頭を抱えて首を振ると、僕は顔を背け、じとりと目だけで姫を見やった。
彼女の意図はよくわかった。
「要するに、ハイラル城お抱えの兵士として奉公しろってわけ」
「その通りです。お願いできますか?」
僕はどうしたものかと腕を組んで、しばらくうつむくと「仕方ない」とうなずいた。
僕の力は元よりこのような危機に立ち向かうためのものだ。
断る理由もないだろう。
「……いいだろう。ともに厄災を打ち倒したよしみだ。
引き受けてやろうじゃないか」
「では……!」
「ただし、条件が三つある」
僕は人差し指を姫の眼前に突きつけると、食い気味に言った。
姫はそう来るとわかっていたように目を閉じる。
「僕をリンクの配下にしないこと。
ハイラル城の専属にしないこと。僕はリト族一番の戦士だ。村を守るという役目があるからね。
そして、三つ目」
僕は早口にまくしたてると、アイを振り返った。
真っすぐにアイを見つめると、今度は彼女も僕をじっと見返してきた。
彼女は即戦力にはならないかもしれないが、初めてにしては弓使いの筋がいい。
この僕が直々に指導すれば、もしかしたらものにできるかもしれないのだ。
それに、もし僕が村を離れている隙に彼女の身に何かあったら……。
そこまで思い至ったとき、僕は迷わずこう口にしていた。
「アイを僕の側つきにしてほしい」
(2021.2.19)