切甘。夢主視点。
厄災戦後。リトの村に身を寄せる夢主は、リーバルと結ばれ平穏な生活を送っていた。
そんななか種族の違いに一人不安を抱いている夢主に、リーバルは元気づけようと懸命に言葉を探る。
厄災との戦いが終わり旅の仲間が散り散りになったあと。戦火で城下町の家が焼け落ちたため、各地の復興の手伝いをしながら点々としているうちに、いつしかリトの村に流れ着いた。
リト族はリーバルのように気難しい人の集まりかと思っていたために最初こそ身構えたが、実際はその逆で、長閑な村らしく大らかで、意外にも礼儀正しい人が多い印象だ。
こんなに良識のある人が多いなかなぜ彼はあれほどにも捻くれてしまったのかと不思議に思うが、そんなことは口が裂けても言うべきではない。
厄災との戦い以前は他族との関わりを避ける閉鎖的な種族だったため、もっと珍しがられるかと思っていたが、その割には容姿や文化の違いに関心を持たれない。
この村唯一の人間である私に気を遣って、疎外感を感じさせないようにあえてそのようにしてくれているのかもしれないけれど。
リーバルとはかつての戦友ということもあり、自然と村内で接する機会も多く、いつしか惹かれ合い、一つ屋根の下で暮らしをともにするまでになった。
断られるつもりで、私から気持ちを告げた。そして、信じられないことにリーバルはそれに応じた。
いつも取り澄ましている彼が、まさか私の想いに応えてくれるなんてと大いに喜んだ。
彼のファンの女性たちからは悔しがる声が聞こえてきたが、あなたなら仕方ないわね、と応援してくれる声も意外と少なくない。
大好きな彼に受け入れられて、みんなに祝福されて、これ以上幸せなことがあるだろうか。
いや、幸せだからこそ、かもしれない。こんな風に思ってしまうのは。
私の心は、時折どうしようもなく不安でいっぱいになる。
彼のとなりにいるのは、本当に私でいいのか、と。
だって、所詮私は人間で、彼はリト族なのだ。
私があんまり浮かない顔をしていたからか。ある日、リーバルから羽休めにと飛行訓練場に誘われた。
自分の弓の鍛錬でも見ていろとでも言われるかと思いきや、彼は弓を壁に立てかけると焚火炉の前に座り込んだ。
リーバルは、おずおずと向かいに座った私を怪訝そうな眼差しで探りながら、腕組みをすると深くため息をこぼした。
「で?そんなに思いつめた顔しちゃって、一体何を考えてるんだい。内容次第では怒るからね」
その口ぶりだとすでに怒ってるようにしか聞こえないのだが。そう突っ込めば話の論点がずれていきかねないので、そこは黙って頷いておいた。
いつも自分の話をすることが多い彼が、こんな風に私の心情に干渉してくるのは珍しい。
気にさせてしまうほど心配をかけてしまっていたのか。そう思うと何だか申し訳なく、思い切ってこの不安な感情を打ち明けてみることにした。
そうなると予想はしていたが、案の定、リーバルはうんざりとした顔で肩を竦めた。
「アイ……君には心底がっかりした。悪いけど、本気で怒ってる」
「ご、ごめんなさい」
咄嗟に謝罪を述べた私に、なぜか鋭い視線が矢じりの如く飛ばされる。
ひざを抱えてたき火に目を落とすと、呆れたようにもう一度ため息をつかれてしまった。
やっぱり打ち明けるべきではなかったか。そう悔やみかけている私に、彼はさらに厳しい言葉を投げつけてくる。
「リト族の憧れの的であり、英傑にまで選ばれたこの僕のとなりに立つことを特別に許可してあげてるっていうのに。当然誇りに思ってるもんだと思えば、あろうことか種族間の壁を感じて戸惑ってるって?はっ、そんなの今さらじゃないか。ぜいたくな悩みだな。
