調理場を片付けてリーバルの家に戻ると、家に入ってすぐの床に、私のために用意してくれたらしい毛布と枕が重ねて置かれているのを見つけた。
用意してくれた当のリーバルはというと、奥の棚に向かって何か作業をしている。
「毛布、用意してくれたんだね。ありがとう」
さり気なく声をかけたつもりだったが、リーバルはひどく驚いた様子で肩をびくつかせると、急な勢いで振り向いた。
「なっ……アイ!?いつからそこにいたんだい!」
「今来たばかりだけど……何してるの?」
気になってリーバルの手元をのぞこうとすると、棚を隠すようにして私の前に仁王立ちした。
「勝手に見るなよ……!
居候させてやるとはいったけど、
プライベートにまで干渉していいとは言ってないよ」
リーバル越しにちらりと棚の上の様子が垣間見え、私は納得した。
なるほど、日記を書いていたのか。
装丁からすぐにそうではないかと察した。
彼は戦士だというので、血の気が多いことや不愛想なことには何となく頷けるが、日記をつけるなど筆まめなところもあるのかと感心する。
「ごめんなさい!日記を書いてるとは思わなかった。
勝手にのぞき見るなんてことしないから、誤解しないで」
私の弁明がやっと伝わったらしく、ようやく警戒を解いてくれた。
リーバルは日記を閉じると、引き出しにしまい込んだ。
「いいかい。
僕がいないときに勝手に日記を読んだりしたら、怒るからね!」
もうすでに怒っているではないか。
そんなことは口が裂けても言えないので、素直に「はい」とうなずいた。
日記かあ……。
記憶をたどる足掛かりになりそうだし、私もつけてみようかな。
確か、カバンのなかにノートと筆記具があったはず。
「明日さ」
カバンをあさっていると、リーバルがおもむろに口を開いた。
「飛行訓練場に行ってみるかい」
リーバルの提案に嬉しくなったのもつかの間、”飛行”というワードに私の喜びは急速にしぼんでいく。
「それって、崖とかあったりするんじゃ……」
尻すぼみにそうこぼすと、リーバルがあからさまなため息をついて、「やれやれ……」と言った。
「あのねぇ、いちいち怖がってちゃ、リトの村から一生出られないよ?
それに、僕がついてるんだ。転落させはしない」
出会って早々二人で墜落死しかけたことがよぎったが、そんなことを言いだそうもんなら今度こそ本気で怒られそうだ。
渋々頷くと、彼は満足げに「そうこなくっちゃ」と口角を上げた。
リーバルは不機嫌そうな顔をしていることが多い印象だが、ときどき笑うとあどけない顔になる。
そのギャップに、不覚にも鼓動が脈打つ。
「そうと決まれば、さっさと寝なよ。
僕も明日の準備を終えたら寝るからさ」
リーバルは毛布を指さしながらそう言うと、床にあぐらをかいて弓の手入れを始めてしまった。
「うん……おやすみなさい」
言われるがまま毛布をかぶり壁際に背中を預け、目を閉じる……が、すぐそこにリーバルがいるのだ。
緊張して寝られるわけがないじゃないか。
「あ、そうだった」
リーバルはふと弓の弦を張り替える手を止めると立ち上がり、棚にかけてあった服をとって私の膝の上にかけた。
「それ、着なよ。
ベストだけど、薄着でいるよりは幾分かマシだろ」
私から離れると、こちらに背を向けるように座り直し、弦の貼り替えを再開した。
受け取ったベストは少しぶかぶかだが、不思議なことに先ほどまでの寒さが少しだけ緩和された。
何だかんだ言いつつも気にかけてくれるリーバルの不器用な優しさに、ありがたい気持ちと申し訳なさがない交ぜになる。
「至れり尽くせりだね……迷惑ばかりかけてごめんなさい」
「まったくだよ。
ここまでしてあげてるんだ。もっと感謝してほしいね」
物言いこそしたたかだが、語気が穏やかなことから今のはおそらくただの軽口だ。
リーバルが手を動かすたびに三つ編みが揺れるのを見つめているうちに、だんだんとまどろんできた。
「おやすみなさい」
泥のように溶けてゆく意識の中、「おやすみ」と聞こえたような気がした。
(2021.2.13)