「では、いきますよ……王様だーれだ?」
姫様のかけ声に各々が周囲を見渡すなか、手を挙げたのは私だった。
「私が王様です」
「では、アイ女王陛下、何なりとお申し付けください」
いつも真面目な姫様が、胸に手をあてて恭しくお辞儀をした。
このゲームをしているあいだはみんなの距離が近い。普段なら考えられないようなことを言って驚かせたり、少しお茶目なことを言ったりして、心なしか笑顔も増えている。
あの鉄仮面のリンクでさえも少し表情が和らいで見える瞬間がある気がする。
私も例外なく調子づいて、ついつい大声で笑ったり、冗談を飛ばしたりしてしまうほどで、何だか楽しい。
だからだろう。こんな思い切った命令を下したのは。
「では、私の言葉を伝言していただきます。反時計回りでいいですね?」
腕でぐるりと反時計回りを示すと、みんなは不思議そうにその場を立ち上がり、私の側に集まってきた。
ダルケルとミファーが「ほう、そういう命令の仕方はおもしれえじゃねえか!」「何が起こるのかな」とひそひそ言い合うなか、リーバルがずいっとかたわらに立ち腕組みをして身を寄せてきた。
「なーに企んでるのさ」
普段はこうして間近によられることはおろか気軽にコミュニケーションを取ることさえほとんどないため、彼もまたこのゲームで浮ついた勢いで話しかけてきているような気がする。
「ひ、ヒミツです」
さらりと流されたことが気に食わないのか、リーバルはなおも疑るような視線で舐めるように見下ろしてきたが、ふんと鼻を鳴らすと腕を指でトントン叩き始めた。
そうこうしているうちにみんなが並び終えた。
命令するよりされる側のほうがドキドキするゲームのはずなのに、今この場においては恐らく王である私が一番緊張しているに違いない。
反時計回りということは、私の左隣であるリーバルから順に回していくことになる。私が次に王になったときはこうしようと決めていたことを実行する時が来たのだ。
「ではアイ、伝言をどうぞ」
姫様の催促に、リーバルがちらりとこちらを見下ろした。
私との身長差を察してか、口元に手をあてて近づくと少し身を屈めてくれたところに彼のささやかな優しさを感じ、自分の想いに決して間違いはない、と決意が深まる。
彼の耳はこの辺りかな。羽毛に隠れて場所がよくわからない。なんてことを浮かべて緊張を紛らそうとするが、彼の香りが鼻腔をくすぐるごとに鼓動が早まり、緊張は高まる一方だ。
だとしてもチャンスは今しかない。勇気を振り絞るとともに声を絞り出した。
「……リーバル。今から私が伝えることに対し、イエスもしくはノーで答え、いずれかの答えを前の方に回してください」
「は?何なんだい、その命令は」
「何か問題でもあるのかい、リーバル?」
背後で様子を見守っていたウルボザが怪訝な表情を浮かべながら私たちのあいだに入ってきた。
勘のいいウルボザだ、もし私の指示が彼の口から洩れでもしたら、まず彼女には意図を見破られてしまうだろう。
誤魔化そうと両手を振って答えようとしたとき、リーバルが気だるげに手をかかげた。
「ああ、気にしなくていいよ。さっさと始めよう」
彼自ら打ち切ってくれたことには正直驚かされた。てっきり言いふらされてしまうと思っていたからだ。
ウルボザは不思議そうにあごに手を添えて小首をかしげていたが、何かを察したように深く頷くと、濃いブルーの唇に妖艶な笑みを浮かべた。彼女にはどの道すべてお見通しな気がしてならない。
苦笑いを浮かべる私の前方ですでに背を向けていたリーバルが、くいくいと後ろ手に指で合図を示してくる。
気を取り直し、もう一度彼の耳元に口を寄せる。
「あなたが好きです」
その言葉に、リーバルの肩が微かに強張った。流し目にこちらを見やった彼の目は、いつもと変わらずアンニュイな赤い縁取りに、翡翠を思わす涼やかな薄緑。切り込みを入れたような瞳孔は鋭く、そこから彼の思考を読み解くのは難しい。
リーバルは少しの間のあと、淡々と姫様に言葉を回し始めた。
リーバルの言葉を受けた姫様は、その途端、眉間に皺を寄せた。そうして彼の言葉を反芻するように虚空を見上げてこくこくと頷き、隣のミファーに回してゆく。
みんなの反応を順に見ていっても結果がわかるわけがなく。一人、また一人と私の元へ回答が回ってくるごとに、不安感が胸を満たしてゆく。
今言うべきことではなかったのかもしれない。
私の口から想いを伝えるには、ゲーム中の盛り上がりに乗じた勢いが必要だった。
けれど、彼はどうだろう。私と想いが同じにしろ、そうでないにしろ、こういった場で告げられることは彼にとって望ましいことではないとしたら。
彼に何を言われたわけでもないのに、自分のなかでだんだんと悔恨の念が膨らんでゆく。
王様の権限を越え、タブーを犯してしまった気がしてきた。
そう悶々と浮かべているあいだに、ダルケルからウルボザへと伝言が回され、ついに私の元に回答が回ってくる番がきた。
こんなときに限ってウルボザはいつもの笑みを潜めているのが憎い。彼女の大きな手がそっと耳元に宛てられ、化粧の香りがほのかに漂う。
きっと良い答えは返らないだろう。そう予め最悪の展開を予想することで腹を括っていた私の耳には、予想外の答えが吹き込まれた。
「”今夜、川のほとりで”」
「……えっ?」
「何だい、違ったのかい?」
「いえ!その……」
想定外のことにどう返すべきか言いあぐねている私の肩に、ふわりと羽毛に包まれた手が乗せられる。
「”今夜川のほとりで”。それでいいよね?」
小首をかしげながら目を細めるリーバルに、こくりと頷くことで応える。
「……だってさ。それじゃ、この命は果たされたってことで」
リーバルがすいっと差し出した小枝を受け取った姫様はすっきりとしない様子で私とリーバルを交互に見やっていたが、ウルボザが彼女にウインクを投げかけたことにより何かを悟ったように手で口元を覆いながらうんうん、と頷き始めた。
「青春、だな」
腕組みをしながらしみじみと頷くダルケルのかたわらで、リンクもまた腕組みをしながら「うん」と小さく頷き、そんな二人を不思議そうに眺めるミファー。
「さて、今日のところはそろそろお開きにするとしましょうか」
「そろそろ寝ないと、明日も早いからねえ」
姫様のかけ声にウルボザもパンパンと手を叩いて撤収を促し、みんなぞろぞろと寝支度をし始めた。
状況が飲み込めないままみんながテントに帰ってゆく様子をぼんやりと眺めていると、まだ居残っていたリーバルが緩慢に首を振った。
「やれやれ……どうやら筒抜けみたいだね」
「筒抜けって……」
言葉の意図がわからず見上げると、リーバルは小馬鹿にするように眉を上げせせら笑った。
彼といいみんなといい、一体何なんだ。
「それじゃ、先に川辺に行ってるよ、女王サマ。
返事、聞かせてあげるよ」
そう言ってリーバルはほんの少し、嬉しそうに笑みを浮かべた。
終わり
(2022.1.5)
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