いいかい、アイ。まずは君のそのジメジメした湿っぽい考えが、世の中の僕に好意を寄せる子ら全員を敵に回すに等しいものだってことをよくよく自覚するんだね」
彼の言葉の一つひとつが胸に深く刺さり、視界がぼんやりと滲んでゆく。
リーバルのとなりに立てることがどんなにすごいことか、彼の戦いを間近で見ていたからこそよくわかってるつもりだ。
性格にやや難ありとはいえ、地位、名誉、ルックスどこを取っても、彼は誰の目にも魅力的に映るだろうし、彼自身いくらでもパートナーを選ぶことができたはずだ。
そんな彼が私の想いを受けてくれたことは、もはや奇跡だと思っている。
不満なんてあるわけがない。こんなことで悩むなんて、ぜいたくどころか身勝手だろう。
けれど、この幸福が私にはあまりに大きすぎて、失うことが怖いのだ。
彼を知れば知るほどに、私たちの関係が象られていくごとに、削り取られたところから、どうして彼と同じじゃないのかという疑問が表出して、どうしようもない想いに駆られる。
服の袖で目元をおさえる私に、リーバルが小さく息をのんだのが気配でわかった。
視線を感じてちらりと目を向けると、食い入るように私を見つめる二つの翡翠とばっちりと目が合ったあと、互いに視線を反らした。
長く一緒にいるのに、こうやって胸の内を明かすのは気持ちを打ち明けて以来のことで、何だか気恥ずかしさが込み上げる。
しばしの沈黙のあと、リーバルは、ふんと鼻を鳴らし、こんなことを言った。
「どうやら僕の方が先立った考え方のようだね」
顔を上げると、彼は気を抜いたように床に後ろ手をついて目を細めた。
「僕は君と違って、この関係を悲観したことなんて一度もないよ。
確かにリトと人間が恋する……なんて聞いたこともないし、文献にも残ってない。ってことはだ。僕らこそがその先駆けかもしれないってことだよね。
事の始まりになれるなんてそうそうないぜ?光栄なことじゃないか」
君はそうは思わないのかい?と横目に投げかけられ、口ごもる。
そんな前向きに考えられるのは、これまで崩れることなく築き上げてきたものが彼に絶対的な自信をもたらしているからだろう。
けれど、私はそこまで楽天的に考えることができない。
頷くこともできず思考をさまよわせる私に、リーバルは構わず続ける。
「ま、君が懸念する理由も欠片ほどであれば悟れなくはないよ。容姿の異なる者同士が恋仲だなんて、周りからは異様に見えることもあるだろうしね」
リーバルはおもむろに立ち上がると、後ろ手を組みながらゆっくりと近づいてきた。
ごとり、ごとりと木板を踏みしめるかぎ爪は私のかたわらで立ち止まる。彼は自分の片翼を翻しながら眺め、流れるように私に視線を落とした。
たき火に照らされ朱と緑の入り交じる不思議な輝きをまとうその目に、やはり誰にも奪われたくないという一心が胸を占める。
そんな私の心情を見抜いてか、彼はふっと小さく笑みをこぼすと、となりに座った。
二の腕が微かに触れ合うこの距離は、人と心の距離を詰めることを嫌う彼が、ほかでもない、私にだけ心を許している証のように思え、じんわりと胸が熱くなっていく。
「もしものことなんて考えるのは御免だ。無意味だし、時間を浪費するだけで僕は嫌いだよ。けど、今日は特別だ。君の思考に合わせてあげる。
そうだな……。
仮に出会わなかったとしたら、お互いそれぞれの種族同士別々な人と出会って、まったく別の人生が待っていただろう。
僕らの関係がリト同士だったなら、二人で空を飛んで遠くへデートしてたかもしれないし、人間同士だったなら海へ泳ぎに行ってたかもしれない。
でもさ、よく考えてみなよ。たとえ同種だとしても必ずしもうまくいくとは限らないんじゃない?
