マックスサーモンを無事とり終えて調理場に戻ってくると、アイがシチューの材料を切っているところだった。
馬宿で仕込まれたのか、手際が良い。
玉ねぎを切り終えたタイミングを見計らって声をかけることにした。
「へえ、なかなか早いんじゃない」
「あ、おかえりなさい」
アイは自然に迎えたつもりかもしれないが、身寄りがなく「おかえり」などと久しく言われた覚えがない僕にとっては、酷く動揺させられるほどのものだった。
当然「ただいま」などと言えるはずもなく、気を反らせるべく早々にマックスサーモンを差し出した。
「アイ、魚はさばけるかい?
まさか、お礼がしたいと言っておいてできないなんて言わないよね?」
さばけないであろうことはマックスサーモンを目にしたアイの顔を見ればすぐにわかったが、先ほどのお返しだ。
案の定、彼女は目を丸くするとかぶりを振り、申し訳なさそうにうつむいた。
「ごめんなさい、さばいたことないの」
だが、僕にとっては好都合だ。
なんせ、魚をさばくのは得意なのだから。
「まったく、しょうがないな。
それじゃ、僕が手本をみせてあげようか」
包丁を受け取り、さっそくマックスサーモンを開いていく。
「すごい……!上手だね」
横で釘付けになっているアイは、興奮気味に僕を称えた。
「当たり前だよ。マックスサーモンは僕の好ぶつ……」
思わず飾らずに本音を漏らしかけ、慌てて咳払いで誤魔化したが、彼女には届いてしまったらしい。
こちらが当惑しているのを知ってか知らずか、彼女は馬鹿にするでもなく、なぜか嬉しそうに眼を細めた。
「マックスサーモンおいしいよね。私も大好き」
予想外にも彼女と好みが一致した。
嬉しいような、こそばゆいような奇妙な感覚だ。
だが、内情を知られたくない僕は、やはり素直になれなかった。
「ふ、ふーん、君も好きなんだ……。
じゃあ、分けてあげなくもないかな」
「えっ、マックスサーモンは元々くれないつもりだったの?」
マックスサーモンがなかったら野菜だけではないかと怒るアイがいじらしく「ごめん、ごめん。君たちは魚も食べられるんだっけ」とさらにからかい交じりにとぼける。
ますますふくれっ面になる彼女がおかしくて含み笑いをしながら、骨取りの終わったマックスサーモンをぶつ切りにした。
(2021.2.9)