同種同士だって、何らかの制約はあるだろうし、価値観の違いや好みの違いだってある。身分の違いによって引き裂かれる場合だってあるんだ。
そう思えば、僕らの関係だって異種族ってことを除けば、同種の恋人同士と変わらないかもしれないぜ?」
「そう……なのかな」
「さあね。案外みんなちっぽけな悩みを抱えてるもんなんじゃないの?ま、他人の恋愛になんて興味がないし、知ったこっちゃないけど」
彼のなかでは私のこの悩みも”ちっぽけ”に分類されているのだろうか。そんな風に思えることがすごくうらやましい。
だけど、ようやく気づくことができた。私とはまったく異なる考え方ができる彼だからこそ、こんなに輝いて見えるんだ。
「リトはリトと、人間は人間と。同種同士、恋をしたり結婚したりするのが当前の摂理で、僕らの関係はそれに反してると言えなくはないだろう。
しかし、稀有なことに僕たちはその当たり前を超えて結びついた。
君は僕を想い、僕は君を想ってる。おかしな組み合わせかもしれないけど、前例がないってだけで、有り得なくはなかったってことを僕らが証明してみせたんだ」
ひざを抱えたままの私を、大きな翼がそっと包み込んだ。
照れくさそうに眉を寄せながら、なだめるような手つきでぶっきらぼうにあたまをなでる。
熱いほどのぬくもりが、私のなかに凝り固まった不安をゆっくりと溶かしてゆく。
「僕は何も二人横並びに飛べなくたって構わないし、海で泳げなくとも構わない。
僕は、君を背に乗せて飛べることこそ最上の幸せだと思ってる。
君のぬくもりや重みをこの背に感じるたびに、僕らの関係がいかに特別なものか実感することができるからね。
つまり、君だから側においてやってもいいと……いや、違うな」
私の肩を抱く腕に力が込められる。
「アイ。僕は、今の君のままがいい。君だからこそ、となりにいてほしい」
耳に吹き込むようにそっと囁かれた言葉に、私の心臓は今にも飛び出してしまいそうなほど早鐘を打っている。
たき火の炎で誤魔化されているだろうけれど、今鏡を見たならば、私の顔はきっと真っ赤に染まっているだろう。
「ここまで言ってやったんだぞ。まだ不安だとでも言うんじゃないだろうね?
あんまり辛気臭い顔でとなりにいてほしくないんだけど」
「だ、大丈夫です……。いや、大丈夫じゃないかも……?」
「はあ?」
訝し気に眉を潜め私の顔を覗き込んできたリーバルは、目を合わせるなり、薄く開かれたくちばしにうっすらと笑みをのせ、やれやれ、とため息交じりにつぶやいた。
「君の気持ちが揺れるたびに何度だって説き伏せて、この僕が直々に絶対的な自信を植え付けてあげるよ。
僕のパートナーは君しかあり得ないって、君がしっかりと自覚できるまでね」
二度と不安にならないかと言われれば、それはわからない。
またこうしてくよくよ悩んで彼を困らせてしまうこともあるかもしれない。
そうなれば、またきっと彼がこうして勇気づけてくれる。
リーバルはいつだって強い。けれど、彼だっていつか思い悩む日がくるかもしれない。
そんなときには今度は私が彼に勇気を与えられるようにそばにいよう。これからもずっと。
終わり
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★あとがき&リクエストをくださった方へ
「ふとしたときに異種族の壁を感じて不安になる→甘い話」というお題をいただきました(*’▽’)
獣人ならではのお題で、長編内でもそれを仄めかすようなことをちらっとは書いたことがありましたが、主題で書く良い機会をいただけて本当に良かったと思ってます。
いろいろ検討した結果、自信家なリーバルならきっと悲観に暮れることなく一貫して前向きな意見を言いそうだと思い至り、その点を踏まえつつ、夢主を慰めるかたちで書かせていただきました。
重みのあるテーマですがシリアス色が強くなり過ぎないよう、ちょっとずつ甘の要素を取り入れてみましたが、このような感じでよろしいでしょうか?
このたびはリクエストありがとうございました!
末筆ですが、大変お待たせして申し訳ございません;
今後ともよろしくお願いいたします(*^^*)
夜風より
(2021.9.9)